銃弾と梟
他の小説投稿サイト内のイベントでお題有りで書いたものです
お題:切り札は『フクロウ』
昔はこの街にも、沢山のフクロウがいたらしい。
年々、環境が変わって。住処を奪われて。
食うものも無くなって、次第に数を減らしてしまった。
フクロウの事情も、人間の事情も、そう大して変わりはしない。
食えない奴が出てくるのは、どこも同じだ。
「やあやあ、そんなに大きな荷物を持ってどこに行くつもりだ?」
ただ唯一、違うところがあるとすれば――
「まさか……夜逃げ、ってわけじゃあねぇよなァ。返すもの返さずに、勝手にとんずらこいて。タダで済むと思ってるやつなんて、この街にはいない筈だしなァ」
食えない奴に、“飴と鞭”を与える奴がいる、というところだろうか。
「オ、オリヴィア――! ま、待ってくれ! 金なら返す当てができたんだ! あと一ヶ月――いや、半月も待っていただければ――っ!」
……まぁ、身も蓋もない言い方をしちまえば、“借金取り”。
俗にいう“回収屋”なんだけどな。
今は、俺たちの組合から借金をした“食えない奴”に、ケジメをつけさせている真っ最中。姐さんが相手の口に銃口をねじ込むのなんて、もはや日常茶飯事だ。
「――なぁ、ガレット。アタシらはコイツにどれだけ猶予を与えたんだ?」
「あー……ちょっと待ってくださいよっと」
尻ポケットに入れてある手帳を取り出して、ぱらぱらと捲る。
こいつの名前はなんだったかな……。
……ブルトンだ。ブルトン、ブルトン、B、B……。
お、あったあった。
「あぁ、半年っすね。駄目ですわ、こりゃ」
毎月取り立てにきて、返せなけりゃあ何割か《《まけて》》取り上げる。
当然、返せなかった分は利子が乗って、更にキツくなる。
半年待って返せなけば――
「金を返すぐらいなら、死んだほうがマシってか。あぁそうか、残念だ」
「待っ――」
アーメン。脳漿は見事に炸裂しました。
世の中、借りた金を返せない奴が悪なんだ。
聖書にも書いてあるぜ、きっと。俺は読んだこたぁないが。
俺たちの世界では、人の命は金よりも軽い。
俺たちの世界では、殺人よりも借金の方が罪が重い。
なるべく生かして回収しきりたいのは山々なんだが……。
一度に抱えすぎると手が回らねぇ。
あんまり回収率が悪ければ、こっちも上からせっつかれちまう。
間引きってのは大事だよな。何事も。
――そうして、今日回収した分を組合に収めて。
俺たち、“回収屋”の一日が終わる。
質素なアパートメントの一室。二人で一つの部屋を使っている。
「――姐さん、どっか出るんすか」
「あぁ、煙草と酒を切らしてるのを忘れてた。買ってくる」
「そうすか。俺は先に寝ちまいますぜ」
「おぉそうしろ。それだけ酒が長くもつ」
男女で一つ屋根の下だけども、別に“そういう”関係じゃない。
あくまで仕事仲間として、スペースを共有しているだけだ。
誰だって、借金もしてないのに銃弾をぶち込まれるのは御免だしな。
金を巻き上げたからって、俺たちに直接金が入ってくるわけじゃない。
貧乏とまではいかないが、裕福とも言えなかった。
……明日は明日の仕事がある。
他人に頭を下げさせるか、他人の頭を吹き飛ばすかのどっちか。
ま、どちらにしろ、疲れる仕事には変わりねえ。
回収屋だって体力仕事なんだ。
体は資本。健康第一。俺は早めにベッドに入った。
…………。
「……んん?」
――ガリガリと、木を彫る音が聞こえる。
ゆっくりと目を開くと、橙の明かりが薄く室内を照らしていて。
大きな影が壁に映し出され、ゆらゆらと揺れていた。
ガリガリ。ガリ、ガリ。
見れば、ベッドの間にある低いテーブルの上で、姐さんが木の板を彫っていた。
……あぁ、またいつものアレか。
「フクロウ、すか。姐さんも、長いこと彫ってるのに全く上達しないねぇ」
「あ゛ぁ? 悪ぃかよ。フクロウ、いいじゃねぇか」
「……ま、俺も嫌いじゃないすけど」
――昔はこの街にも沢山のフクロウがいたらしい。
姐さんも俺も、この街で生まれ、この街で育った。
少なくとも、俺の小さい頃にはまだいた。
近所には数羽飼っている家もあった。
わざわざ行って、餌やりをさせてもらったこともあるもんだ。
けれど……今ではすっかりと姿を見せなくなってしまって。
悠然と翼を広げて飛ぶ姿だけが、俺の心に焼き付いている。
「……まだ、どこかに棲んではいるんだろうけどな」
「増えるとまた、見れるようになりますかねぇ……」
こんな世界で、希望を持つなんて馬鹿げているけど。
小さい頃の憧れは、そう簡単に捨てられるものじゃない。
「増えると……いいっすね」
「そうだなぁ……」
その夜は――
絶えず続く木彫りの音に包まれながら、微睡みに沈んでいった。
カラリと乾いたピーカン空に、上がる悲鳴と鈍い音。
『メーデーメーデー』? 関係ないね。
『本日は晴天なり』。そう返してやりゃあいい。
「やあやあ、初めましてロバート。アンタにゃまず一番に、この先のルールを教えておかないといけねェ。既に一度ルールを破ったアンタに対する、寛大な処置だ」
