FILE1;依頼
AM7:30クラスは自らが社長を務める民間軍事運営企業、ファストライドに出勤した。社長と言っても社員が社長含め六名しかいない弱小民間軍事運営企業だ。
民間軍事運営企業とは、文字どおり民間である一般人が、運営する軍隊、の様なものだ。先の「千年戦争」が終わり、治安が悪化したため、自分たちのことは、自分たちで守るようにと言う政府の出した、苦肉の策である。
「クラス、おはよう。珍しいじゃない、あんたが定時に出勤なんて」
「おう、おはよ」
会社の扉を開けて、最初に挨拶してきたのはリズ。クラスの幼馴染だ。
「・・・あれ?リズ、水我と水牙は、まだ来てないのか?」
「ん?ああ、あの二人。そういえば今日はまだ来てないわね」
「んだよ。いねーのかよ。せっかく今日は定時に来たってのに。あいつらが今日は遅刻してんじゃねーか、いっ!?」
急にクラスの顔が苦痛に歪んだ。通称「UMEBOSHI」 両の拳を、相手の頭のこめかみに当て強く挟み、拳をグリグリする。さらに攻撃力を高めるには拳を、中指のところだけ突き出した状態にするとよい。授業中寝ていると先生にやられる確率の高いわざのひとつだ。今は、リズの拳がクラスの頭にめり込んでいる。
「あのね、何かない限り、普通は定時に出勤するものなの。たまに定時に来たと思ったらろくな事言わない」
「何すんだよ、いってーだろ。それに、理由なら二日酔いだっていつも言ってんだろ」
リズの拳からクラスがすり抜ける。
「そんなのが理由になるわけないでしょ」
「ったく何で、あいつが居ない日にまで、怒られなきゃいけないんだよ」
「ソフィに、今日遅刻してきたらこってりしぼってあげてねって、言われたの」
少し自慢げに、ソフィからのメールをクラスに見せる。そこには、確かにそう書いてあった。
「だから、今日は遅刻してないだろーが」
「うるさいっ。さっさと何でもいいから、仕事を探してきなさい」
クラスはけだるそうに返事をし、渋々ながらも外回りに出かけた。
水葱が早朝の依頼を終え、会社の前まで行くとクラスが玄関先の階段に座っていた。
「よう、水葱」
「どうした。今日も遅刻か?」
「いや違う」
「はぁ?なんでだよ。遅刻しなかったときは、いつも怒られねぇじゃんか」
少し考えてから、手をぽんと打つ。
「あっ、お前またフルオート使ったろ」
「いやそうじゃなくて。今日はソフィが居ないから、リズが代わりにお目付け役をしてんだよ」
「あぁそれで、痴話喧嘩をして追い出されたってぇわけだ」
「いや、痴話じゃねーよ。痴話じゃ」
「へい、へい」
クラスからの突っ込みを交わしながら、水葱は玄関に入ろうとした。しかし、体が前に進まない。
「おい、俺を見捨てるきか?」
クラスが腕をしっかりと掴んでいた。
「しゃぁねぇな。付き合ってやるよ。んで、どこいくんだ」
「スラムのガキ共の所だ」
「はぁ?そんな所行って何すんだよ」
十分な胡散臭さを、感じながら聞いてみる。
「仕事探しさ。あいつら、いろんな所に潜り込めるだろ。結構いい情報持ってたりすんだよな」
「ガキ頼みかよ、情けねぇ」
「うるせぇ、早く来い」
ガキ頼みといわれて腹が立ったのか、クラスが声を荒げる。と、いきなりにやっとし、こっちを見て、
「まぁ、見てろって。あいつら結構やり手だぞ」
44番街の裏路地に来てみると、そこは表通りとはまるで別の世界だ。表通りは、賑やかとまではいかないものの、商店もあり、疎らだが人通りもある。それに比べ、裏路地は凄惨な状況だった。ゴミは散乱し、ホームレスや酔っ払いが倒れている。その周りをたくさんの蝿が飛んでいる。死んでいるのかと思うと、いきなり思い出したように起き上がり、酒を呷ってまた死んだように眠る。時々、ホームレスがお恵みをと言いながら付いてくる。財布から5グラン硬貨を出して後ろに投げる。たかだかジュースが一本買える程度の金でも、ホームレスは必死にそれに群がる。どうやら、無精髭の中年の男が取ったらしい。その男は周りのものに追われながら逃げて行った。それを尻目に見つつ、歩を進める。角を曲がると、少年が仁王立ちしていた。
「マタアンタカ。キョウハナンノヨウダ」
