おとなになりたい
――とある小さな喫茶店に、女子高生が沈んだ表情で入ってきました。
「あら、いらっしゃい。久しぶりね。どうしたの?浮かない顔をして……ミルクティで良い?」
「美樹さん!大人って何?!」
「え……?いきなりどうしたの?」
「あのね……?私の好きな人に、それとなく好きな女性のタイプを聞いたら、『大人っぽい人』って。」
「そうだったの……それはまた悩ましい答えが返ってきたわね。」
「そうなの。だから私、美樹さんみたいな大人にならなきゃいけないの!今すぐ!」
「そんな、今すぐ大人になるなんて無理よ。しかも理紗ちゃんは、まだ高校生だし、焦らなくても良いんじゃない?」
「だって、大人にならないと彼と付き合えないんだもん!」
「困ったわねえ……」
「ヒントだけでも良いから教えて!理沙、憧れの美樹さんみたいになりたいの!」
「私は、元気で一途で一生懸命な、今の理紗ちゃんが好きだけどな。」
「いやいやいやいや、それじゃダメなの。おねがいしますぅ……」
「うーん……大人、あくまでも私が考える大人だけれど……」
「うんうん!それが知りたいの!美樹さんの大人像に私はなりたい!」
「もう、理紗ちゃんったら。そうね、目的に対して、経験則、つまり、リスクと損得で考えるようになってしまったら、大人になったってことかな」
「リスクと損得?」
「例えば、自分にやりたいことが出来たとして、過去の失敗した経験から、自分では出来ないって壁を無意識に作ってしまう。新しいことを始めることを自分の経験が邪魔するの。理屈抜きで動くことが出来なくなってしまったら『大人になった』ってことなのかな。」
「理屈抜き……」
「そう、理屈抜き。今の理紗ちゃんみたいに、理屈抜きで何かになりたい!って突き進めなくなる……そう、大人になると諦めることが多くなるの。」
「ふーん……大人って大変なんだね。」
「ふふっ、そうでもないわよ。何かと理由付けして言い訳して、行動を起こさないことを正当化しているだけ。もちろん中には、チャレンジ精神旺盛な見習うべき大人もいるけれど、ね。」
「そっかあ……なんか、わかったようなわからないような……」
「だから、理紗ちゃんは、今の理紗ちゃんで良いの。彼だって、理紗ちゃんの質問の意図がわかっていなくて、軽い気持ちで言っただけじゃない?きっと彼は、今の理紗ちゃんが好きなんじゃないかな」
「そ、そうかな。」
「ふふっ、理紗ちゃん、もっと自分に自信をもって良いと思うな。」
「……うん、わかった!今の私で、ありのままの私で、彼にぶつかってみる!」
「それが良いわ。頑張ってね。」
「うん!美樹さんありがとう!また来るね!」
「はい、待ってるわ」
「じゃあね、ばいばい!」
――勢いよくドアを開けて出て行く理紗、そして美樹は一人になりました。
「ああ、もう見えなくなった。本当、若いって良いわね。たくさん悩んで、たくさん失敗して成長できるのだから……子供は、いずれ必ず大人になるけれど、大人は子供に戻れない、そのことを理解できるのは大人になってから。羨ましいわ。」
美樹は誰も居なくなったドアの方を見ながら呟きました。
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【朗読/声劇】「おとなになりたい」揺蕩海月~たゆたふくらげ~【癒し系ボイスブック】
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イラスト:あゆくま☆、ボイス:文月水咲、ライター:二区9