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くちなしの乙女 ~あやかし里の怪異譚~  作者: 風助
一 夜を食む
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 一

このたび、和風ファンタジーを連載させていただくことになりました。風助と申します。

基本、一話完結の構成になっておりますので、読みやすいと思います。

あやかし、幽霊、和風、怪異なんかが好きな方におすすめです。どうぞよろしくお願いします。

 風にあたろうと外に出たのだ。

 

 夜の帳はとうに落ち、屋敷の外は黒の紗幕しゃまくに覆われている。

 視線を上げれば、頭上にはかさを纏った半月が煌煌と輝いていて、明日の朝もきっと晴れであろうと娘はほのかに微笑った。

 ジャリ。

 どこかで物音がした。玉砂利たまじゃりを踏んだような音だ。

 ひゅうと息を呑んであたりを見回すも、なにも変わったところは無い。父の自慢である立派な地泉庭園ちせんていえんは、相も変わらず冥暗めいあんに沈んでいた。


 娘は首を捻る。

 果て、気の性だろうか。

 そう思った刹那、今度は先ほどよりもずっと近くで物音がした。

 ジャリ。

 足音のようだった。


 すっと背筋が凍る。慌てて後ろを振り返るとそこには年若い男が立っていた。

 娘は驚いて「っひ」と小さく悲鳴を上げる。

 暗いせいで男の顔はよく見えない。

 しかし、男の手が赤黒く濡れていることはすぐに判った。

 娘の狼狽とは裏腹に、男の方にはまったく動揺した様子が見られない。痛々しい切り傷からだらりと血を垂れ流し、娘の顔をじっと見つめて黙っているだけだった。

 数秒、互いに硬直する。その間に娘は徐々に冷静さを取り戻していった。


「もし、あなた。家人かしら? それとも新しく入った庭師の方ってあなたのこと?」


 不審な男であったが、不思議と悪いものは感じられなかった。

 落ち着いて考えてみれば、あまり屋敷の外へは出ない娘が顔を把握していない下男がいてもなんらおかしくは無い。

 しかし、娘の問いかけに男は首を捻るだけで応えなかった。


「あら、あなた声が出ないの? まぁ可哀そうに」


 憐れむように目を伏せた娘は、そのまま男の手を取って歩き出す。離れの前を通り過ぎたところで足を止めた。


「ちょっと待ってちょうだいね」

 

 おっとりとした口調でそうい、袖口をめくり上げる。よいしょ、と小さな掛け声をひとりでに呟き、井戸から水を汲み上げた。

「少し冷たいのだけど、我慢してね」

そう云って桶いっぱいに入った水を、男の傷に流す。湧き水の冷たさに驚いたのか、男がぴくりと肩を震わせた。


「っふふ」


その様子がおかしくて、なんだか可愛らしく思えて、娘は少し笑う。

 傷口を丁寧に洗い終えた後、今度は袂に入れていた手巾しゅきんを取り出した。

絹で織られた、退紅あらぞめの上等な布だった。

桜の紋様が散ったそれを、娘は男の患部に巻き付けて結んだ。

「あら可愛らしい」

 おどけた調子で云う娘に、男は再び首を傾げた。

 娘は改めて、まじまじと男を見つめた。とうに成人していそうな背丈なのに、どこか幼さを感じるのは男が話さないからだろうか。庭師という者は、夜もすがらに庭いじりをしているものなのだろうか。だとしたらそれは良くないだろう。父にもっと待遇を改善するように打診しなければ。

 その時だ。


真白ましろさま」

 

 娘が歩いてきた反対側から、女の声が飛んできた。叫びたいのを堪えているような、そんな声だった。


 「紀和きわね。見つかってしまったわ」

 

 娘はそう云うと、軽く手を叩いて音を鳴らした。すぐに足音が近づいてくる。


 「真白さま。探しましたよ。なにをしてらっしゃったんですか」

 

 辟易した様子で云う女中に、娘は苦笑した。


「ごめんなさい。眠れなくて。少し夜風にあたろうとしたの。そしたら、この人が………あら?」

 

 振り返るも、男の姿はどこにもない。数歩前に出て、娘は周囲を見回した。

 目の前には石畳が高々と聳立しょうりつしている。

 あの一瞬でこの壁を登ったとはとても考えにくかった。

 まるで狐につままれたような気分で、頬に手を当てる。


「如何されました、真白さま」

「いえ、今ここに。………あら、夢でも見てたのかしら、私」

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


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