一人の少女
桜舞う四月、一人の少女が朝からため息をついていた。
「⋯⋯また、あの夢か。一体あの男の人は誰なんだろう?」
ぽつりと呟いた少女の頬には涙が伝っていた。
物心ついた頃からいつも見る夢は同じで、桜の木の下で狐耳の男性が女性に泣きながら愛を囁き、口付けをするのだが少女が気になるのはそこではなかった。
きっと"朱音"という名はその女性のことなのだろう。
しかし、夢を見る自分もまた"朱音"という名なのだ。
偶然なのか必然なのかは解らないが、なにか意味があるのだろうと思いながら、いつも通りに朱音は支度を始めた。
そう、いつも通りに⋯⋯
しかし、今日だけは何故か違った。
何時もなら気にならない夢の内容が、今日は無性に気になった。
学校へ行く途中、授業中、下校中もずっと夢の事を考えていた。
だから、気づくことができなかった。
ふと気がついた時には家ではなく、名も知らない神社に居たことを。
唯一、その神社の御神木の桜だけは見覚えがあった。
「⋯⋯何だか懐かしい。」朱音は目を細め、桜を眺めながら微笑んでいた。
ふわりと風が吹き桜が舞った。
「⋯⋯⋯⋯やっと見つけたよ、朱音。千年待った甲斐があったよ。」
そう呟いた狐耳の男は朱音から視線を外し、神社の奥にある森に姿を消した。
その男に朱音が気づくことは無かった。