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くちなしの乙女 ~あやかし里の怪異譚~  作者: 風助
二 ろくでもない名医
20/72

 八

 風の音で目が覚めた。


 春は風が強いから嫌いだ。夏は暑いから嫌い。秋は嵐が多いから嫌い。冬は寒いから嫌い。


 あの日から、移り変わるすべてのものを、久太は疎み続けていた。


 仰臥ぎょうがした状態で長く息を吐く。

酷く腹が減っていた。思えば、昨日は碌なものを食っていない。

 横目でちらりと壁を見やると、たわんだ板のわずかな間隙かんげきから光が漏れて入って来ていた。

 朝だ。それも久太の嫌いなものだった。

 今日は一年で一番憂鬱な日だ。こんな日は一日中酒でも飲んでいなきゃやってられない。

 噎せ返るほどの酒気を纏い、半分覚醒のしていない頭で、久太は酒を求めて部屋を歩き回る。

 しかし、酒瓶は全て空であった。もう昨日のうちに呑み切ってしまったらしい。


「くっそ」


 よりにもよって、今日に限って。

 安い焼酎でもいい。酔えるならなんでもいい。

 意識が飛ぶほどに泥酔すれば、今年こそあの夢を見ないで済むだろうか。


「………じじい」


 再びむしろにごろんと寝ころんで、久太は掠れる声で呟いた。

 毎年、毎年、命日に現われる男は、己の記憶がそうさせるのか。

 それとも、男自身が意志を持って久太の夢に現われているのか。





 捨て子であった久太を拾って育ててくれたのは、白露はくろという老爺ろうやの町医者だった。

 出会った時、既に傘寿を超えていたにも関わらず、子供の久太よりも活発で豪胆なところのある男であった。

 久太が白露に出会ったのは今から七年前、まだとおだったころだ。

 ちびで生意気ざかりの久太に、白露は厳しく医者の技術や知識を叩きこんだ。


「ごるぁぁあ! 逃げるな! まだ説明は終わってねえ!」

「だから、俺は医者になんてなりたくねぇつってんだろ!」


 白露は患者には気さくで優しいというのに、久太だけには異様に厳しく接した。座学を嫌がり逃げ回る久太を椅子に括り付け、薬学の書の内容をすべて諳んじられるようになるまで飯抜き、なんてこともざらにあった。当然、久太は反発するし、怒る。それでも白露が根気強く久太に医師の知識を教え込むので、そのうち久太のほうが根負けした。というより、反発するより従った方がましだと思うようになったのだ。


 この時、久太と白露が住んでいたのは、はじと呼ばれる里の、殿茶とのちゃという村であった。

 白露は村で大層慕われており、その当時、里一の名医だと謳われていたほどだ。

 しかし白露が慕われていた理由は、なにも腕のある医師だという理由だけでは無かった。

 人の集まる集落には、いろんな種類の人間が住んでいる。

 商人、役人、武人。金持ち、貧乏。だが、とうといやしきに関わらず、病は平等に降りかかる。


 そういう場合、ある程度金に余裕のある人間なら、医者にかかるなりくすに行くなりして対処することが出来る。しかし、中には貧しくて医者は愚か、薬すら買えない人間も多く存在した。

 そういう人々からは、白露は一切金を請求しなかったのだ。無償で診てやり、治療をして家に帰した。それをごく自然なことのように、何十年もずっとしてきたらしい。

 村の人々は白露にとても大きな恩を感じ、皆親しみ、感謝していた。当然、儲けは出なかったが、白露は満足そうに笑っていた。


「いい加減、大損するぞ」


 そんな軽口を久太はよく白露に叩いた。善行を皮肉ったような口調であったが、その言葉が照れ隠しであることを白露は気が付いていただろう。




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