今日の一発目は、珍しく初めてのお客様だった。
ウチから借りた金額を、一月で返せなかった無能からの取り立て。
表向き用の温厚そうな職員が回収に行き、そこで滞ったら俺たちの出番だ。
『これなら踏み倒せる』と調子に乗った、哀れなロバート。
あぁ、彼は今。出会いがしらに鼻の骨を折られ、口元を真っ赤にしている。
やったのはもちろん俺じゃない。姐さんだ。
「必ず、“金を返せ”。アタシらの組合に借りた分に、きっちり利子を付けてだ。アタシらは毎月それを、きっちり取り立てに来る。その場で全額返せなけりゃあ、痛い目も見てもらう。半年以上はどうやっても待つ気は無い」
初めにうんと恐怖を与えて、『金を返さないとこうなる』ということを教え込む。
できなければ、『俺たちがまた来るぞ』と。
ただ、まだ教育が甘かったのか――
ロバートが『けど、職場を首になって――』とほざき始めた。
あぁ、馬鹿だなコイツ。黙ってれば殴られねぇのに。
おいおい姐さん、拳銃まで取り出して。
……うわ、ありゃあ痛ぇぞ。
「こいつをぶち込まれたくなかったら、死ぬ気で金を稼げ。仕事ならこの街にいくらでもある。できるできないじゃねェ。やるんだ。OK?」
「…………!」
口元を押さえながら、ブンブンと首を縦に振る。
そうだよ。最初からそうしてりゃあ話は早ぇんだ。
「よしよし。それじゃあ、今日から“これ”はお前の分身だ。こいつを常に持っていろ。こいつの“中身”が常にお前を見ているからなァ。“これ”がある限り、ここから逃げられると思うなよ」
そう言って姐さんは、ロバートに麻でできた小袋を握らせた。
初めての客には、みんなこうして小袋を持たせている。
……これは姐さんの独断で、組合は全く関知していない。
「おし、ガレット。まずは一件終わりだ。次行くぞ、次」
「――――」
姐さんが先に外へ出ていく。この仕事は確かにこれで終わり。
これで終わりなんだけど――なぁ。
「あぁ、姐さん。ちょっと俺、小便してくるんで」
「――チッ。シモぐらいきっちり締めとけ」
嫌な顔をする姐さんを見送って、ロバートのオッサンの方に向き直る。
小便? あんなのは嘘に決まってる。
「オッサン、『これからどうすりゃいいんだ』って顔してるな。ちと、その袋の中身を見てみろや」
「…………?」
一応、説明しておかないとな。
姐さんは絶対にしねぇだろうから。
恐る恐る、麻の袋の口を開ける。
別に危険なモノなんて入ってねぇよ。さっさとしろ。
見えたか? 早く取り出せ。
小さな木の板が入ってんだろ。
「これは……フクロウ……?」
「あぁ、フクロウに見えるのか。当たりだな。おめでとう」
昨日の夜、姐さんがせっせと彫っていた、フクロウの木彫り板。
姐さんは、借金に追われた“食えない奴”にこれを渡していた。
「これがどういう意味か分かるか?」
「……夜の狩人で、無音の殺し屋……」
まぁ、そういうイメージだよな。一般的には。
みるみるうちにオッサンの顔が青ざめていく。
どんどん悪い方向に想像を膨らましてんだろうなぁ。
「おいおい、違ぇよ。何勝手に勘違いしてやがんだ」
……でも、違うんだな。これが。
「は……え……?」
「俺たちは殺し屋じゃねぇ。“借金取り”だ。金を回収するのが仕事だ」
「……? ……?」
っかー。頭悪ぃな。
そんなんだから、俺らの世話になっちまうんだ。
「あのな? フクロウの眼球は筒状になってんだ。“眼球”なのに筒なんだぜ。頭蓋骨に固定されてんだよ。面白いだろ?」
「は、はぁ……それが一体――」
俺が豆知識を披露してやってんのに、相変わらず呆けてやがる。
こいつはちっと、考えることを覚えた方がいいぞ。
「だーかーらー、首を回さないと周りが見えないんだよ。わかるか? 首を回すしかない。回さないと生きていけない生物なんだ。な? 仕事がクビになった。首が回らないなんて泣き言を言う暇があったら、死ぬ気で金を稼げ。お前は“フクロウ”になるんだ」
ただでさえ、数が少ないんだ。
なってもらわないと、俺たちが困る。
「フクロウに……俺が……」
「そいつは、姐さんからの“お守り”だよ。……失くしたら殺すからな」
「なんだァ、遅かったな、おい。まさか殺したんじゃねぇだろうな」
「まさか。大事な大事な取り立て先を」
そんな命令違反、できるわけがねぇ。
姐さんなら違うんだろうけど。
それもまぁ、杞憂に終わればいいと思う。
……あのフクロウは、いわば切り札だ。
本人の生きる気力に訴えかける、俺たちの夢の象徴。
世界がちっとはマシになりゃあ、いつかきっと……。
「じゃあお前――なんで、ニヤついてやがんだ」
「べ、別に、大したことじゃねえす」
――そうやって俺は、言葉を濁す。
本当に言いたいことなんて、こんな世界じゃ一割も出せねぇ。
「……フクロウ、増えるといいっすねぇ」
「……そうだなぁ」
うっかり『姐さんのそういうとこが好きだから』なんて言った日にゃあ――
……きっと、殺されちまうからな。
(了)