第五話・格好良いと言ってあげたい少女(と言われたい少年)
「先輩、今日はありがとうございました」
二人きりの帰り道、優君が言った。
「何が? 私、今日は何もしてないよ。して貰っただけだと思うんだけど」
「先輩、今日もパソコンの事たくさん教えてくれたじゃないですか」
「あ、そっか」
そういえば、部活の後だったんだ。
「マッサージが気持ち良過ぎて、その前の部活の記憶が飛んじゃってた」
「そんなに気持ち良かったなら、持って来てみて良かったです。
やっぱり、機械の方が緊張しないですよね? また持って来ますね」
「カバンが重たくなっちゃうから、もう持って来なくて良いよ?」
何より、私の罪悪感のようなものがなんかすごい。今夜、すぐに眠れる気がしない。
「……やっぱり、ここまでするのって変ですかね?
ボクもちょっと、おかしいかなって思って、カバンに入れようか入れまいか迷ったんですよ」
「変じゃないけど、友達とか先生に見付かったら、ちょっと恥ずかしいね」
「それなんですよね。小学校までは男女仲良くしてたのに、中学校は男女で遊ぶとすぐからかって来て。
ボク、男子の遊びにあんまり興味がないので、女子と仲良く出来ないのはつらいです」
「そうなんだ……」
優君、教室であんまり男子と仲良くないのかな?
今日の優君、自分の事をたくさん話してくれているような気がする。
「先輩にはパソコンの質問をしやすいって話をした時、どうして質問しやすいのか聞かれたじゃないですか。ボク、あれから考えてみたんです」
優君は、手をギュッと握りしめている。
「ボク多分、すごく嬉しかったんです。パソコン部は、パソコンが出来なくてもからかったりする人が居なくて、しかもこんなに優しい先輩が居てくれて。
クラスでパソコンの事を聞くと『そんな事も知らないのかよ』って言われちゃうのに、先輩は一回もバカにしないでくれて」
「バカにするわけないよ。優君、偉いと思う」
本当に、そう思う。今日の私はウソばっかりだけど、これは本当。
「優君、最初の入部理由の挨拶の時に、言ったよね。
お母さんが入院中で、入院前に見てたドラマとか見れるように設定してあげたくて、パソコン覚えたいんです、って。
お母さんが入院してて、お姉ちゃんは部活が大事な時期で、自分は暇。だけど、インターネットの事が良く分からない。だから、ドラマのサイトの登録や、動画の再生の仕方を覚えたい。
……私、すごく感動したよ?」
それで、頑張ってる優君をいつも見ちゃってて、あっという間に好きになっちゃったんだよ。そう心の中でささやいたら、泣きそうになってしまった。
「そうですか? なんか、情けないような……」
と、優君は恥ずかしがっている。
「そんな事ないよ。格好良いよ」
「か、格好良いなんて初めて言われました」
初めてなんて、意外だ。
「お姉ちゃんとか、言ってくれないの?」
「お姉ちゃんもお姉ちゃんの友達も、いつも『可愛い』ばっかりですよ」
なるほど。うんうん、可愛さが強いもんねえ。
優君は顔を上げると、不満げに口をとがらせた。
「この前なんて、みんなでボクの髪を女の子の髪型にして遊ぶんですよ。ひどいですよ」
正直、それ見たいです。
でも今は、もう一つの気になっている事を聞かなくちゃ。
「格好良いって言われるの、嬉しい?」
「まあ……」
優君は、顔を真っ赤にして答えた。
「えっと、意味は間違えてませんよ?
男として格好良いって言われてるわけじゃないの、分かってます。だけどそれでも、ビックリするくらい嬉しかったです」
私はもちろん、男としても格好良いと言ってあげたかった。
けれども、一つ気がかりなコトがある。
もし私の好意がバレて振られて、気まずくなって私達の会話が無くなったとしたら。その場合、優君のお母さんのタブレットについてはどうなるだろうか。
「優君、お母さんのタブレットのサイト登録出来た?」
「いえ、まだです。なんとかサイトの値段や説明を見せてみたら、月額なら登録するのは月初めからにするって言ったので。
明日、病院に行くので登録します」
「じゃあ明日、念のために私も病院について行って良い?」
優君のお母さんのサイト登録が済んだら、最悪もう振られても構わない。
無事に登録出来た優君に、格好良いって言ってあげたい。それで振られたら仕方ない。
「そんなの悪いですよ」
「ううん、大丈夫だよ。私、病院の外のベンチに座ってゲームでもしてるから。で、困った時だけ呼んでよ。
私をお守り代わりにして欲しい」
「……そこまでして貰うのは、迷惑かけ過ぎじゃないですか?」
「なんか、話を聞いたら気になっちゃって。お母さんも、きっと楽しみにしてるでしょ?
どうせ家に居ても、ソワソワしちゃうと思うんだよね。優君は大丈夫だったかなって。だから、家にいるより私も安心なの。
登録出来ないんだけどってなった時に、私が近くに居れば役に立てるかもしれないし」
「本当に良いんですか?」
「うん。どうせ暇だし。頼ってくれたら嬉しい」
「すみません。ボクもう、これから先なんでもしますから」
そんなコト、言っちゃダメだよ。心底そう思った。だって私、都合の良い言葉ばかり覚えようとしちゃうから。
私、勘違いしちゃうよ? ちょっとだけ自信をもっちゃうよ? この気持ちがもしかしたら一方通行じゃないかもって、夢見ちゃうよ?
「本当に、気にしなくて良いんだよ?」
バイバイをする別れ道まで、私はそれしか言えなかった。
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