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午前三時。空は真っ黒に塗られていて光を反射する月が目立ち、街を照らす。街の灯火が点々としていて、道に人影は一切なく、都心は静寂に包まれていた。
そんな中、夜空に最も近い約三百三十メートルの展望台付き電波塔に、街並みを見下ろして不敵な笑みを浮かべる男。
灰がかった暗い黄緑色の髪が毛皮付きのジャケットに隠れ、その表情は不気味さを醸し出している。手をジャケットの衣嚢に突っ込み、眼鏡のレンズの奥にある炯々《けいけい》とした視線は夜空に向けられていた。
別段夜空に目的のものがあったわけではない。ただ、どこを眺めようとも目的のものは視界に入らないから夜空を見上げているだけに過ぎない。
と、ここで男は威圧を感じる方向に視線を移す。
遠くもなく、近くもないそこは都心でも有数の教会がある場所だ。日々聞くような剣を交える音より遥かに大きい金属音がこれでもかと聞こえてくる。
「……桃李が負けたか」
桃李を部下として置いていた彼はこの金属音が弥希桃李のものであると気づき、そして彼が負けたということは志軌要がこの街にいるということを理解する。
それはつまり、世界核保守派の人間が都心にいるということだ。
「くっくっく……」
不敵の笑みから漏れた奇異の声。彼はこの現状を喜んでいた。
世界核保守派の人間がいるということは、奴らは八雨瑛士を護衛していながらも戦う意思があるということ。男にとって、隠居などされては堪らなかった。それは実につまらないからであったのだが、その心配が無くなったことから男は笑みを零している。
「俺が出るにはまだ早いな」
眼鏡を人差し指で上げ、口角を上げる男。仲間である桃李が死んだということになんら興味を持たず、ガラス窓に手をついた。
「ねぇねぇ、まぁだ?」
後方から聞こえた女子の声。声からして幼く、何かを楽しみにしているように嬉々としてそう聞く少女に振り向く。
「まだだ。が、もしその時が来れば暴れていいぞ」
「ふふっ」
ベージュ色の髪を揺らし、妖艶に微笑む少女。両腕で抱き抱えるように真っ赤な兎のぬいぐるみを持ち、白を基調としたゴシック風のドレス。見開かれた目は赤く染まり、違和感のあるその笑みからは確かに狂気が感じられる。
「そう、残念。もう少しだと思ってたのに」
そう言いながらも笑みを浮かべている表情は嬉々としたもののままだ。男は「やれやれ」と呟き、立ち去る少女の背中を見送った。
「どうして訳ありが揃うのか……」
男は半面を手で覆うようにして溜め息を吐く。
訳あり、とは桃李と少女を含めた発言だった。桃李は明確な目的を持ち、組織へと入った。それは志軌要との決着を望むことだったのだが、男にとってそれは訳ありとしか言いようがない。
そして少女にも訳ありな点があった。少女も又、桃李のように目的の人物がいる。
「まぁいい。それより、そろそろか」
男はもう一度天を仰ぐ。頭の中で計画を模擬実験し、それに問題点が無いことを再度確認する。
「では、《《俺》》を捕らえに行くとするか」
そう言い、男は計画を遂行する為に身を翻し、姿を消した。




