世界核保守派2
次の朝、俺は世界核保守派を名乗る栞達に他の事情を教えてもらった。
世界核を保守する上で、何故二十五年前に時空超越してきたのか。それは二十五年後の俺が起こす行動に関係しているようだった。
世界核保守派の創立者である二十五年後の俺は仲間と共に世界核を獲得する後一歩まで迫り、八雨瑛士を世界核の傍に送り出すことに成功した。本来ならそこで異能力を用いて世界核を封印する計画だったようだが、八雨瑛士は世界核と己を囲う異能力でつくられた結界とやらで姿が見えなくなり、音信不通になってしまったらしい。
八雨瑛士の異能力に手を出すことができなくなった世界核行使派と世界核活用派は時空超越という大魔術を作り出した。様々な魔術師――魔術を使う人間のことだ――を犠牲にして使用できるそれを使い、二十五年前に時空超越して今の俺を殺すことを目的としていたそうだ。
魔術とはこれから数年後に発見されるらしい。異能力の元になっている魔力というものを異能力に変換せずに放出する、漫画やアニメーションなどでよく見る魔法と呼ばれるものだと考えていいと言われた。
それなら理に適っている。二十五年後の世界核保守派の創立者である八雨瑛士が消えれば、つまりは世界核保守派が無くなると同義になる。世界核に結界を貼った八雨瑛士を攻撃できないとするならば過去に時空超越して俺を殺すという方法も無きにしも非ずだろう。それが非現実的でなければ、だが。
それを知った世界核保守派の幹部、栞達は出遅れたことで時空超越するメンバーは少なくともすぐに時空超越して俺を護衛しにきた、という話。
「……分かった。信じよう」
俺が公園で襲われた日、青く発光していた陣から放出されたのも魔術らしい。それ以上の詳しい説明はなかった。
「俺はこれからどうすればいい?」
教えてもらったのはそれが全てだった。他にも栞達はなんだか言いたさそうにしていたが、俺があまりに知りすぎると行動が変わり、未来が変わってしまう可能性があることから言葉を抑えているという。
それなら俺の命が狙われているのも理解できた。問題はこれから俺はどのようにして生きればいいのかということだ。
「とにかく行使派と活用派に見つからないように行動するしかないね。今日と明日ぐらいは大丈夫だろうけど、明後日からは本格的に狙われるだろうから」
「明後日って……何かあるのか?」
要の言葉に疑問を覚え、聞き返す。すると要は視線を栞に移したのを見て自然と栞を見た。
「それは明日分かるわ。まず瑛士くんは目立つ行動をしないこと。それだけ肝に銘じて頂戴」
どうやら何故かは教えてくれないようだ。この話が未来が変わる云々《うんぬん》に関係あるのなら仕方ないが、栞には栞なりの意図があるのだろう。
すると莉世以外が立ち上がる。彼らに任せっきりの俺はまた何か意図があるのだろうと引き止めることもなく、彼らはリビングを出て行った。
残された俺と莉世。このまま沈黙が続くと思ったが、先に行動したのは莉世だった。
「のう、瑛士よ」
名を呼びながらソファに座っていた俺の隣に腰を下ろす。肩や腕が触れ、太ももが被さるほどに体を寄せてくる莉世。
「な、なんだよ」
甘い声に小さく卑しい微笑みながら見上げてくる莉世。身長差からして必然と上から莉世を見下ろす形になった。
白い肌が垣間見えるオフショルダーの赤と黒が基調の着物。卑しい笑みの下では首筋が曝け出されていて、色欲を刺激する。隠れてはいるものの女性特有の膨らみは帯によってさらに強調され、見下げていることから見えてしまいそうだ。
「……」
いや、まずいだろう俺よ。相手は少女だ。身長や体型から推測するに十代中盤といったところだろう。現役異能校生の三学年である俺が年端もいかぬ少女に興味を持つのは非常にまずい。
「ほう、ほう。これは面白い、実に面白いぞ」
卑しい微笑みの頬がさらに緩み、まるで新しく玩具を発見した子供のように好奇心旺盛な視線を向けられる。
「まさか青年期の瑛士が初心だったとはな。さては瑛士、童貞じゃな?」
「な、なんでそんな言葉を知ってるんだよ……」
図星を突かれ、冷静を装いながらも言葉を返す。ただ、冷静を装いながらといっても自分で分かる程度に声が震えている。おそらく莉世には完全にバレているだろう。
