七
今、夢を見ているのだと、すぐに分かった。
冥暗に一人、梔乃は只ずんでいる。
前も後ろも真っ暗闇で、視界には黒以外なにも映らない。
足元は水に浸っている感覚があるが、不思議と冷たさは微塵も感じなかった。
地面に根を張ったかのように足は動かず、体の自由が効くのは、首から上のみである。
――ピチャリ、ピチャリ。
水音が近づいてきた。眼前に紅の反物が揺れて現れる。
赤の着物を纏った、色白の女が歩いてきた。
覚えのある顔つきだ。今日出会った柚葉である。
梔乃は正面から真っすぐに柚葉の顔を見据え――不信感を覚えて柳眉を寄せた。
緑色の帯はだらりと着崩れていて、刃物で深く切られたような傷跡がある。
――ピチャリ、ピチャリ。
水音の正体は、女の腹から零れ落ちる血だった。
女からは、瘴気を感じる。禍々しい、淀んだ空気を。
ただじっと屹立しているしかない梔乃の前で、柚葉は口をはくはくと動かしている。
何かを話しかけているようだが、声がしない。次第に、女はその白皙の顔に焦燥を浮かべ始めた。
梔乃も心なしか切迫感を覚える。女の訴えていることをなんとか聞き取ろうと耳をそばだてたが、やはり空気を食むような音がするばかりで、言葉は届いてこなかった。
もどかしい思いに柳眉を寄せたその時、突然地鳴りのような轟音が響きわたる。
――前方から、なにかとんでもないものが迫ってきている。
轟音は女の背後からこちらに向かってきていた。
梔乃は生き物の本能で、すぐにこの場から逃げなければならない、と思ったが、一瞬後にはすぐにその思考を放棄した。
どうせこれは夢なのだ。なにが起こっても行きつく先は覚醒である。
轟音の正体は大量の水であった。荒波のごとく、それは猛烈な勢いをもってあっという間に柚葉と梔乃を飲み込んだ。
梔乃は特に動揺もせず、まるで他人事のような面持ちで荒波に身を任せた。水に飲み込まれているというのに、相変わらず冷たさは感じず、息苦しさもない。水が口や鼻から入ってくることも無く、ただ皮膚が水圧に押される感覚があるだけだった。
これは覚醒が近いな、と冷めた頭で考える。
意識が落ちる寸前、視界の端で紅の布が揺れた気がした。




