十二
地に転がった白露の遺体を一人で燃やして、荼毘に伏した。
同時に、白露と二人で住んでいた家も燃やした。記憶も思い出もすべて焼きけしてしまいたかった。
その後、すぐに村を立った。何日か歩いて、誰も自分のことを知らないこの照柿の里に来た。
空き家に住み着いてすぐ、猛烈に腹が減った。生きていくためには、医者をやる以外なかった。久太にはそれしか無かったのだ。
今になってようやく分かる。白露が久太にだけ厳しく接した理由が。きっと常に考えていたのだろう。自分が死んだあとのことを。久太が一人で生きて行けるようにと。
役人が猶予を与えたあの十日間。白露は今までにない凄まじい剣幕で久太に医療の知識を叩きこんだ。もしかしたら、こうなることが分かっていたのかもしれない。
あれから、もう七年が立つ。白露を失った当時の痛みは、いつの間にか鈍色の古傷に変わり、無意識に思い出さないように蓋をしてきた。しかしどうしても今日、この日だけは古傷がうずきだすのだ。
重く息を吐いて、久太は寝返りを打つ。
昨日やってきた少年。確か琉霞と呼ばれていたか。
危ういほど真っすぐな目をした少年は、久太を愚直に罵り、ひどく憤りを見せた。
あの時、久太はあの少年の前に、天秤を見た。
価値を量る天秤だ。片方に命を乗せ、もう片方に金を乗せる。少年の天秤は寸分の揺らぎも見せず、人の命に重きを置いていた。
少年にとってそれは、今更何も説く必要がないくらいに当たり前のことで、同時にそれを世の中すべての常識と思い込み、正義だと信じて疑わない。
だから、あの少年にとってそれ以外は皆、悪なのだ。
逆に天秤を傾けた久太は、少年にとっては悪だったのだ。
価値の天秤を逆に傾けることは難しい。横から他人が何を説いても、価値観というものはそうそう揺るがない。それこそ、人生観をひっくり返すような出来事でもないと、逆に傾くことなんてありえないのだ。
久太はそれを、五年前に経験した。最悪の形で。
あの日を境に、久太の天秤は逆に傾いた。
久太は人の善意を信じられない。白露を裏切った村の人々。死に追いやった役人の男。何もしてくれなかった里長。
真心を与えても、戻ってくるのは糞みたいな仕打ちばかりだ。
貧しかろうが、豊かだろうが、人は皆等しく卑しい。
だから、久太は搾取する側に回ったのだ。
もう二度となにかを奪われないために、すべてを疑って生きていくと決めた。
分かりやすいのは金だった。金を持っていて損はない。金さえあれば大抵のものは手に入る。金を出せるものは救ってやった。出せないものは見捨てた。それだけのことだ。
この塵みたいな世の中を生きていく上で、最も賢く、理に適った生き方を見つけたのだ。
そのはずだったのに。
ひどく喉が渇く。餓えているのだ。
五年間ずっと、どれほどの大金を手にしても何一つ満たされない。いや、それはもういい。初めから久太は金になど執着していなかった。己が搾取する側に立っているという自負、それさえあれば良かった。
筵の上から、部屋の隅に置いてある頭陀袋を眺めた。黄金に輝く無数の板が袋から漏れ出ている。
あんなもの、塵だ。塵芥同然だ。
(そうか)
ふと、久太は気が付いた。
己の天秤は逆に傾いたわけではない。ただただ、壊れたのだ。
金も命も同じこと。同じくらい無価値なものだと久太は思っている。
この世は無価値だ。すべて塵だ。
心の中でそう呟いて、再び目を瞑った。
その時だ。
「たぁのもぉーーーう!!」