「む、それはどういう意味じゃ?」
卑しい笑みから一転、莉世の表情は不服を表す表情へと変わった。擦り付けていた体を離し、離れたところから眉を少しばかり顰めて睨まれる。
どうあれ離れてくれたのは良かった。あのまま話を続けていたら色々と不都合があったし。
「……未来の子供は知識が――うぶっ!?」
小さく呟いたのだが莉世の耳に入ってしまったらしい。子供という発言が嫌味に感じたのか、莉世は俺の頬を鷲掴みにするように掴んだ。
子供とは思えない握力。内頬が歯の間を通り、口を閉じれない。何より普通に痛いのが問題だ。
「儂は成人済みじゃが……何か言ったか?」
「――――!?!?!??!?!?!?」
はぁ!? と驚愕の声が漏れそうになったが莉世に頬を掴まれていることでおそらくビックリとクエスチョンのマークが口から飛び出しただろう。
こんな幼体で成人?もし道端で歩いていて十二歳だと言われても「あ、そうなのか」と信じてしまいそうなほどに幼いのに。確かに大人びた雰囲気はあるとはいえ歳を上乗せしても十五以上には見えない。
「ひゅ、ひゅまん…」
すまん、という謝罪の言葉がうまく発声できなかったが莉世には届いたのだろう。頬を掴んでいた手が緩み、離れる。
あぁ、痛い。莉世を子供扱いするような発言や行動を控えよう。
「ふん、まぁよい」
相変わらず不服を表情を出しながらも移動し、もう一度俺の体に自身の体を擦り寄せた。
「何か聞きたいことはあるかの?」
そう言う莉世の表情に先程の卑しい笑みとは違った真面目な表情。もう莉世の心には悪戯などという行動をする意志はないのだろう。
それはつまり体を擦り寄せているという行為が自然であることを意味するのだが。個人的にはこれも悪戯の一種であって欲しかった。
「他の三人はどこに行ったんだ?」
「儂らは時間制の交代で監視三人、休憩を兼ねて瑛士の傍で護衛という体制で動いておる。彼奴らが監視の役割じゃな。外で怪しい影が無いか見ておるのじゃろう」
「そう、か」
やはり俺が考えている以上に事情は重苦しいようだ。実感は湧かないが、俺にとっても莉世達にとっても俺の死は世界の破滅と同じ意味を持つのだろう。
俺も――気を引き締めないといけない。
「さて、長時間労働の褒美をもらおうかの?」
その発言に体がビクッと反応する。
莉世の表情はまた一転、卑しい笑み。莉世と話している短い時間で理解したのだが莉世が卑しい笑みを浮かべている時は大抵何か悪戯を考えている時の顔のはずだ。
これ以上体を擦りよせられてみろ、それこそまた初心だとからかわれるだけだ。
「はぁ、やはりここじゃのう」
そう言い、莉世が腰を下ろしたのは――俺の股の間だった。
あまりの唐突な出来事に俺は天を仰いだ。
まさか股の間に座るとは。俺に初心だと言い、分かっているにも関わらず股の間に座るという如何にも小悪魔的行動。それとは裏腹に落ち着いた表情で俺に背を預ける姿。
両サイドに黒いリボンで結ばれた真っ赤な髪。しっかりと手入れがされているのか真っ直ぐなその髪は手で櫛のように梳いても引っ掛かることはないだろう。シャンプーの香りか分からないが、女性特有の良い香りが鼻孔をくすぐる。
「眠るからといって、不用意に触るでないぞ?」
「……安心してくれ、触らない」
もしここで莉世の股の間に座るという行動に文句を言っても、返ってくるのはからかいの言葉だろう。俺は何も言わず、ため息を吐きながらも受け入れた。
しばらくすると、莉世は目を瞑り寝息を立てた。
「すぅ……すぅ……」
普段の口調や態度、性格とは違って穏やかな寝顔。別にいつもが荒々しいというわけではないが、眠っている莉世と起きている莉世ではギャップがありすぎる。黙っていれば可愛い、というのは莉世に失礼だがそういうことだろうか。
「…………はぁ」
俺は物思いに耽っていた。
俺と莉世はどうして出会ったのだろうか。俺が生きてきた十八年間で赤髪の少女は見たことはあっても知り合いなど一人もいない。ましてや猫のような縦にラインの入った目に独特な口調を持つ少女は見たことすらない。
それなら俺がこれから歩むであろう人生で出会っているということなのだが。
そんなことをしばらく考えながら、あることに気づいた。
「……トイレ、行っとけばよかったな」