十六
うーん、微妙。
それが、この場にいる全員の総評であった。
麗らかな昼下がりのことだ。鎮守の森に静かに佇む梔乃の家に、数人の少年少女が集まって、なにやら神妙な面持ちで互いの顔を見合わせている。
今朝は日差しが一段と強く、まだ春も半ばだというのに、初夏を思わせるような暑さであった。家の外からは相変わらず、小鳥の囀りがしていて、ここ最近は猫の泣き声も増えたように思う。春は猫も恋する季節である。
それは、それとして。
おいしい茶菓子を貰ったから、梔乃にお裾分けに行こうという真白の誘いに、二つ返事で乗った琉霞は、嬉々として鎮守の森に向かった。しかし、いつもの調子で梔乃の家を訪ねてみたら、そこには梔乃ではなく、弥彦と、それから何故か久太の姿が。
聞くに、久太は往診ついでにここへやって来たらしい。一体、どういう経緯でこの場所を突き止めたのかは不明だが、既に我が物顔で長椅子に座っているところを見るに、もう何度も足を運んでいるに違いない。その前方では円座に膝を付いた弥彦が、何か一心に縫物をしていた。
明らかにおかしな組み合わせに目を白黒させた琉霞とは対照的に、真白は「あら、梔乃のお友達ねぇ」と嬉しそうに茶菓子を振る舞いだした。それを見て、長椅子の端で寝息を立てていた夜食がむくりと顔を上げ、嬉しそうに尾を振って寄って来る。
弥彦曰く、当の梔乃本人は所用で出かけているらしい。がっくりと首を落とした琉霞は、不機嫌そのままに久太をじっとりと睨めつけた。
「医者が、こんなところでたむろしていていいのですか」
気だるげに顔を上げた久太は、琉霞の顔を見るとにやりと笑った。
「ああ? 問題ねえよ。弟子がいるからな」
「弟子………? まさか、熾くんですか」
「おう。あいつは中々筋が良い。聡いし、素直だし、従順だ。なにより敬意ってものをよく分かってやがる。誰かさんと違ってな」
「誰かさんが誰なのかは、僕には皆目見当もつきませんが。…しかし、そうですか……熾くん………血迷いましたね」
では、熾を留守番にしてのこのことやって来たという訳か。相変わらずぼんくら医者であるらしい。………いや、変わったところはある、か。
あとで薫子から聞いた話だったが、先日、約束通り芳三の往診にやって来た久太は、受診料を請求しなかったらしい。あくまでその時は、琉霞たちへの借りを返すつもりでそうしたという話だったが、その後も貧しい人々や金を払えない人々には無償で治療を行っていると風の噂で聞いた。その分、金持ちからは絞れるだけ絞っている……という話もあったが。
亡き師の思いが、どういう形で久太に染み込んでいるのか、それは当人にしか判らない。だが、この変化はきっと良いことだろう、と琉霞は思った。
そんな感慨にふけっている中、突然「出来た!」と大きな声を上げて立ち上がった弥彦に、全員の視線が集中する。花もかくや、と云わせるような稀有なる美貌を持った少年は、その風情とは裏腹に、どうにも奇天烈なところがあるようだ。
弥彦の手元には金糸で編まれた帯締めがあった。なるほど、先ほどから熱心に作っていたのはこれか。細い絹糸を無数に束ねた組紐を器用に編み合わせ、紐帯の真ん中には、碧い琺瑯を削って造った蝶の帯留めまでついている。
「さあさあ、どう? 梔乃に作ってみたんだけど?」
綺麗だろう? そう云って自慢げに胸を張る弥彦の手元を、各々矯めつ眇めつした後、数秒の沈黙の後に出た全員の感想が
「「「うーん、微妙」」」
という訳で、冒頭に戻る。
「良く出来ているとは……思いますよ? でも、これを梔乃に?」
「金っていうのがなぁ。せめて碧とか、翠とかになんないかね」
「とっても綺麗なのは確かなのよねぇ。でも、梔乃にはもっと素朴な可愛いのが似合うと思うわ」
真白は頭に梔乃の姿を思い浮かべながら云った。
梔子色の着物に、銀朱の帯が梔乃のいつもの装いだ。顔立ちは華やかとまではいかないが、大きな瞳にすっきりとした猫のような顔が愛らしい。艶やかな黒の瞳と髪も相まって、全体的に大人びたような、洗練された瀟洒な印象がある。
………やはり、考えれば考える程この帯締めは合わない。
久太は顔をしかめて、こそりと琉霞に耳打ちした。
「もうはっきり云ったほうが良いぜ、趣味が悪いって」
「でも、物は良いんですよねぇ。手作りっていうのが信じられないくらい」
「そうね。このままお店に置いていてもおかしくないくらい」
「いっそ、質にでも入れるか」
「名案ですね。では、僕が目利きを見繕って」
「ちょっとちょっと、聞こえてるんだけど!?」
こそこそと背を向けて好き勝手云い始める三人に、弥彦が慌てて割って入る。
全く持って不本意だ。素材選びから何から、すべてにこだわって作った力作だったというのに。
すると、腰に手をあてた琉霞が、呆れたように振り返った。
「あなた、梔乃と一番付き合いが長いのに彼女の好みも把握していないのですか」
「ええーー。でも梔乃の今着てる小袖も髪飾りも俺が作ったやつなんだけど………」
「え、なにそれ気持ちわる………」
「っちょ、俺、この子嫌い!」
などと云い、騒ぎ立てる弥彦の手から、するりと件の帯締めを抜き取ったのは久太だ。
「やりぃ。いくらで売れるかな」
「あ、こら返して」
「でかしました久太! さぁ、それを僕に寄こしなさい」
がちゃがちゃと狭い室内で云い合う少年たちを、少し離れた場所から、真白が「あらあら」と微笑んで見守る。
すると、帯締めを取り合ってそれぞれに手を伸ばしている少年たちの間に、ぴょんっと突然飛び込んだ小さな影があった。
「っあ」
いつの間にか帯締めが手元から消えていることに気が付いた久太は、奪い取った犯人に目を向けた。
すると、犯人――夜食は口元に帯留めを加えて、真白の膝元にすり寄っている。
「あら」
真白はそれを見ると、夜食の口から帯締めを抜き取り、ふさふさの首元に巻いてやった。
「まぁ、良くお似合いですわ、お狐さま」
金の首輪を手に入れた夜食は、どこか誇らしげに、満足そうに胸を張って一声、「キュウン」と鳴いた。




