世界核保守派
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眩しい。ふと、無意識にそう思った。目を瞑っているはずなのに眩しいと思うのは、大抵の場合は眠っている時に窓から差す陽の光がそう思わせている。
それはつまり朝だということを示す。部屋の窓の方角からして、陽の光が窓から差すのは大体七時半頃。学校へ行く平日にいつも陽の光で起こされている俺はいつも通りに目を覚ました。
「痛ッ」
体を起こすとその行動を非難するかのように痛みが駆け巡る。痛みがしてすぐにはその要因が理解できなかったが昨日の出来事を思い出して布団を捲る。
胴体にはいくつかの青痣。黄色や紫色に変色している部分もあり、やっぱり夢じゃなかったか、とため息を吐く。
公園で襲われた出来事が現実ということは、家には栞がいるはずだ。
「……起きるか」
とにかく事情を聞かなければ始まらないと思った俺は動かす度に痛む体をどうにか耐えながらベッドから出る。
長方形の形をしたデジタル時計を見る。時刻は七時半ぴったり。その横には日にちと曜日が表示されている。
今日は土曜日のようだ。公園で襲われた日が金曜日のはずだから、あれから一日中眠って土曜日を寝過ごしたという最悪な事態はないらしい。
「あ、かた……栞」
「あら、起きてたのね。丁度よかったわ」
部屋から出て、階段を下りようとすると一階から足音が近づいてくる。その足音の主は昨日、俺を看病してくれた栞だった。
「体調はどう?」
「問題ないよ。助かった」
相変わらずの透き通った声に艶のある髪。俺がそう答えると栞は小さく頬を緩ませた。
「そう、良かった」
栞はただ一言そういって身を翻し、階段を下りていく。俺もそれを追うように階段を下りた。
「なぁ、聞きたいことがあるんだけど」
「えぇ、聞くわ。リビングでね」
階段を下り終え、廊下へと出る。栞は家の構造を理解しているのか、左折して玄関手前の右手に見えるリビングに繋がる扉を開いた。
そこにいたのは男性二人と女性が一人。栞を入れれば、銀色の鎧の人間と三つの影で合計四人の計算になる。数は合っていることからこの三人も俺を助けてくれた恩人だ。
「……」
三人に見つめられながらリビングに入り、空いていたソファに座る。すると栞はテーブルを挟んで向こう側に座っている三人とは違い、俺の隣に腰を下ろした。
「おい。何故お主がそこに座るのじゃ」
栞が腰を下ろした瞬間に三人のうちの一人、女性が独特な口調に憤りを感じる声で突っ込んだ。
赤色の腰まで伸びる髪が黒いリボンでツインテールのように結ばれている。詳しくは分からないが確かツーサイドアップという髪型だったはずだ。幼い顔つきをしていて、身長も百四十中盤程度。少女と表現する方が合っているような気もするがどこか大人びた雰囲気も感じる。目の瞳孔が猫のように縦に長くなっていてスカートの丈が短く、肩の出ている着物のような服装が特徴的だ。
「別にいいじゃない。何かご不満でも?」
「ご不満しかないわッ! 瑛士の隣は儂の特等席じゃとあれほど言ったであろう!」
色々と突っ込みたいことはあるが、栞と少女から発せられる黒いオーラが見えて口を閉じる。今にでも異能力を使いかねない雰囲気を醸す二人に口を挟む度胸は無い。
「ごめん、瑛士……くん。この二人はいつもこんな感じだから、気にしないでくれると嬉しい」
そう声をかけてくれたのは男性二人のうちの一人、金髪の美少年。
黒と白がベースで縦に紋様が描かれているカットソーに黒いスキニーパンツ。見るからにスタイルがよく、それに見合うように容貌が優れている。特に青色の瞳は爽やかさを感じさせ、柔らかな表情は女子をいとも簡単に恋に落としてしまうだろう。
「あ、あぁ……そうなんだな」
この二人がいつもこんなに殺伐とした雰囲気でいるのなら、よく男性二人は耐えられたものだ。間近で見ていて逃げ出したいと思うくらいなのに。
