最強の女王
ユーディストの手には刀。それも二本ではない三本四本と増えていく。
「ユーディスト! なぜお前が」
「お父さん、奴隷ごっこをして遊んでたのよ、獣人族に化け随分酷い仕打ちを受けた」
つまり、彼女は大魔王の娘であり奴隷……女王が奴隷の真似をしていたのか……
奴隷なのに女王のふりしている人を俺は知っているせいかとても紛らわしい。
「それに、もう一人はあなた」
「俺のことか」
ユーディストのプレッシャーはスペリオルグ以上に過激だ。
「私は奴隷を演じていただけ、奴隷をごみのように扱うか、優しく包容してくれるかのどちらか……そういう実験をしていたの」
突然ユーディストが語りだす。
「ゴミのような扱いをした人間は部屋に夜、虫が入ってくるような呪いをかけた。優しくしてくれた人にはその人の望みが叶わなくなるように呪いをね」
「優しくしてくれた人のほうが酷い仕打ちだな」
「……だけど、あなたは私を買って無責任に放置した」
更にプレッシャーが強まる。
「それの何が悪いんだ。俺は好き勝手にやってるだけだ」
「どうすればいいのか分からなくなって、だからあなたの言葉『好きに生きろ』って、やりたいことをやらせてもらうだけ」
全く意味が分からない。つまり、俺が二択問題で別の答えを言ったから気に食わないからやつあたり。
「やめるのだ! 我が娘!」
「下級魔法しか使えないお父さんは黙ってて、私は上級魔法が使えるの」
スペリオルグ下級魔法しか使えなかったのかよ……それなのにあの強さか。
「それに、お父さんを倒せるぐらいの実力者久しぶりだから、私を楽しませて」
無数の剣が俺の口を目掛けて襲い掛かる。
「アブねぇ!」
もし口の中が切れれば口内炎になってしまう。
口内炎は本当に痛いのだ。食べ物の味もろくに分からなくなるし、喋るのにも支障を来す。
何より大きくなると何もしなくても痛い。最悪の怪我だ。
「……せーふ」
「似非勇者よ、我が娘は私以上の魔力を有しながら最上級魔法を完全にマスターしている。世界の滅ぼしやすさナンバー1の大魔王女だ……我に勝てたからと言って調子に乗っていると……怪我では済まないぞ!」
最上級魔法。それにスペリオルグ以上の魔力ってさすがにそれは……
「ヴァーミリオンテンペストエンド」
赤い暴風が吹き荒れどこか分からない城の障壁を破壊し、外を見れば曇りの空だ。確かにスペリオルグ以上の力を持っているのは本当みたいだ。
あたりを見回しても人はいない。
ゲームで言うのなら裏ボス的立ち位置になるだろう。
「今の一撃、躱すのね。シャイニング」
更に瞬時に飛んでくる光線。躱すので精一杯だった。
「……ゲート」
後ろからの不意打ち躱すので精一杯だった。
「トワイライト」
目の前が真っ暗になる。
「スーパーキック」
まさかの物理攻撃とな!
刹那の時は俺にも躱しようがなく攻撃を受ける。右足から嫌な音がした。
捻挫の可能性だってある。
「流石はお父さんを倒しただけであり、このくらいじゃやられないのね」
トワイライトの視界ジャックが解け、周りが見えやすくなった。
全く初見の魔法を躱すのは流石に不可能だ。
「かなり強い……」
「ゲート・トワイライト・ヴァーミリオンテンペストエンド・スーパーキック」
連続の詠唱。今まで出した全ての技が来る。
だが。
「盾を!」
スペリオルグを盾にした瞬間、一瞬だけユーディストの動きが止まる。
「我を盾にしただと!」
そしてゲートが出る空間の後ろに出現した彼女の手を掴む。
「嘘……」
しかしすぐに彼女は次の魔法を唱えた。
「ライアーフィールド」
彼女の掴んだ手はなくなった。
「エンプレスブレイズ」
すぐに炎が後方から飛んでくる。
「そんなぁ……ずるいだろ」
「ご主人様に言われたくない」
スペリオルグを盾にしたと言いたいのか。
「一回も魔法もスキルも使ってないのはどうしてかしら、こんな状況で力を抑えてるとは到底思えないのだけど」
普通に使えないだけなのに。
今にも逃げ出したい状況だ。
「まぁ、なんだ……まぁ、隙が多いからな……」
「本気の攻撃は後34回、いえ、52回はできたわ」
随分手を抜かれてた。
そもそもこいつ倒す手段が一人だと少ないのではないか?
