紙葉、一葉『隣国の彼岸花』(2)
聞くに、リコリスという少女は色々な発明品を作っているらしい。
それで誰かに新しく出来た発明品の試験運用のアシスタントを頼みたいらしいのだが、何か悪いことが起きそうだから嫌だと言って知り合いの皆はまともに取り合ってくれない。
そこで、此処いらでは見ない顔のメメントに随分と前から目をつけていたらしく、どうにか貸しをつけて連れ込もうとしていたんだとか。
なんというか、狡猾というか、大胆不敵というか。
メメントは全く気にするどころか、何も思っていなかったからよかったものの、手中にあると分かった瞬間に目論みを自ら暴露するとはかなりの豪胆さ。人によっては激怒しているところである。
それはともかく、リコリスは自称するだけはあって、色々とすでに発明した作品があるようだ。その数もかなりあるようで、当分は逃してはくれないことだろうことははっきりしている。
メメントは改めてリコリスの頼みを快諾し、その試験運用のアシスタント、もとい実験台として矢面に立って作品の数々に触れていくこととした。
いつまでも暖かさや冷たさを残す魔法のような瓶に、自動で肩などを叩きほぐしてくれる不思議な椅子などなど。
目の付け所が違うと言えば聞こえが良いが、どう考えても奇抜な発想ばかりの品々を作っているとメメントは素直に思った。
そしてそれらの作品にあまりもって興味を示さなかったメメントだったが、ひとつ興味を示すものがあった。
それは大きめの西瓜サイズの立方体だ。
「真ん中に砂糖を入れて、下に当てた火で砂糖を溶かしてからこのハンドルを勢いよく回すと……、むんっ‼︎」
どうやら砂糖菓子を作る装置なんだとか。とりわけ甘味が大好物であるメメントは興味津々と装置を見つめる。
木の棒をその立方体に斜めに刺して立っててとリコリスに言われて、じっと立っていたメメント。暫くすると目の前に不思議な光景が突如として広がり、少しだが思わず目を見開いた。
なんとメメントの持っている木の棒に、ふよふよとした蜘蛛の糸のようなモノが巻きつき始めたのだ。
驚きのあまりに立ち尽くしていたメメントだが、もういいよとリコリスに肩を叩かれて我にかえる。
立方体から引き抜いた木の棒には、まるで蚕の繭のようでいて雲を集めたかのような、それか綿を固めた感じにも見える不思議なモノがくっついていた。
メメントは恐る恐る触る。
それは押してみるとふわふわとしていて、摘むと雪のようにすぐに溶けて少しベタつく触感を残す。
砂糖を使った新しいお菓子だと言うが、いかんせん見た目が奇抜すぎる。これはどうか。
メメントは少しの躊躇を残しつつ、小さな口で齧り付いた。
すると無感情を思わせる冷たい瞳に少しだけ光が灯る。
「甘い、美味しい」
そう呟きながらメメントはその砂糖菓子に勢いよく顔を埋めるようにして食べ進め、積乱雲を想起させる形の砂糖菓子はあっという間に見る影もなくなってしまった。完食である。
「美味かった。ありがとう」
そう、淡々と言うメメントの表情は寸分も動いてはいないが、リコリスにはどことなく嬉しそうに見えた。
「ふふん! どんなもんだいっ‼︎ 天才リコリス様にかかればこんなもの朝飯前よ‼︎」
淡白ではあるが裏表のない素直な所感が、思いの外好評だったこともあり、リコリスは自慢げに鼻を鳴らす。
「他には何がある? いっぱい見てみたい」
「えっ、ほんと⁉︎ えっと……、じゃあこれとか‼︎」
他の物にも興味を持ち始めたメメントに、リコリスは嬉しくなって続けて色々と紹介した。すると、あれよあれよという間に時間は過ぎ去っていく。
出会って間もないというのに、歳が近く気が合うのか、二人はすでに仲良くなっていた。
これほど楽しい時間を過ごしたのは久しぶりだと思ったリコリスは、恥じらいに指先を突き合わせてメメントの方をちらりと見る。
「ねぇねぇ。もしよかったらだけど、何かの縁だし私の助手になってみない? お金がないなら住み込みでもいいから、どう?」
「…………」
だが、メメントは答えることなく黙りこくった。
それは答えたくなかったからではない。こんな時、どうすればいいのかメメントには分からなかったのだ。
(なんて答えればいいの? アリス……)
ふとメメントは、胸の内である人物の名前を呼ぶ。
それはメメントが一番信頼を寄せ、一番慕っていた人物。俗に恩師と呼ぶもの。
しかしながらもうこの世にはいない人だ。
メメントはそれを分かっていても、困った時によく心の中で助言を求めて今は亡き恩師に問いかけることがある。
何故そうするのかメメントにもよく分からない。
だが今でもそうするのだ。
そしてやはり、
(どうして答えてくれないの? アリス……)
それに応える声はいつものようにない。
物思いにふけるようにメメントが立ちすくんでいると、おずおずとリコリスがメメントを上目遣いに見る。
「ごめん。やっぱりお家の事とかで何かあったりする? 親に何か言われているとか……」
お互い年端もいかない少女である。だからこそリコリスはそんなことを気にするのだ。事実、ダメ元だとは承知のうえでそう尋ねて、歳の近い子達にはその理由で断られたことが過去に何度もあった。
「いや。親はいない。だから大丈夫」
思い切ってそう素早く切り返したメメントだが、
「いや、その。……ごめん」
と逆に謝られてしまった。
自分は単純な事実を述べただけなのに何故リコリスが謝る必要があるのか。
メメントにはその理由が真に分からなかった。
その訳を純粋に訊こうと口を開きかけたメメントだが、何を思ったのかメメントはその小さな口をゆっくりと一文字に戻した。