「僕は志軌要。とりあえず、今は名前だけにしておくよ」
そう言われて手を差し伸べられる。
それは握手を求める手だろう。手を出して握ってくれと言わんばかりの待機だったが、俺はその手を握らなかった。
「助けてもらったのは感謝してる。けど信用したわけじゃない」
そう言い放つと、志軌要は手を戻して顎に当て考える素振りを見せる。
先程の表情とは一転して真剣さを感じられる表情。俺が彼の手を握らなかったことで何を思ったのか分からないが、ただ彼は何かを考えていた。
「……うん、分かった。これから説明するよ。でも、自己紹介からだ」
すると、志軌要は隣に座っていた男性に視線を移した。
「久牙時織だ」
ただ一言、男はそう呟いて口を噤んだ。
中年男性とはまた違った重低音のある渋い声色。真っ黒の髪は右側がかきあげられていて、顎髭が整えられていることで感じられるダンディーさ。声と同じように渋い見た目だ。異質なのは彼の顔を覆う黒を基盤として目の部分が白く塗られている仮面。彼の顔を覆うには小さいのか、顎が出ている。黒のネクタイに黒のスーツを着ていて、さらに同色の丈が踝まであるマントのようなコートを羽織っている。
「ふんッ! 今日ぐらいは見逃してやろう」
どうやら栞と赤髪の少女の抗争が終わったようだ。何故言い争っていたのかは分からないが、あの殺伐とした言い争いを隣で繰り広げられている身としていち早く終わってくれたのは嬉しい限りだ。
「瑛士! 儂の名前は思い出せるかのう?」
「思い出せるわけないでしょうに」
栞からの横槍が入り、また険悪な表情をする赤髪の少女。しかし栞とまた言い争いを始めても何も変わらないと分かっているのか、栞を睨み付けてからもう一度俺に向き直った。
「儂は栖城莉世じゃ。よろしく頼む」
元気よく頭を下げる少女におどおどとしながらも頭を下げる。
「さて、大事なことから話すけれど」
自己紹介が終わり、栞が話を切り替える発言をして立ち上がる。そのまま歩き、テーブルの向かい側にいる三人と並ぶように座った。
「第一に、私達はあなたの味方よ」
その一言に全員の視線が俺へと向いた。久牙時織については視線がこっちに向いているのか分からないが、視線を感じる。
「味方……っていうのはなんとなく分かったよ。それなら、敵はなんだ? 公園で襲ってきた奴は敵なんだよな?」
俺は率直に核心を突く疑問を吐き出す。
何より俺にとって一番大事なのは彼らが仲間かどうかではなく、命を狙われている理由だ。
しかも公園で襲ってきたローブの人間は俺の名前を知っていた。それに目の前にいる四人も俺の名前を知っているはずだ。それなら多少なりともローブの人間と四人に共通する点があると予測できる。
「えぇ、それも説明するわ。驚かないで聞いて欲しい」
先程までとは違う精悍な表情。それは柔らかな表情をしていた志軌要も同じで、栞が仕切っていることに不満を抱えているように見えた栖城莉世も同じだった。
鼓動が早くなる。今から告げられることはとても重要な内容だろう。命を狙われる理由が、そこにあるのだから。
「私達は、二十五年後の未来から現代に時空超越してきたの」
「…………は?」
あまりの驚きに呆気に取られた声を返す。
二十五年後の未来から、時空超越してきた?時空超越というのは、時間を超えて過去や未来に移動する超能力のことで間違いないだろう。
そんな馬鹿な。似たような異能力は聞いたことがあるが、最大でも数秒程度の時間を巻き戻したり未来予知したりする程度の能力だったはずだ。二十五年も時空超越できるような異次元的な能力は聞いたことはない。
「時空超越……って」
「えぇ、考えてる通りのものだと思うわ。私達は二十五年後からあなたを守る為にやってきたのよ」
俺を、守る? いいや、理解できない。できるはずがない。何故俺が狙われているかすら分からないのに二十五年後からやってきたなんて言われても納得できるはずがない。
