三
いきなり呼び出されてやって来た梔乃は、朝霧亭で話を聞くなり呆れた顔をした。
「前にも云ったよね。私は医者じゃないから、病は埒外だって」
「えーっと。そうでしたっけ」
「鳥頭」
「ひどい!」
後ろで「泣きますよ!」と妙な脅しをかけてくる琉霞を無視して、梔乃は薫子に向き直る。
「そういうわけだから、病は医者に行って」
しかし薫子は、なにやら興味深げに梔乃の顔を覗き見てきた。
「あらぁ。あなたが『くちなしの乙女』さん? まあ想像より随分可愛らしいのね」
「でしょう?」
「なんであなたが自慢気」
梔乃に胡乱な目を向けられた琉霞は、しかし一向に気にせずに「それはそれとして」と真顔になった。
「こうなったら、もう直接行って説得するしかありませんね」
「行くって、まさか」
「今から楝に?」
琉霞の提案に、薫子と梔乃が驚いた声を上げた。
真緒から楝までの距離はおよそ一里だ。大人の足で半刻ほどの距離なので、それほど遠いというわけでもない。しかし、道のりには小さい山を越えて行かなければならないので、少々厄介であった。
加えて、時刻は既に夕七つを迎えようとしている。行って帰ってくるころにはすっかり陽も落ちきっていることだろう。
「なにもそこまでしてもらわなくてもいいのよ、琉霞ちゃん。あんなの寝とけばそのうち治るんだから」
「いいえ、薫子さん。ただの風邪と思って油断したらいけません。それに、これは僕の私情でもあるんです」
「ええ?」
首を傾げた薫子に、琉霞ははっきりと云った。
「その医者かぶれのどうしようもない男の性根を、僕が叩き直してやります」
「………説得とは」
虚空を見つめて梔乃はぼやいた。琉霞の意気込みが、早くも空回りつつある気配を察する。
「でも、もう陽が暮れるわよ? せめて明日にしたら?」
「大丈夫です。秘策がありますから」
自信満々に云い切った琉霞を、梔乃と薫子はそろって不思議そうな顔で見つめた。