自由奔放な人格
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「ん、ん……」
妙な暑苦しさに目を覚ます。もう冬に変わるというのに未だに鳥が囀る中、真っ先に思うのは胸騒ぎがするということ。この妙な暑苦しさでいい思い出があったことはない。
前に暑苦しさという違和感を感じた時は栞に抱きつかれていた。結果的に頬を引っ叩かれるという出来事があった。
しかし思い返してみれば、昨日隣に布団を敷いて寝たのは要。例え要が布団に侵入してきていたとしても、引っ叩かれる心配はない。
「要、俺の布団に――」
布団に侵入してきているだろう要を起こそうとして暑苦しさの正体に目をやる。
そこで俺は硬直した。
「…………え」
まず視界に入ったのは陽の光に照らされて明るく見える紫色の髪。この時点で見知った人間ではないことが確定したのだが、念の為に顔を確認する。もちろん、見たことはない。
ようやく俺は事態が深刻なものであると理解した。
「うおわああぁぁあぁぁ!?」
掛け布団を勢いよくあげて飛び上がるように身を引く。部屋の襖を背にして視界が広がり、気づいたのは隣に敷かれていたはずの布団が畳まれていて要がいないということ。これは要が先に起きたということだ。
それは別に問題ではない。いや、いてくれれば良かったのだが、それが気にならないほどの印象的なものが布団の周りに散らばっている。
脱ぎ捨てられた衣服。デニムのホットパンツがまず視界に入り、靴下とキャミソールがあることに気づく。最後に視界を布団に侵入してきた見知らぬ人物に移す。
「ふぁぁ……んん?」
完全な下着姿。フリルの着いたそれらに、欠伸をしながら眩しそうにして片目を閉じ、外に目を向ける女性。見るからに豊満なそれを隠そうともしない女性に俺は目を閉じた。
「だ、誰なんだ!?」
「ん、あぁ、これはまずいや。これだと痴女だと思われちゃう」
目を薄っすら開いて質問するが、それを気にせずに散らばった衣服を手にとって着衣する女性。キャミソールを着て、その上にシャツ。そして立ち上がってズボンを履き、最後に手にとった靴下はいらないと判断したのか部屋の隅に投げた。
「うぅ、これでも寒いや」
俺を無視して温もりのある布団の中へと身を埋める女性。気持ちよさそうにぬくぬくとする女性に何も言えず、俺はその様子を見ていた。
「瑛士くん、さっきの悲鳴は――」
そこで丁度背にしていた襖が開かれ、栞が顔を覗かせる。
栞の視線が布団の中にいる気持ちよさそうな表情をして目を閉じる女性に向く。次に、汗をかいて罰の悪そうな表情をしているだろう俺に視線が移る。
あぁ、どう弁解すべきか。そう考えることはもう手遅れで、俺はただ誤解されませんようにと祈った。
「それで、梓廻さん? あなたが国家公安局世界核鎮静課の参謀で間違いないかしら?」
「うん、間違いないよ。よろしくねー」
あれから盛大な誤解を受け、栞に弁明し、居間へと移動していた。
要の起床時間や梓廻と名乗る布団に侵入してきた女性の証言から誤解は解かれ、国家公安局世界核鎮静課の参謀であることを知った俺達は梓廻さんの紹介と朝食の場として全員が集合している。
「じゃ、改めて。あたしは国家公安局世界核鎮静課の参謀、都宮梓廻だよ。よろしく~」
そう言いながら両手の平を向けて小さく振る梓廻。
梓廻の自己紹介に応答するように次々と名前だけの自己紹介をしていく。恭介が自己紹介した時には目をキラキラとさせて興味を持ち、何故か梓廻の希望で髭爺と詩楠も自己紹介をしていた。
「俺は八雨瑛士。よろしく頼む」
「おぉ~! やっぱり!」
「な――ッ」
梓廻が恭介が自己紹介した時とは比べ物にならないほどに目をキラキラさせ、身を乗り出してテーブルの向かい側から俺の手をぎゅっと握り、胸の前へと持っていく。
その行動に反応する栞。あぁ、視線が痛い。
「君が瑛士《《サマ》》なんだね!」
「さ、サマ……?」
「手を離して下さい、梓廻」
相手を尊敬する場合に用いられる敬称に聞き返すと、詩楠が梓廻の手首を掴み、梓廻はそれに従ってぎゅっと握っていた俺の手を離した。
「申し訳ありません、瑛士《《様》》。梓廻には厳正なる躾を致しますので」
今思えば、昨日詩楠に口頭で年表を言ってもらった時も尊敬の敬称を使われていた。そして、今も詩楠は俺の名前の後にその敬称を付けている。
「あぁ、いや……それはいいとして、なんでサマなんだ?」
「そりゃぁ、世界核保守派創立者、八雨瑛士は皆の英雄だからね」
「……え?」
思ってもないことに呆けた声が漏れてしまう。
栞に視線を移すと、小さく頷いていた。要に同じことをしても同じ動作が返ってきて、髭爺を見るとニカッと満面の笑みを見せる。
「世界核保守派は言い換えれば世界平和を謳う組織なのよ。だから国家組織の世界核鎮静課が支援に来るの。創立者の瑛士くんは確かにそう呼ばれているわ」
栞の言う通り、国家組織である国家公安局世界核鎮静課が時空超越して援護に駆けつけてくれるということは平和を主張していることを意味する。
そもそも、行使派や活用派の動向を見ている国民からしたら対抗するように動いている保守派が味方だというのは分かる。
それ故に、その組織を率いている俺が英雄と呼ばれているのか。
「そう、なのか……」
尊敬の敬称を付けられるのはあまりいい気分ではない。それは未来の俺が成し遂げているものであり、今の俺はなんら関係がないのだから。
「ほら、朝食の準備をしましょう。結乃さん、瑛士くん、お願いしていいかしら?」
「は、はいっ!」
曖昧な表情を見かねて栞が話題を変えてくれた。俺はそれに思考をやめ、キッチンへ向かおうとする尻目に莉世の後ろ姿が見えた。
後ろ姿から表情は読めない。しかし早足に襖を開き、居間から立ち去ろうとするその姿はいつものような元気は感じられない。
俺はあれから莉世と言葉を交わすことをできていなかった。
「瑛士くん? どうしたの?」
「あぁ、いや。……行こうか」
結乃の心配の声に俺は微笑んで返し、再びキッチンへと足を進めた。




