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メメントモリ・マニュスクリプト  作者: 小鳥遊 凛世
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幕間掌編『紙葉を渡る、インクの滲み。一滴。』《白い猫》


「なぁ……。知ってるか? 極東にいるって噂の『白い猫』の話」


「あぁ知ってるさ。その『白い猫』っていうのは隠語なんだろ? 極東あっちの兵の中にとりわけ残忍でいて凶悪、心もない冷徹な奴がいるって話。極東には珍しい白い髪をした特徴的なヤツで小さくてすばしっこいのがいる。だから『白い猫』なんだろ? それでいて瞬く間にウチの兵隊の首を幾つも掻っ切ったり、鉛玉で頭に風穴を開けていくんだってな。なんだお前、そんな噂話が怖いのか?」


 怖い怖いと大仰に肩を竦める男は、とりわけその話について恐れを覚えていることはないらしく、話を持ちかけた男を臆病者と冷やかす。

 だが、冷やかされた男は笑わず、静かに男の肩を強く掴んだ。


「笑うな。この話は全部嘘じゃない。『白い猫』は本当にいる。事実ソイツに俺の弟は殺された。お前にはまだ話してなかった事だがな」


 気まずい沈黙が暫し流れる。


「……それは悪かった。今夜は俺が奢るよ」


 冷やかした男はすまないと頭を下げるが、謝罪を受けた男は静かに首を横に振った。


「事実俺も信じてなかったさ。弟の掻っ切られた見事としか言いようのない傷口を見るまではな。それに検察医は、切り口があまりにも鮮やかすぎて弟は自らの死に気付くことも、死に恐怖することもなく即死したんじゃないかと言っていた。まるで出血を伴う安楽死みたいなものだとも言っていた。それが『白い猫』のせめてもの情けなのか、それともただの効率的な殺戮の結果なのか分からないが……、とにかく素晴らしいもんだったよ……」


 戦争中という事で、ピリピリと息の詰まるような空気を纏う街を警邏の為に巡回する男は、気を紛らわせる為か煙草を胸元から一本取り出し、まるで深いため息をつくように煙を大きく吹かす。


 「まぁでも、今はそんなこと気にしてらんないよな……。俺達は俺達の職務を全うしなくちゃならない。それがお前の弟や天国へ行った仲間達へのせめてもの弔いになるんじゃないかと俺は思うぞ」


「あぁ……。そうだ。そうに違いないな」


 そう自分に言い聞かせるように呟きながら男二人はなんて事のない、見慣れた路地裏へと足を運んだ。


 すると突然、


「ごめんなさい」


 そう声が聞こえた。


 明確に二人の男のものではないと分かる声。

 決して甲高くはない。だが、男と比べると高く透明感のある通る声であり、落ち着いてるとは一味違う、とても静けさを思わせる少女の声だった。


 声は男達の真後ろからしていて、いつのまにそんな近くに少女らしき声の主がいたのかと驚いて振り返る。

 男達が向いたのは路地の横。建物と建物の間に小さく生じる路地裏という隙間。陽光が当たらず薄闇になっているそこにいたのは、朽ちたマントのフードを目深くかぶった小柄なシルエットだった。


「お、驚いたよ。どうしたんだい突然? 何がごめんなさいなんだい? 何か悪いことをしてしまったのかい?」


 煙草の煙がフードの少女に向かないようにと足元に下げた男がゆっくりとそう問いかける。


「あなた達の事はよく知らない。でも、殺してしまった人のことは知ってる。だから私はあなた達に謝らないといけない……、と思う」


 不思議な事を言う少女に男二人は疑問符を浮かべたが、あまり気にしないようにした。どこか、そのフードの少女から不吉なものを感じたからだ。

 その嫌な予感を払拭するように、男は慌てて話を逸らす。


「そうだ。おじさん達、今から昼食のサンドウィッチを食べようと思ってるんだ。よかったらお嬢ちゃんも一緒にどうだい?」


 煙草を足で踏み消した男は思い切って、顔を見しておくれと言ってフードに手をかけた。


 すると、()()()()と林檎にナイフを通すような音が鳴り響き渡り、フードに触れた男は暫くふらふらと体を揺らすと、徐に糸の切れた操り人形(マリオネット)のように力なく膝をつくいた。

 その足元は朱に染まっていた。


「ごめんなさい。でも、これしか出来ない」


 そう感情が匂わない言葉を洩らす少女のフードが後ろに垂れ、少女の顔が露わになる。


「ひっ……‼︎」


 その時、もう一人の男は恐怖を全身で感じた。

 先ほどまで一緒に会話していた同僚が、今まさにただの肉塊にされたからか。


 いや違う。


 その同僚を亡き者にした少女の髪が、眉が、まつ毛が、肌が、目が、白かったからだ。


 少なくとも男は、自らの生まれ育った国で、若くしてそこまで純白に染められたような人間を見たことがなかった。


 故に怖いのだ。


 だからこそ言い逃れはできない明確な一つの答えを突きつけられているようにどうしようもなく思えて、男は情けなくも背を向けて逃げ出そうとした。


 だが背を向けたその一瞬の内に、柔らかい手つきで喉笛は掻き切られ、男は声を出す間も無く事切れた。


 眼前に広がる二つの血溜まりも気にせず、少女は死体を物色する。

 そして警邏の巡回ルートが記された地図などの目的の物を見つけると、手早く死体を処理した後、何事もなかったかのようにフードの少女はその場を去る。

 

 その幼気な少女こそが『白い猫』だった。


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