「隙があるのはあなたの方」
考える隙を与えられない。
「フォーレイン」
火水風地の魔法が同時に俺の周辺を覆いつくす。
「っちぃ」
避ける、避ける、全力で回避に専念する。
「……そんな虫みたいに逃げ回って!」
「危ないだろ! 怪我をしたくないんだ!」
「でも、あなたの負けになる! ファイブレイン!」
火水風地……あと一つ何?
そう思うとよくわからない攻撃が飛んでくる。
「ゲート・トワイライト!」
回避読み、さらに視界をジャックされる。
だけど俺は今飛んできた軌跡と方向と場所を覚えている。
見えなくても、俺は躱して見せる!
「躱す!」
しかし、属性の五つ目の攻撃は命中する。
次の瞬間には地面に倒れていた。
「……どうやらここまで見たいね」
全属性を纏い近づいてくるユーディストは父のスペリオルグを超えた完全な強者だった。
その威厳が彼女には存在する。奴隷のような姿なんてものは仮初だったのだ。
「負けを認める? そうね、あなたには二つの呪いを掛けましょう。夢の中に虫が出てくる呪い。夜に夢が叶わなくなる呪い……」
なんか違う呪いだな。
流石に無理だったのだ。
俺が体一つでどうにかできるような案件を遥かに超えているし、遺跡の調査に来たのに何でこんな強者と戦っている。
だから、俺は使うことを決めた。
空気が重く敗北は近い……この異世界に来て俺は覚悟を決める。
そう、あの時の……
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「そこにいたー! ナイトオオオオ!」
うん、そうなるよね。
五月蠅い声で再び遮られた。その声に続いてもう一人。
「キリングさん! 有名人ですよ! 酔っぱらった勢いで大魔王スペリオルグに喧嘩を売って世界が滅びそうになったって、さっきギルドで散々文句言われました!」
なぜかそんな、危機感もなくアイーデとカナディリアは駆けつける。
「……誰」
ユーディストは一時的に魔法を止める。
「そういうあなたこそ! 私の下僕に何をしてくれるの」
いや、下僕になったなんて事実ないですよ。
「カナディリアちゃん! この人スペリオルグの娘さんです。だから有名人ですって!」
「……うーん。大魔王の娘……それだと、そう、うん! 女王って私とキャラ被ってるじゃない!」
カナディリアは出しゃばりユーディストに近付いていく。
「あなた、頭おかしいの?」
「何よ! 私が女王になるのに! あなたが女王ってずるいわよ!」
「……ごめんなさい、よく分からないわ、そもそもあなたは誰?」
「お聞きなさい! 私はカナディリア・ガーディディア・ヴィリリリア! この国と隣の国! たくさんの国の女王よ!」
「ごめんなさい、知らないし聞いたことない名前」
カナディリアの心を折った! しかし、ユーディストはちゃんと人の話聞くんだな。
「……とにかく女王なのよ! 私が女王って言ったから女王なの!」
「……」
だめだ。カナディリアが負ける?
「邪魔なのだけど……あの人を倒したいのだけども」
「いいえ! 私は女王なのだからあなたの悪行は見逃せないわ」
「何も知らないくせに」
「だったら私に話してよ!」
「?」
ユーディストが首をかしげる。
「私は全ての人の言葉を聞くから、あなたのことを教えなさい!」
……俺の言葉聞かねえだろ。こいつその場のノリで言ってるな?
「……そうね」
ユーディストが一息。
「どうしてもつまらないの、生きていて……強さを誇示していても何一つ意味がない。それにお父さんだって私のこと恐れているから」
カナディリアは頷いていた。強さは本物であり、彼女の強さは周りと距離を置く。結局強すぎてつまらないということだろう。
「だから奴隷になって弱さを知ろうとしても、意味がない。あの人に好きに生きろって言われたけど、好きに生きるって何? そんな身勝手な言葉で私の人生に口出ししないでよ!」
あ、うーん? ここで俺に火花~
「……そんなこと言ったんですかキリングさん」
「お酒の勢いで」
小声でアイーデに言う。
「うわ、最低ですね」
なかなか辛辣だ。
ユーディストはまだまだ言いたいことがあるみたいだ。
「奴隷になって弱者を知ったり、優しさを知ろうとした。でも……結局分からないのよ……つまらなくて……」
「なら……面白く生きればいいだけじゃない!」
「何を! どうやったら面白く生きれるのよ!」
激情を露にするユーディスト。
「世界がつまらないどうすればいい? なんてもの私ならば、面白くすればいいって答える。そうね、結局考え方がつまらないだけなのよ」
真っ当な意見だな?
