八
寡黙な人だった。あまり多くは笑わない人だった。
それでも、夫は元気をくれる人だったのだ。
お互いにお節介な親戚がいて、勝手に席を整えられた見合いの場だった。ぎこちなく、それでも懸命に自分と会話をしようと努めていた様子が、堅い顔とは好対照に可愛く思えて。この人となら一緒になりたいと思ったのだ。
祝言を挙げたのは、出会ってから一月にも満たなかったと思う。
指物師であった夫は、里の職人連に名を連ねていた。大物(箪笥などの大きな家具)を得手とする職人であったため、加代と暮らす家ではなく里の職人たちと共同で借りていた作業場で仕事をしていた。
葵が生まれたのは、祝言を挙げてから一年が経った頃だ。
作業場に泊まり込みで仕事をしていた夫が毎日家に帰ってくるようになったのが、加代にはなにより嬉しかった。巌のような顔で、それでも確かな愛情を持って葵に接していた、夫の不器用さが愛おしかった。加代には、夫と葵がこの世の全てだったのだ。
夫は火事で死んだ。
隣接する家から出火して、あっという間に夫のいた作業場に燃え移った火の手は、驚くほど呆気なく加代の大事な人を奪っていった。
硝煙が立ち上る長屋の前で、茫然と立ち尽くし、加代は夫の死を悟った。
だが、やけに広く感じるようになった家に帰ったとき、心配そうにこちらを見る葵の姿を見て、加代の心に強く込み上げるものがあった。
――私がしっかりしないと。
夫が居なくなったら、私以外に誰が葵を守れるのか。
まだ幼い葵を路頭に迷わせるわけにはいかない。どれ程自分をすり減らしても、葵だけは不自由なく育ててあげたい。
(……だから、見てて)
葵にも、向こうに渡った夫にも、弱ったところはみせられなかった。




