五
「どうぞ……何もない、狭いところですが」
「ああ、お構いなく。……お邪魔しまーす。わあ本当に狭いですね――っでェ!?」
天然失礼発言をかました琉霞の頭をはたいた久太は、加代に詫びながら家の中に入った。
庶民の家だ。当然琉霞の屋敷と比べたら狭いし、粗末に決まっている。梔乃の家も久太の家も一般的な長屋よりも広いので、加代の家はより狭く感じるのかもしれない。
六畳一間の部屋。薄い板壁を簡素な柱と梁が支えている。入って直ぐ右側の土間の上に台所があるが、風呂などは無い。庶民は普通、湯あみは銭湯で済ませるからだ。
部屋の端には箪笥。その上には小さな一輪挿しがあるが、今は何も生けられていない。中央にはちゃぶ台が鎮座しており、隅っこに畳んだ布団が追いやられていた。
その、布団の横に足を抱えるようにして座っている座敷童――否、小さな子供。
「加代さん、あの子ですか」
「そうです。葵、お客さんに挨拶なさい」
葵、と呼ばれた少年はじっとりとした目で久太たちを見つめている。緊張というよりも、余所者を値踏みして牽制するような目だ。
「よお、坊主。俺は久太っていうんだ。こっちのちっこいのが琉霞。更にちっこいのが梔乃」
久太は努めて人懐っこい笑みでそう云った。ちっこい呼ばわりされた琉霞はむっと顔をむくれさせたが、梔乃は我関せずというように周囲を見渡している。
「俺たち、お母さんの友達でな。ちょっとその……まあなんだ、用があってきたわけだが」
云いながら久太はやや言葉に詰まって頭を掻いた。内心で、参ったなぁと思いながら。
今さらだが、こんな大人数でいきなりぞろぞろとやって来ては、警戒させてしまうのも無理はない。加えて、「きみに物の怪が憑いてるかもしれないから、落とす為に来た」なんて、警戒心剝き出しの子供に云えるわけもなし。そんなことにも気が回らなかった自分自身に呆れてしまう。梔乃はともかく、琉霞は要らないのだから連れてこなければ良かった。いやしかし、来るなと云って大人しく従う奴でもないか。
やや狼狽えながら言葉を選んでいる久太の横から、ぬっと顔を出した琉霞が葵の傍に膝を折って云った。
「こんにちは、葵くん。僕は琉霞です。そこの久太は医者で、この間、お母さんが風邪を引いた時に知りあいました。お母さんの病気はもう心配ないですが、ちょっと別のことで相談があるそうなので、お邪魔したんです。僕と梔乃は、久太の助手みたいなものです」
容量のいい態度を見せた琉霞を、久太は少しだけ意外な気持ちで見下ろした。
そう云えば、この少年、無駄に弁が立つところがあったか。
しかし、当の葵は未だに固い表情のままで口を引き結んでいる。
「………人見知りする子なんですか」
振り返った琉霞が問うと、加代はいくらか申し訳なさそうに応えた。
「ええ、はい、すみません……でも、前はここまでじゃ無かったんですけど。挨拶くらいはきちんとできたはずなんです」
そう云ってから、加代は「お茶を入れてきますね」と台所の方へ向かう。
その姿を見てから、琉霞は再び葵のほうに向き直り、にこりと笑って話しかけた。
「葵くん、僕と遊びますか?」
少年は胡乱な眼差しを琉霞に向けている。じろじろと琉霞の姿を眺めた後、その視線は久太へと滑り――しかし、すぐにその後ろにいた人物に留った。
僅かに目を開いて、葵は梔乃のほうをじっと見つめていた。それに気が付いた琉霞と久太が、不思議そうに顔を見合わせる。
「梔乃が、どうかしたか」
久太が問うと、葵は些か躊躇するようなそぶりを見せてから、おもむろに口を開いた。
「……あの人、なに」
「え?」
「あの人、どこから来たの。なんの人」
「え、梔乃ですか? いやだから、彼女は僕と同じ久太の助手みたいなもので――」
「あの、お茶が入りましたが、皆さん、よろしければどうぞ」
加代のその一声で、琉霞達の会話は中断された。葵は居心地悪そうに視線を逸らし、再び口を噤んでしまう。それを不思議そうに見やる琉霞の後ろで、梔乃は葵に茫洋とした視線を送っていた。