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前夜




 ◐




 居間は殺伐な雰囲気に包まれていた。誰一人として言葉を発さず、静寂が壊されることはない。陽気な人格の髭爺でさえ、口をつぐんでいた。


 偵察の日から四日が過ぎた。俺達はその間、時空超越タイムリープしてくる世界核保守派の仲間をどう護衛するか作戦を練ったり、それぞれ訓練を続けた。


 殺伐な雰囲気が漂っているのも仕方ない。なんせ明日の成否によって俺達の運命が決まるのだ。成功すれば戦力を獲得し、対抗する力を得る。失敗すれば劣勢が続く。


 そんな重大な意味を持つ戦争を明日に控えて、呑気にいれるはずもない。


 俺は立ち上がって居間を出る。そろそろ夕飯の時間だし、準備に取り掛からないとあの大人数の食事を作るには時間がかかりすぎる。


 キッチンへと入ると、結乃が準備に取り掛かっていた。


「結乃、もういたのか」


「あ、瑛士くん」


 食事の準備は俺と結乃が一任されている。結乃と二人の時間は学校に通っていた以来、食事を作る時しか無いから新鮮だ。


「……験担げんかつぎか?」


 鉄製深型のフライパンに油が引かれていて、隣には長方形の皿に小麦粉のまぶされた肉が置いてあり、溶き卵、パン粉もあることから豚カツと予想する。


「うん、ちょっと脂っぽいけど……いろんなもの揚げてみようかなって」


 さらにその隣にはまだ手の施されていない野菜が並んでいる。


「そうか、じゃあ俺は野菜をやるよ」


「えへへ、ありがとね」


 準備に取り掛かる時、結乃はいつも先に下準備をしている。莉世や梓廻に訓練されているというのに、洗濯や食事、その他の家事も任せっきりにしてしまっている。


「結乃はいいお嫁さんになりそうだな」


 可愛らしく微笑みながら感謝を言う結乃に、ぱっと思ったことが口に出てしまう。


「そ、そうかなっ!?」


 見るからに顔を赤くして俯く結乃。包丁を手にしていないのにまるで持っているように手を動かしている。


 本音を言ったまでだが、女性からしたらさっきの発言は別の意味で捉えられるかもしれない。


 まぁ、結乃だからそんな心配はないか。


「じゃあ、さ……」


 野菜を薄切りしていく最中、結乃がこちらをちらちらと伺いながら何か言いたさそうにしている。


「わ、私が――」

「失礼するよー」


 結乃が真っ赤な顔のまま言葉を続けようとした途端、キッチンの横開き扉がガラガラと音を立てて開かれ、梓廻の姿が見えた。


 相変わらずジーンズのホットパンツに上はキャミソール。冬の気温だというのに、見ててこっちまで寒くなるような服装。


「まだ飯できてないぞ」


 目のやりどころに困る露出度の高いそれに俺は平然を装いながらも野菜の薄切りを再開する。


「待ち遠しくて来たんじゃないよ? 手伝いに来たのさ」


「……梓廻が?」


「なになに、その疑ってる目は。お姉さんだってお料理できるんだぞー?」


 疑っているのが露見されてしまったようで、不満そうにする梓廻は俺から包丁を奪い取った。


「えーと……カツかな、高校生らしくて可愛いねぇ~。この感じだと野菜も揚げるのかな?」


「は、はい! 野菜も揚げます!」


「なら瑛士サマは切った野菜をころもつけといて。ほら、早く早く」


「あ、あぁ」


 材料を見て一瞬で判断し、慣れた手つきで野菜を輪切りにしていく。どうやら料理ができるというのは本当のようだ。


 梓廻が切り終えた野菜に衣をつけていく。その最中、鼻歌交じりに野菜を切った梓廻だったが、切られた野菜はほぼ一律の幅で切られていた。


「じゃあ結乃、これ頼――ッ!!」


 結乃に衣つけた野菜を並べた皿を渡した瞬間、俺はすぐに梓廻に視線を移す。


 にやにやといやらしい笑みを浮かべる梓廻。その肩から伸びる腕を伝い、手に視線を移すと、その手は俺の尻に触れていた。


「どうしたの? 瑛士くん」


「あぁ、いや、なんでもない」


 結乃が梓廻に視線を移したことで梓廻も手を引き、何事も無かったかのように野菜を切り始めた。


 俺は冷静を装って結乃に野菜を渡し、梓廻に耳打ちできるほどに距離を詰める。


「なんだよ、何か用か?」


 結乃に気づかれないように声量を小さくして話す。梓廻を見ず、野菜に衣をつけながら。


「別にぃ? ご褒美もらっただけだよん」


 コイツ、用も無いのに尻を触るとは。というか、用があっても尻を触るのはおかしいが。


「いいじゃん、減るモンじゃないんだし~」


「そんなこと言ったら――」


 言いかけて、止まる。これから先を言うのはまた面倒になりそうだ。まだ知り合って間もない梓廻だが、この先を言えばまたからかってくるだろう。


「うん、あたしも減るモンじゃないねぇ?」


「……ッ」


 あぁ、遅かった。未だニヤニヤとしながら甘ったるい声を出す梓廻を無視して、俺は野菜に衣をつける。


「……触る?」


「触らねえよ!!」


 ハッとする。つい梓廻の挑発に乗って大声で否定してしまった。


 その声に驚いたのか、体をビクッと大きく震わせた結乃が驚いた表情のまま俺を見る。


「ご、ごめん結乃!」


 隣で声を抑えながら笑う梓廻を一度睨みつけてから結乃に謝罪する。結乃はちょっと涙目になっていたが、俺の怒鳴った声に関係ないことを伝えると、ほっとした様子で野菜を揚げ始めた。


「あはは! ごめんね、瑛士サマ」


「~~~ッ」


 無邪気に笑う梓廻になんとも言えなくなり、気持ちを抑えて作業を開始する。それに合わせるように、梓廻も野菜を切り始めた。


 しばらくすると、キッチンの入り口からボソボソと声が聞こえることに気づく。


「羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましいッ!!」


「羨ま゛ぢい゛!!」


 扉から顔半分を出して俺を睨みつける髭爺と恭介の姿。


 やはり同一人物だということもあって、やることも考えることも一緒のようだ。


「どいて下さい」


 すると入り口を占領していた髭爺と恭介を退かしてキッチンへと入ってくる詩楠。


 初めて見た時の騎士服ではなく、白のワイシャツに黒のタイトスカート。ワイシャツの袖を捲っていることから、手伝いにきてくれたのだろう。


「瑛士様、私も手伝います」


「それは助かるよ。盛り付け、頼めるかな」


「お任せ下さい」


 すぐさま食器棚を向かって歩き出し、人数分の茶碗と皿を取り出していく。


 さすがに一人では仕事が多い。そこで俺は怨念を送ってくるおっさんと幼馴染を見る。


「手伝ってくれ」


「ウェーイ」

「ウェーイ」


 それからというものの、梓廻や詩楠、恭介と髭爺のお陰でいつもより速く食事を作り終え、皆で食卓を囲んだ。


 相変わらず緊張感のある表情をしている皆だったが、夕飯が験担ぎのカツだったり、髭爺や恭介の緊張感を感じさせない発言で笑いながら、その時間は過ぎていった。

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