五
集落に到着後、目立たない繋ぎ場に千里を留めた琉霞たちは、薫子に教えてもらった地図に沿って道を歩いた。
件の医者の名は『久太』というらしい。途中、道を行く人にそれとなく久太について尋ねてみたが、皆一様に嫌そうな顔をして「行っても無駄さ」と云うばかりであった。やはりこの村でも評判は良くないようだ。
程なくして、目的地にたどり着いた二人は、その門構えをみていささか拍子抜けした。
金の亡者というくらいなので、もっと成金じみた家だと思っていたのだが、そこに建っていたのは至って普通の長屋である。薄壁一枚と簡素な柱だけの構造は、町人の家とほとんど変わらない。強いて云うなら、周囲の家から離れた場所にぽつんと建っているので、隣接する家がないことと、少しばかり広さに余裕があることくらいか。
「たのもーう!!」
仁王立ちで道場破りのように威勢のいい声を張り上げた琉霞に、梔乃は胡乱な目を向けた。
患者を診て欲しいと願いに来たと言うのに、早くも喧嘩腰である。
しかし、待てど暮らせど家の奥から声が返ってくる気配は無い。
「よし、もういいです。勝手に上がっちゃいましょう」
「ちょっと」
梔乃は止めようとしたが、琉霞は勝手にずんずんと家の中に入っていく。仕方なく、梔乃も後に続いた。
長屋に入ってすぐ、麝香の強い香りが鼻を刺した。
部屋には雑然と薬箱や見たこともない植物が散乱していて、全体的に散らかった印象を受ける。中央に堂々と鎮座している机の上には、いくつもの乳鉢が置かれており、中には何か植物を乾燥させてすりつぶしたような粉が入っていた。
部屋の奥には天井にぴったりと収まるような書棚がいくつも置かれており、そのどれもに所せましと小難しそうな本が敷き詰められている。
部屋を見回した琉霞が「ほう」と興味深げに呟いた。
「どうやら、ちゃんと医者ではあるようですね」
「おい、お前ら、勝手に入ってきて何者だ」
部屋の奥から不機嫌な声がした。億劫そうな顔をして現れた一人の男。
鋭い目つきの三白眼。伸び放題の蓬髪を無理くり束ねたような適当な髪型。縹の着物はだらしなく着崩れ、肩にかかった羽織も落ちかけている。背丈は琉霞よりも頭一つ分高く、体つきはそこそこ剽悍と云えるだろう。
だが、その男は。
「え、子供じゃないですか」