第一話・追撃の矢が刺さる少女(別にバトルは始まらない)
私達は、パソコン部である。故に、部活中に肩がこる。
ある日の部活後、どうしてそうなったのかは分からないが、いつの間にか女子部員の一人が、優君に肩を揉ませていた。
羨ましかった。ものすごく羨ましかった。けれども、まだ残っている部員も多かったので、その日は何も言えずに帰った。
しかし私はどうしても諦めきれず、ずっと機会を伺っていた。そして優君と私だけがパソコン室に残れた日、勇気を出して肩揉みの話をした。さりげなくおねだりをしてみた。優君は、快く肩を揉んでくれた。
私は幸せだった。ただ、肩を揉んで貰っている内に、私のブラのホックが外れてしまった。でも、せっかくの肩揉みを中断したくはなかった。バレなければ、なんてことはない。
そう思っていたが、どうも首の付近がくすぐったい。ブラの肩ヒモが、やや首側にズレてしまったようだ。
優君にも少しヒモが見えているかもしれない。さすがにこれはかなり恥ずかしい。どうしたものか。
私がアレコレ悩んで顔を真っ赤にしている間に、四月に中学一年生になったばかりの真面目な男子は、もっと困っていたようだ。
「あの……ボクよく知らないんですけど、続けて大丈夫ですか? 服とかズレたら痛くないですか?」
恥ずかしさで泣きそうな声を出して、優しくたずねてくれた。
聞かれてしまったら、直さないのも変である。私は良くても、優君に幻滅されるし。
「痛いとかは全然ないんだけど、気持ち悪いから直そうかな」
私は照れ隠しに笑いながら、服の中に手を入れた。
ヤバイ。優君の顔が赤くなっているコトが、すごく嬉しく感じる。やっぱり私、優君が大好きになったんだなあ。
優君は慌てて壁に背を向けて
「ごめんなさい、下手で。わざとじゃないんです」
と、真剣に謝ってくれた。
「か、かなり気持ち悪かったですか?」
私は優君の過剰反応に驚いて、すぐに謝った。
「だ、大丈夫だよ!? モゾモゾしてちょっと気持ち悪かっただけだから! ちゃんと気持ち良かったし、私が無理矢理やらせたんだからさ」
そもそも、悪いのはどちらかと言うと私の方である。
「もしかして優君、私の肩を揉むなんて嫌だった? 嫌だったらもう頼まないから。ごめんね」
「嫌じゃないです。三沢先輩の肩凝りの原因の一つは、ボクのパソコンの覚えが悪いせいだろうし。少しでも恩返しがしたかったです。
失敗しちゃってごめんなさい。良かったらまたやらせて下さい」
と、背中を向けたまま謝る優君。
顔が見えなくても、優君が落ち込んでいる事がハッキリ分かった。
「覚えが悪いとか、そんな深刻になるような部活じゃないよウチの部は」
衣服を直した私は、優君の肩に手を乗せて、ゆっくり肩を揉んだ。
「リラックスだよ、リラックス」
「大丈夫ですかね?」
「大丈夫。私も一年の時は先輩に聞きっぱなしだったんだから。なんでも聞いてね」
「本当ですか? ボク、三沢先輩に聞くのが一番気楽で。なるべく先輩に質問したいです」
「そうなの? なんで私なの?」
「なんでですかね?」
優君は、私に聞き返した。
「先輩が優しいから、頼っちゃうんですかね?」
「えー? 私、友達に付き合い悪いとか冷たいとか言われた事あるよ?」
どうも、興味ない映画や好きじゃない食べ物に付き合う気にはならないんだよなあ。イチイチ皆でトイレとか行きたがる人も、気まずいだけだし。
「優しいですよ。ボクが困ってると、声を掛けなくても先輩はすぐに気付いてくれるし」
ごめん。それは、いつも優君をチラチラ見てるせいです。
「あー、私って集中力ないからね。目が合いやすいかも」
本当の事は言えないので、誤魔化した。
「目が合っても、普通は困ってる事まで見抜いてくれないですよ。今も、逆にボクの肩を揉んでくれているし。どうしてそんなに優しいんですか?」
それもごめん。下心で揉んでます。落ち込んでる背中を見たら、揉んであげたくなったんです。お金を払いたいくらいです。
「私のせいで緊張させちゃったから、せめてこれくらいはね。優君とずっと仲良くしていきたいし」
「ボクも先輩と仲良くなりたいし、たくさん恩返しがしたいです。だから、肩揉み頼まれた時は本当に嬉しくて」
「じゃあ、嫌だったワケじゃないんだ。良かった」
「はい。またなんでも言って下さい」
「わ、私すぐ肩がこるから、また頼んでも大丈夫かな?」
とにかく優君との接点を増やしたかった私は、ついそう聞いてしまった。
「はい。遠慮なく言って貰えたら嬉しいです!」
とっくに撃ち抜かれていた私のハートに、追撃の矢が刺さった。