少年が片言で聞いてきた。
「情報をもらいにきた。今日は何かあったのか、歩哨が一人足りないぞ」
「アンタニハ、カンケイノナイコトダ」
「俺はそれを聞きに来たんだ。教えてくれないか」
10グラン硬貨を財布から出し見せる。
「ニマイタリナイ」
少年はそれだけ言うと手を差し出した。
「しょうがないな。ほらよ」
30グランを渡すと、
「ウシロノオトコノブンモヨコセ」
と言った。
「は?30グランで十分だろ」
「ヨコセ」
「はあ。あいよ」
もう30グラン渡すと、付いて来いと言うように手招きして奥へと進んでいった。お前も来いと水葱に言いにそれに続く。ある程度行ったところで、先ほど水葱に言った言葉を思い出し
「な?やり手だろ?」
と言った。
「タダのガキじゃねぇか、金さえ払いや通してくれんだろ。テーマパークと何も変わらねぇじゃねぇか」
「ばーか、この俺様が60グランだぞ?余程のことがない限り俺がそんなに金を使うと思うか」
「ふぅん。まぁただのガキじゃあねぇってことは感じ取れるが、それでもまだガキだろ?お前が金払って入るのが俺は疑問に感じる。お前なら、あんなの二、三発殴って終わりだろ?」
水葱の発言に、前を歩いている少年が反応する。
「いや、それはな……」
「おっ、クラスじゃーん」
水葱の質問に答えようとしたとき、三人の上方から声が聞こえてきた。声をかけて来たのは、細身の青年だった。およそ、こんな所にはいそうにない雰囲気を漂わせている。しかし、着古したTシャツにジーパンという見た目とアンバランスなかっこうがそれを邪魔する。洗濯物の大量に入ったかごを抱えながら、飛び降りてきた。
「今日は、何しに来たの?いくら取られた?あっ、て言うかその後ろにいるお兄さんは水葱君かな?」
「あのなぁ、俺がここに来るのは情報を聞きに来るときだけだし、俺がいくら取られたかはあいつに聞けばわかるし、お前が水葱のこと知らない分けないし、質問したいのはこっちだから! 」
「おー、すべての質問に答えてくれてありがとね。じゃあちゃんと誠意に答えないといけないよね。」
その青年は笑顔で応じた。
「お前いつもいつもこのやりとりやるけど、必要か?」
「うん。だってクラスの皮を被った悪者かも知れないでしょ?」
「ほんとにそれ関係あんのか?」
「ない」
即答かよと思いつつも、まあしょうがないかという思いも湧いてくる、不思議な青年だ。
「なぁ、クラスこいつは誰だ?俺のことも知ってるみたいだし、見た感じスラムが似合いそうな奴じゃねぇが」
そう言われて思い出した、今日は水葱もいるんだった。
「ああ、こいつは「ドーンです。いや〜、あなたも大変ですねこんな上司を持って。いろいろと息子が世話を掛けるかもしれないけど、あたたかっ?」
「お前はいつから俺の母親になったんだ?それと人が話してるときに割り込んでくるな。水葱こいつは、ここのスラムを束ねてるんだ。ま、平たく言いやガキ大将だな。ここにいるガキらはみんな、裏の情報を売って生きている。ドーンはその仲買人みたいなもんだ。だからここあたりの情報は裏も表もこいつがほとんど握ってる。だから、お前の事も知ってるんだよ」
「おい、お前今ガキ大将っつたよな?ガキ大将ってなんだよ、それにここのスラムはだな……」
ドーンの説明を聞き流しつつ、今日ここに来た理由とさっきの疑問を思い出し、ドーンに質問する。
「そういえば、今日はどうしたんだ?歩哨が一人だけだったぞ。何かあったのか?」
「んー。人員削減?あっ適材適所?でも、あの子なら一人でも十分だよ」
「適材適所ってどういう事だ?」
「今日のクラスは、質問が多いね」
「はぐらかすなよ」
真面目に答えようとしないドーンに苛立ったのか、水葱が声を荒げる。
「そんな怖い顔しなくってもいいじゃない。もっと楽しく行こうよ」
「楽しいのはわかったから。それで?適材適所ってどういう事だ?」
「適材適所の意「あくまでも、適材適所の意味を言うんじゃねえぞ」
「人のボケをつぶすのは卑怯だよ。ま、いいや。教えてやるよ。昨日の朝、地下水路で男の子が倒れてたんだ。ここで、看病してるんだけど、いろいろあってね警備をそっちにまわしてるんだ」
