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くちなしの乙女 ~あやかし里の怪異譚~  作者: 風助
一 夜を食む
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 四

豪壮な薬医門やくいもんの両脇には、門兵が二人立っていた。

琉霞の姿を見とめた門兵は「お帰りなさい、琉霞さま」と笑って道を譲る。

「ただいま」と返して切妻屋根を通り過ぎていく琉霞の後ろを、見慣れない少女が何食わぬ顔で付いていった。門兵の二人はその後ろ姿を奇妙な面持ちで見送った。

「友人か?」

「さぁな。坊ちゃんも年頃だろう」

「ほほう。やるじゃないか。あの末っ子ちゃんがなぁ」

 そんな下世話な会話がなされていたことを琉霞は知らない。


広い庭にはいくつもの桜が植えられており、春の季節にふさわしい暖かな趣がある。

舞い散る淡色の花弁を眩しそうに眺める娘を見て、琉霞は足を止めた。


「桜がお好きですか?」

「普通」

 ぶっきらぼうな口調で云う娘。


「…やっぱり、一番好きなのは梔子?」

「さあね」

 素っ気なく応えて、娘は視線を逸らした。


 琉霞るかは娘を連れて、姉の部屋の襖の前に立った。憚るような声で「姉上。琉霞です。入ってもよろしいですか」と訊く。すぐに「どうぞ」と細い声が帰ってきた。


「お加減は如何ですか」

 

 襖を開けた琉霞が問うと、「変わりないわ。この通り元気よ」と柔らかい笑顔が帰ってくる。

 嘘だ。と瞬時に思ったが、口を噤む。強がりは姉に残された唯一の矜持だ。それを蔑ろにする琉霞ではない。

 すると、真白はすぐに琉霞の後ろから入って来た小さな少女の姿に気が付いた。


「あらあら、可愛らしいお嬢さん。まるでお花の精みたいね」

 

 弾んだ声を上げる真白の顔には、分かりやすく喜色が浮かんでいる。箱入りの姉には同年代の友人が居ないから、嬉しいのだろう。琉霞は少しだけ肩の力が抜けていくのを感じた。

これだけでも、娘を連れて来た甲斐があったかもしれない。


「お嬢さん。琉霞のお友達かしら。お名前は何て云うの?」


 真白の言葉に、琉霞はそう云えば名前をいていないことに気が付いた。もっといえば、自分の名前も名乗っていない。

 流石に無礼だったと反省する。姉のことで頭がいっぱいで、その他のことに考えが回らなかった。


梔乃しの

 

 娘は小さな声で云った。


「しの、梔乃ね。覚えたわ。とっても可愛い響き。貴女にぴったりね。私は真白。よろしく梔乃」

 

 その言葉には応えずに、梔乃は布団の前に座った。真白の顔を覗き見て険しい目つきになる。


「……体調が悪いのはいつから」

「一月ほど前です」


 琉霞が答える。

「そんなに…」小さな声で呟いてから振り返る。「病状は? 詳しく話して」

 云われて、真白は頬に手を当てた。


「そうねぇ。最初はなんだか肌寒くて。悪寒がするっていうのかしら。その後は少し


 咳がでたけど、これはすぐに治まったわ。でもその後はずっと体が重いの。どこが痛いとか、そういうのは無いんだけど、なんていうかその……」


「生気が抜けていくような感じがする?」

「そう。本当に、そんな感じ。体に力が入らないのよ、全く。今ではもう一人で立つことも出来ないの」

「まだ寒い?」

「寒いわ。とても。それから、とっても眠い。一日中寝たって寝足りないくらいよ」


 云いながらあくびをする真白に、琉霞はぞっと背筋が冷える感覚がした。

 そうだ。姉は病に伏してから異常なほどによく眠るようになった。一度眠ってしまうと、周囲の者が起こそうとしてもなかなか目覚めない。眠る時間は日増しに伸びている。

 いつしか、眠ったまま目覚めなくなってしまうのではないか。そんな恐れを、琉霞を含めた屋敷中の者が抱いている。


「あら、なあに?」


 真白の声に、琉霞は顔を上げる。見ると、梔乃が真白に己の顔をじっと近づけていた。もう触れ合ってしまいそうな距離だ。


「何をっ」

 琉霞が咄嗟に手を挟んで制する。すると梔乃は鼻白んだ顔を琉霞に向けた。


「邪魔」

「な、にをする気ですか」

 引き攣った声で問う琉霞に、梔乃は嘆息して応えた。

「この人、呪われてる」

「――は?」


 口を開けて固まった琉霞の横で、真白が「まあ、そうなの」と呑気な声を上げた。


「病じゃない。これは呪い。あなたの姉は呪詛じゅそを受けてるの。このままだと死ぬよ」


 云われて、琉霞は今度こそ険しい顔つきになる。

「それは、本当ですか」

「その確認に何か意味はあるの」

 冷たく突き放され、琉霞はむっと口を尖らせる。確かに、聞いたところで自分に何が出来るわけでも無いが。

「呪詛なら、呪った相手が必ずいるはず」

「呪った相手、ですか」

 梔乃は真白の額に手を当てた。

「この人の体から術者を辿る。術者を見つけて呪いを解かないといけない」

 云って、梔乃は再び真白に顔を近づける。今度は琉霞も止めなかった。

 そのまま目を瞑る。

 

くっつけた額から、禍の根源を辿る。か細い糸を手繰り寄せるように、呪術の道筋を追いかけた。


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