「今から言うことは全て真実。口を挟まないで。いい?」
栞の押し切るような口調に押され、頷いて返す。
確かに俺が話を途中で遮って質問をするより、一度全て聞いてから質問する方が効率が良いだろう。
「今から六年後、世界核という世界を破壊する創成物が発現するわ。その世界核は起源も本質も分からない、未知の物体よ。これを巡って約二十年間の間三つの組織が戦争を続けるわ」
世界核、という単語はおそらく造語だろう。起源も本質も分からないと言うのだから、とりあえず世界を破壊する能力を持った物質として考えるのが妥当か。
一旦区切った栞に頷いて返す。それを見て、栞は口を開いた。
「一つ目は世界核行使派。世界核を利用して、世界を破壊することを企む組織よ。二つ目は世界核活用派。はっきりとした目的は分からないのだけど、世界核の力を得ようとする連中」
そこでまた区切りが入った。おそらく俺のことを考えて話を止めてくれているのだろう、とても助かる。
「そして、三つ目。世界核保守派。これは私達が所属する組織で、世界核をこの二つの組織から保守するのが役目よ。そして――この保守派の創立者があなたよ、瑛士くん」
栞の最後の発言に唾を飲み込む。背筋に悪寒が走るのを体で感じた。
世界核保守派、というのを要約すれば世界平和を謳う組織だろう。
世界を破壊することを企む組織、世界核行使派と世界核の力を得ようと企む組織、世界核活用派から世界核を保守する。そんな組織の創立者が、俺?
「それで、あなたが狙われている理由だけど――」
「ま、待ってくれ!頼む……」
話を続けようとする栞の発言を遮って頭を抱える。
俺が世界平和を謳う組織の創立者?それはつまり――俺が、戦っているのか?
「―――っ」
全身の筋肉が硬直するのが分かった。冷や汗が伝い、喉が詰まる。緊張しているからというだけの理由で言い表せるような身体的状況ではない。頭の中が様々な負の想像に埋め尽くされる。
俺が、戦っているのか?異能力を使って、敵を殺しているのか?
この、俺が?
「瑛士くん?」
「あ、あぁ、いや」
栞が手を伸ばした。テーブルの向こう側から、挙動のおかしい俺に触れようとして。そこで、ある記憶が蘇った。
『ねぇ、 ?』
伸ばされた小さく儚い手。あの時の情景がまるで今ここで起こっている出来事かのように映し出された。
ある一室。血に塗れた、薄暗い部屋。二つのバラけた死体に、手を伸ばす少女。
「触るなッ!!!」
気づけば叫んでいた。心の奥底に潜む感情を全て押し出すかのように。
俺を気遣って手を伸ばしてくれていた栞は驚愕の表情をしながら動きを止めていた。同じような表情をしながら俺を見つめる栖城莉世と志軌要。
体の震えが止まらない。寒気が、不安が、恐怖が、身を支配した。
「ごめんなさい。今日はここまでにしましょう」
どうやら俺の状態を見てそう判断してくれたようで、栞は立ち上がるとリビングから早々に立ち去った。知性に富んだ彼女のことだ、一人にするのが得策だと考えたのだろう。
実際、そうしてくれた方が嬉しかった。
普通の人間なら敵を殺しただとか、戦っていると聞いても多少驚きはあっても納得するだろう。だが俺は違う。
俺は異能力を使えない理由があった。使ってはいけない約束があった。だからこそその約束を破ったことに身が震えるほど恐怖を感じている。
「待っておるぞ」
最後に立ち上がり、栖城莉世は一声かけてリビングから出て行った。ただ一言だけ声をかけてくれたことで声を荒げてしまったという罪悪感が流されていくような気がした。
誰もいないリビング。声は愚か、物音一つすらない。俺はソファに寝転がり、光を遮るように目を腕で覆い被せた。
「はは……まさか、俺が」
世界核保守派を名乗る彼らの話がもし本当ならば、俺は異能力を使い、世界平和の為に戦っていることになる。
信じたくはない。信じたくはないが。
もしその時が来るのならば、俺はもう八雨瑛士ではなく、ただの化物なのだろう。