「ふうん、そうか。まあ、それ以上は聞かないとして。何か仕事になりそうなものないか?」
その質問を待っていたかのように、ドーンの口角が上がった。
「いいのがあるよ。さっき話した男の子、今朝意識が回復したんだけど、その子が『信頼できるミリタリー・カンパニーはいないか?』って聞いてきたんだよ。どう?この話し乗る?」
このあたりの地下水路は、厳重に管理され浮浪者たちが入れないようにされている。このあたりの地下水路に入るには15km程はなれた所にある橋から身投げするか、ドーンのところにある秘密通路を使うしかない。
クラスたちが頷くとドーンはじゃあ、こっち来てと言いながら、さっきまで洗濯物を干していた建物の中へ入っていった。
建物の中に入ると、大小様々な子供たちが見張りとして立っていた。その横を通り抜け、階段へ向かう。高さの少し違う階段をひたすら登り、建物の5階にきたところでドーンが、廊下の方に歩を進めた。その廊下の、奥から二番目のドアの前でドーンが止まり、こちらを向いて言った。
「ちょっとやんちゃだけど、いい子だからあまり怒らないでね」
「は! どんなガキも、お前よりかはましだ。いいから勿体つけてねーで、早く案内しろ」
等と言っていると、その部屋から怒号が聞こえてきた。
「おいそこのお前、ミリタリーカンパニーはまだ来ないの。お前たちのボスが、連れて来ると言ってただろう。そいつに催促しろ。いいな、あと一時間のうちに連れて来い! 」
部屋にいる見張りに言っているのか、確かに厄介そうだ。と思いつつその簡素な扉を軽くノックしてから、なかに入る。
「おい、何だお前。俺の部屋には勝手に入るなと、ここにいる人には伝えた筈なんだけど」
入った途端に怒号の主に説教された。しかし、
「ああ、ごめんね。こいつ、ここの奴じゃあないんだよ。だから勘弁してくれる?こいつは俺が言ってたミリタリーカンパニー、ファスト・ライドの社長。クラス・チョーカーだ。クラス、この子が信頼のおけるミリタリーカンパニーを探しているグレア・ドーマー君だ」
とドーンが取り持ってくれた。
「おい、自己紹介ぐらい俺にも出来る」
「あ、そお?」
「あ、そお?じゃない。それに、常識的に言って入ってくる時にノックぐらいするべきだろう。」
「俺はノックした。聞いてないお前が悪い」
「ノックはその目的から考えて、相手に聞こえるようにするべきだ」
説教の矛先がクラスに向きはじめた。クラスはこめかみの血管を浮き上がらせながらも、声を抑えた。
「おい、前言撤回だこいつはお前よりたちが悪い。この仕事は下りさせてもらう」
「それは俺も賛成だな」
当てにしていたクラスたちに断られそうになるのを見て、ドーンがあわてだした。
「え?いやでも、一回受けるって言ったんだしさ、男に二言はないってジャポネのことわざで言うでしょ?だからさ、頼むよ。お前たちのとこ位しか、信頼の有りそうなミリタリーカンパニーで、まともに受けてくれるとこがないんだよ」
そこまで言われたしまっては、しょうがない。まあ、このクソガキと四六時中一緒にいるわけではないし、いいか。
「しょうがないな。で、坊主仕事の内容は何だ?」
「俺の、警護を頼みたい」
「はあ?どっかの巨大な悪の組織にでも狙われてんのか?」
「まあ、そうだな」
マジかよ。地下水路で見つかったって言っていたから、やばいことに突っ込んでるんじゃないかと思ったけど、まさにそういうことかよ。待てよ?警護って言うことは、このガキンチョと・・・・・・。
「はあ。・・・・・・で、お前追われる心当たりはあんのか?」
「心当たりなら、ある。だがそれが何かは、言えない」
「そうか、じゃあ追ってくるやつに心当たりは?」
「わからない」
「ないのか?」
「いや、有りすぎる」
「だろうな。まあ、その他詳しいことはうちの事務所で聞くから付いて来い。」
「分かった」
はあ、こいつじゃあんまり報酬はあまり払えないだろうし、ソフィになんて言おう。
「ああ、そうだ。これが依頼の契約書だ、サインしてをくれ」
その契約書にクラスがサインしたそのとき、終戦後最大の事件の歯車へとクラス・チョーカーとその仲間たちは巻き込まれていった。