伏兵
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都心の被害は尋常でないほどに大きいものだった。約一千万の国民の内、数万の人々が死に絶え、数十万の人々が負傷し、生存確認が取れていない者も多数。
国家公安局警察庁が異能力を以て抵抗し、国民を次々と避難させるも、魔術という新たな攻撃法を持つ行使派や活用派に劣勢を強いられていた。
建物の崩壊、煙の充満、広がる火災……戦禍が甚大であると見て取れる中、天花町北部にある異能を専攻とする高等学校に男がいた。
天花町は都心から電車で三十分程度であり、かなり距離の短いものであるが、その男は避難する様子を見せず、校舎の屋上で藍色の空を眺めていた。
「やはり、来ないか」
男の名は白河将也。瑛士たちが在籍する高等学校に同じく在籍し、学生の中で頂点とも言える立場の生徒会長に籍を置いている。
彼は技能試験・筆記試験共にほぼ満点を取るほどに頭脳明晰で、財閥に名を連ねる白河財閥の御曹司である。跡取りとして厳しく教育され、常に頂点を強いられる生活を送ってきた。
だからこそ、彼は己が生徒会長を務める高等学校に化物と形容すべき人物がいることに気づいていた。
その人物の名を八雨瑛士と言う。総合順位も下から数える方が早く、技能試験でも目立たない男だった。
しかし、彼は八雨瑛士の異常さに気づいていた。
彼の体から溢れる強大すぎる《《何か》》。それが魔力だということに白河将也が気づかないのは当たり前のことなのだが、彼は確かにそれを感じ取っていた。
"強い"。白河将也が真っ先に八雨瑛士に抱いた印象がこれだ。ただ強いのではなく、《《自分よりも強い》》。頂点を強いられてきた自分より、比較にならないほど強いと確信したのは八雨瑛士が初めてであった。
その事実は苛立たしいものでしかない。最強であると自負し、才能と多大なる努力によってのし上がってきた自分が、生まれ持った多大なる才能に負けたのだから。
戦えば負ける予感がある。それ故に総合順位発表の時も睨みつける程度しかできなかった。
それも気づかれてしまったのだが。
「来るわけがない、か」
元より八雨瑛士が高等学校を訪れるなど皆無に等しい可能性だ。何よりテロが行われている最中に危険を冒して学校に訪れる理由など無い。
しかし、彼と自分を繋ぐのはこの学校以外何もない。それならば、その皆無に等しい可能性とやらでもここで待つしか無いのは理に適っている。
「おい、隠れてないで出てきたらどうだ?」
そこで将也は屋上の給水タンクの裏に隠れている気配に、敵意を見せて出てくるように促す。
すると、白色のローブに身を包み、フードを深く被る人物が給水タンクの裏から現れる。
「そのローブ、恐怖分子の一味だな?」
「…………」
質問をする。聞いてみたはいいが、将也はそう確信を持っていた。
テレビで報道されていた都心で争っている恐怖分子はローブをほぼ例外なく羽織っていた。白色のローブは見なかったが、一味として間違いないだろう。
質問に反応せず、ただ押し黙る人間に将也は舌打ちをする。
「まぁいい、出会った相手が悪かったな」
将也は手を翳す。座標をローブの人間に合わせ、範囲を定める。開いている手を握り拳にすると、定めた座標に渦巻くような真っ黒の球体が現れ、歪んだ。
それは将也の異能力『次元凝縮』。物体・空間を自在に凝縮することができる。一度この凝縮に巻き込まれた物体は逃れられず、球体に吸収されるように消滅する。
人間は危険を察知したのか、すぐさま後退する。
「勘のいいヤツだな」
手を開き、握る。何度も繰り返し、次々と『次元凝縮』で凝縮するが人間は次々と回避する。
後退した人間の背に給水タンク。ここぞとばかりに将也は手を開き、凝縮する。
「――ッ」
凝縮に巻き込んだ。そう思った将也の前に一瞬で移動したローブの人間。下腿が魔力に覆われていることから、付与魔術による瞬間移動だ。
慌てて後退し、開いた手を握ろうとする。しかし、その手は指を何本か掴まれて静止させられた。
「弱点は手を握らなければ凝縮できないこと。近すぎると凝縮に巻き込まれる危険性のあること。それさえ把握すれば、脅威ではない」
「ぐ――ッ、離せ!!」
手を振り払おうとするが、空いていた人間の右手が将也の首を掴み上げる。
「騒ぐなよ、《《白河将也》》」
「な――ッ」
己の名を呼び、卑しい微笑を見せながらフードを取る人物。
白河将也はその人物がどういう存在であるのか理解できずにいたが、ありとあらゆる可能性を考慮し、導き出された可能性に、ただ驚愕した。




