紙葉、一葉『隣国の彼岸花』(3)
新しく作る発明品の部品の買い出しに向かうとリコリスが言ったので、その付き添いにメメントも同行した。
その帰り道のこと。
メメントは視線を感じていた。
ちらり、ちらりと一定の間を開けてひっきりなしに向けられる眼差し。本人はメメントに気づかれてはいないと思っているらしいのだが、メメントはその視線に端から気付いていた。
またしても、ちらり、ちらり。ずっと視線を感じるだけで、特に言葉は無く。このままだと埒が明かないと踏んだメメントは一旦立ち止まり、自らの後ろ、視線の主であるリコリスに流し目を向けて短く問いかける。
「なに?」
「へぇ⁈ あっ、いや、メメントってすっごい白くて綺麗だなって思って」
やはり気づかれていないと思っていたらしきリコリスは唐突に投げかけられたメメントの言葉に驚いて飛び跳ね、そして弁明するように口早にそう述べた。
よく色白な人の肌の色を乳白色と喩えることがあるが、メメントの肌はその白さを軽く凌駕するような純白を思わせるほど白かった。
しかも白いのは肌だけに限った話ではなく、柔らかく艶やかな髪に宝石を思わせる大きな瞳、上を向く長いまつ毛や細く整った眉まで、至る所の全てが白かった。
いっそ言ってしまえば何かそういう病気があるのではないかと疑ってしまうほどの白一色。
メメントが初めてフードを下ろしてその顔をリコリスに見せた時、リコリスはその驚くべき白さに触れていいものか迷った。
人には少なからずコンプレックスなるものが大小あり、リコリスも右半身についたかなり大きな火傷の跡がコンプレックスだった。
だからメメントも自分の異様なまでの白さを気にしているかもしれない。
その思いがリコリスの喉をきゅっと鳴らし、やはり訊く勇気は生まず、俗にいうところ、日和ってしまっていたのだ。
「私なんか直ぐ日焼けで肌が黒くなっちゃうからメメントの白さが少し羨ましくってね。それにしても、メメントは美人さんだから本当に妖精みたいで綺麗だよね!」
「ん、ありがとう」
確かになかなかに風変わりな色であるのは間違い無いのだが、その不思議な出で立ちが、同じように不思議な雰囲気を纏うメメントに大変ふさわしいと言えるものである。
そして、そういえばとリコリスは手を打つ。メメントの白さもそうだが、メメントについて気になるものが他にもあった。
それはメメントの腰の部分で揺れているモノだ。注目しろと言わんばかりに存在を主張されては流石に触れずにはいられない。
「ねぇねぇメメント。ずっと気になってたんだけど、それって武器なの?」
メメントの腰には剣と言えるような何かが2本ベルトで吊るされていた。リコリスはそれを指しているのだ。
メメントはそれにそっと触れて頷いた。
「そう。これは通称『剣銃』って呼ばれてる特別な武器。私はそれぞれ『クロエ』『ハクア』という名前で呼んでる」
ベルトから抜き出されたソレは、片刃の刀剣の柄に銃の機構を取り入れた奇抜な見た目をしていた。
メメント曰く、この武器は剣と銃の両方として扱え、変形することでそのどちらかに切り替わるという代物らしい。
どうやら長短の2本で対になっていて、長い方が『クロエ』、短い方が『ハクア』と言う名称だと言う。少し話を聞けば、その口ぶりからメメントの旧友の双子の名前から取っている名称らしいことが窺えた。
すると、どうしてその名前をつけるようになったのかと無性に気になるリコリスだが、親がいないなどと暗い過去を秘めているらしきメメントにその旨を訊くのも流石に億劫であった。
だから訊くにも訊けない焦ったさにリコリスの心中はもやもやとする。
そんなリコリスの葛藤を知る由もないメメントは『ハクア』と呼ばれている方を手に取った。
「ここのトリガーを引くと形が変わる。今から銃形態に変えてみる。見てて」
