十三
「梔乃」
云いかけた琉霞の言葉を、清風のような涼やかな声が遮った。
突然声のした方を振り向くと、そこには琉霞の同年代くらいの少年が立っている。
「弥彦」
梔乃が少年の方を振り向いてそう呼んだ。どうやら知己らしい。
「お帰り、梔乃。その子たちは友達?」
そう云って微笑んだ少年の顔をまじまじと見て、琉霞は絶句した。
琉霞は己の容姿を美しいと思っている。なぜなら、周囲の人間が琉霞の見目をそう評してきたからだ。琉霞もそれが誇りであったし、己の個性であり、長所であると信じて疑わなかった。
しかし、目の前の少年は。
完璧に整った容貌は、神々しさすら感じさせた。
白菊のような優雅な顔立ちには、寸分の翳りもない宝石のような藍色が閉じ込められ、その微笑みには誰もを跪かせるような耽美な魅力がある。
白くまろい頬は未だに幼さを残すものの、纏っている雰囲気には不思議な婀娜っぽさがあった。
艶やかな長い髪は頭の下で緩く編まれており、ゆったりとした余裕のある印象を与える。
唖然と口を開けて固まる琉霞を、秀麗な少年が不思議そうに見つめていた。
「友達じゃない」
不満げに梔子が云う。
「おや、そうなの? じゃあ恋人?」
「弥彦」
「怖い怖い。そう睨まないでよ。いつからこんな怒りっぽい子になっちゃったんだか」
呵責する梔乃をおどけた調子でいなしてから、少年は琉霞に向き直った。
「梔乃と仲良くしてくれたんだね。ありがとう。この子、気難しいところがあるけど、根っこは優しい子だから、これからも仲良くしてあげて欲しいな」
「あの……あなたは」
ようやく絞り出た声は掠れていて、琉霞は自分が相当に気後れしていたことに気が付く。
だがしかし、目の前の少年は琉霞にとってそれほどに脅威であった。
………なんでそう思うのかは、琉霞自身にも判然としないが。
「俺は弥彦。何者って訊かれたら、そうだなぁ…………」
ふむ、と顎下に手を添え、逡巡する素振りを見せた後に、少年は蠱惑的に笑った。
「梔乃の父さま、かな」