「何かが辛かったり嫌だったり、そんな言い訳で世界を滅ぼすなんてのはつまらないのよ。そんなこと考える暇があれば人生を楽しみなさいよ!」
よくそんな口から出まかせを言えるな。
「……そんなこと! 楽しくなんかできない!」
その時一気に空気が変わる。何か異質な、世界を飲み込むような魔力の波だった。
「もういい! どうでもいい! 世界を滅ぼす!」
暴走に近いほどで周囲は天変地異のごとく揺らぎだす。
「レクイエム……レクイエム! レクイエム!」
三度詠唱、空間が歪みだす。
「うわわ! 魔法陣がでか……なら私にだって!」
カナディリアは目を瞑る。
「カナディリア! さすがに危ない! こっちにこい」
「心配はいらない、ただ祈っていなさい。私の本気の本気を見せる時が来たのよ!」
「カナディリアちゃん大怪我するよ! 出しゃばらないで!」
「私という、私が女王であるが故の力でなく強さで証明する……明日を必ず迎えるために!」
カナディリアが輝き始める。
「……特大魔法キャンセラー!」
大声でカナディリアが叫ぶ。黄金の魔法陣がこの世界を包み込み、世界の揺れが止まった。
「……できちゃった」
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っで、世界の滅びはカナディリアの魔法キャンセルによって止められる。全く俺が出る幕がなかった。
それとあの瞬間だけはカナディリアが本当の女王に見えた。
「すごいは……私ってやっぱり、女王ね……ってあら」
魔力を使い果たした疲労に見舞われるカナディリアの肩を支える。
ユーディストも魔力を使い果たして倒れかけている。
「嘘、私の全力を……全部出したのに……敵わない」
「……ねぇ、あなた。私考えたんだけどね!」
カナディリアは力を振り絞って自分の足で立ちユーディストの元へ向かう。
「私は女王だけど、あなたも女王……なら、友達になれるんじゃない?」
「友達……?」
「うん、それがいいわ。そうすればあなたにも世界も楽しいでしょう」
「……でも私は」
「うるさい! 私のほうが強いの! だからそうつまらない顔しないで、私があなたを笑顔にしてあげるんだから!」
そういいながらカナディリアは頭を撫でて抱きしめた。そしてユーディストも受け入れる。
「うんうん、それでいいの……そういえば、あなたの名前は?」
「ユーディスト・ヴィッサゲツェ……えっと……」
「もう一度、カナディリア・ガーディディア・ヴィリリリアよ。もう忘れるんじゃないわよ、ユーちゃん」
「あの、カナちゃんって呼んでいい?」
そして完全に取り残された俺とアイーデはスペリオルグのところへ行く。
「結局お前の娘は何がしたかったんだ」
「……うわぁぁぁぁぁよかったあああああ!」
スペリオルグは号泣していた。
「父親が泣くもんじゃない! その涙はなんだ!」
「……だって! 娘に! 娘に初めて友達ができたんだ……我は泣くしかない!」
そういいながら、娘の友達の所へ走っていく。
「カナディリア女王とやら! 娘のことを今後ともよろしくお願いします!」
「えぇ! 女王に任せなさい!」
うん、どうやら残ったのは俺とアイーデみたいだ。
「……完全に私達いらない人ですよね」
「だな」
こうして、世界を揺るがす魔王騒動は一件落着。
この戦いは時に、奴隷女王が世界を救った英雄譚として後世に受け継がれることになるだろう。
その歴史には俺もアイーデも絶対載らないだろうし、ほとんどカナディリアの功績である。
正直なこと言えば俺が酒飲まなければ始まらなかったんだよな……反省反省
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そして俺達の冒険は次のステージへ……
気分で次書きます。