そう淡々と言ってメメントは、片手で柄を深く握るとちょうど中指あたりに位置するところにある引き金のような部分を引いた。
するとガシャッと音をたてて一度はパーツがバラバラに展開するようにして駆動し、見る見るうちに形が組み変わっていく。そしてそれぞれがうまい具合に噛み合い、キンッッと軽快な金属音を最後に響かせるて変形を終えた。
して、その姿を大きく変えた『ハクア』からは丸い銃口が鈍い光を湛えて覗いている。
「凄い……、凄い。とても凄いよメメント……‼︎」
天才発明家を自負するリコリスでさえ、正直これには感嘆のあまりに賛辞の言葉以外を思いつけず、噛み締めるように同じ言葉を繰り返す。
これをもしも一人の人間が作ったと言うのならば、その人物に一度でいいから会ってみたいと思うほどだ。
驚くべきは、その精密さと類を見ない特殊な性能である。
メメントの持つ『剣銃』と呼ばれる武器は、見るからにやけに複雑な変形をしていたのだが、その全ての駆動はスムーズであり、最初に聞こえた『ガシャッ』という音と最後に聞こえた『キンッッ』という音に時間的な差は殆どなかったにも等しい。2つの音はほぼひと繋ぎのようだった。
故にそれだけでこの武器がいかに精密であることかが容易に計り知れる。
そして、この武器は銃器としての機能を持つのにもかかわらず、驚くべき事に、銃弾としての鉛玉と、それを飛ばすための火薬を必要としないとメメントは言う。
『火薬の急激な燃焼反応による爆発を用いて鉛玉を放つ』という銃器類の定義を根本から覆す荒唐無稽な作りをしているらしいのだ。
試しに訊いてみれば、鉛玉と火薬を使わないというその奇抜な仕組みは予想に反して意外と単純で、超高圧に圧縮した空気自体を銃弾として放つというもの。
2メートル弱ぐらいの距離ならば人の体さえ穿てると言い、それにリコリスは信じられないと懐疑の声をあげようとしたが、メメントが道端の少し離れた位置に落ちていた空き瓶を『見えない弾丸』で撃ち抜き、木っ端微塵にしたことで黙らされてしまった。
リコリスは震える。
正直、まだ大人とは言い難い幼気な少女がなぜそのような武器を携帯しているのかリコリスには全く想像もつかず、理解もできなかった。軽く恐怖さえも覚えた。様々な憶測が脳内で飛び交うも、思うよりも先に口が開いていた。
「どうしてそんなモノを持っているの? 過去に何かあったの? もしかして……、メメントの髪や肌とかがとても白い色をしてることと関係あるの? あなたは、何者なの……?」
気が緩んでか、思わず畳み掛けるようにそんなことを不躾に訊いてしまった。
その過ちを犯した後で、はっとして、触れるべきではなかったと深く悔いる。
ついさっき訊かないように決めたばっかりなのにどうして決め事一つでさえ自分は守れないのか、忸怩たる思いが胸の内で大きく膨らむ。
「…………」
そして幼い故の残酷な質問に当のメメントは答えることはない。
だがその代わりに、ガラス玉を思わせる無機質な瞳が静かにリコリスを見据えた。
そうする真意は誰にも分からない。メメントの瞳には、何も思わせず、感じさせない、ただただ虚無の色を見る。
だからこそなのだろうが、そんなメメントに見つめられたリコリスの心は懺悔により痛みを増した。
「変なこと訊いて本当にごめん。でもっ、私は正直その白さは羨ましいし、凄いと思うよ。だから、そのっ……、メメントは自分をもっと誇っていいと思うんだよ…………」
尻すぼみになる言葉を漏らし、無遠慮なうえに口下手でごめんねとリコリスは苦笑する。
斜陽の赤い光が樹々の合間から二人を暗く照らし、その朱色の裏に二人の心境を表すように重く深く影は伸びる。そして昼下がりの心地よい喧騒がまるで嘘のような夕暮れの静けさに耳がつうと少し痛んだ。
「帰ろっか……」
力なく呟いたリコリスの言葉に、メメントは言葉なく後を追った。
そしてその日。それ以上メメントに触れることはなかった。