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くちなしの乙女 ~あやかし里の怪異譚~  作者: 風助
二 ろくでもない名医
21/72

 九

村の人々に慕われる白露を、誰よりも誇りに思っていたのは、久太だったからだ。

 騒がしいが、幸福な日々だったと思う。実親に、貧しさから口減らしのために捨てられた久太は、白露に出会う前、ぼろ雑巾のように泥水をすすって生きていた。

互いのことを「クソじじい」、「クソガキ」と呼び合い、傍目に見ても碌でもない師弟だっただろうが、久太にとって、白露は唯一の後ろ盾であった。


そんな日々が壊れたのは、今からおよそ五年前のことだ。


殿茶の村に、疫病えきびょうが流行った。その年は、小規模ながら干ばつもあり、村の人々は皆一概に栄養に乏しい生活を強いられていた。次いで、どこかの里からやって来た行商人が、流行り病を持ち込んだのだ。病は瞬く間に村中に広がっていった。

病にかかった人々は、皆白露のもとを頼ってきた。その時にはもうすでに見習いとして白露の助手を務めていた久太も、必死で看病を手伝った。

白露は子供や老人など体力に乏しい者や、重病患者を優先的に診ていった。村の人々は白露に絶大な信頼を置いていたので、誰も白露のやり方に文句を云う者は居なかったし、救えなかった人がいても、誰も白露を責めなかった。


そんな忙しい日々の中、突然殿茶の村にえらく身なりの良い男が現れた。曰く、北方の里からやって来たお偉い役人らしい。その男は、病に侵され魘される人々を虫けらのように一瞥して、白露に傲然ごうぜんと云い放った。


「今すぐここにいる奴らを全員どかして、私を助けろ」


 男は病に侵されていた。國中を探し回り、己の病を治してくれる優秀な医師を訪ねているらしい。その旅の途中で白露の評判を聞いて、村までやって来たというのだ。

 男はでっぷりと肥えた体で、それでも青白い頬で、白露に金子をちらつかせて見せた。己を優先的に助ければ、褒美をとらせると云い放ったのだ。

 しかし、白露は首を縦に振らなかった。この時、白露は小さな子供の看病をしていた。男に順番が来るまで待つように云い、そのまま子供の世話に没頭した。


 その様子を見た男はいきどおった。なぜ、尊い身分である己を蔑ろにし、そんな卑しい子供を優先するのか、と怒鳴った。白露は淡々とこう告げた。


「見たところ、あなたは今すぐ生死に関わる段階ではないから、安心されよ。この村には今、病で今にも消えかけている命が沢山ありますゆえ。順を追って診察いたしますので、どうぞ、そちらの腰かけにでも座ってお待ちください」


 そう云って、部屋の隅にある粗末な椅子を手で差した。


 顔を真っ赤にした男は、椅子を蹴り倒して出て行った。部屋の端で戦々恐々と一連のやりとりを見ていた久太は、白露の堂々とした態度に敗走した男の背を見て、ひそかに留飲を下げていた。


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