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黒い影




 ◑




 「よし、そろそろ帰るか」


 時は午後八時二十分、場所は東に位置する人口五万に満たない小さな町、天花てんかちょうに開通する天花町前駅。主要駅として利用されているわけでもないその駅は人がちらほらと見える程度でどこか心寂しさを感じさせる。


 都心から電車で二時間程度、交通の便べんもあまりよろしくなく、そこまで知られているわけでもない天花町前駅に瑛士達はいた。


 駅前に新しくオープンしたカフェに学校帰りに立ち寄った一行いっこう。コーヒーやパンケーキなどといった財布に優しい値段の軽食を堪能たんのうし、そろそろ帰るかということでカフェから出た所だった。


「あぁ、結構時間過ぎてるし……帰るか」


 恭介の帰路につく発言に賛同する瑛士。結乃を間に置くようにして歩き出した、その瞬間だった。


「―――ッ」


 風を切る音。とんでもない速度で、何かが近くを駆け抜ける音が瑛士の耳に響く。それと同時に一瞬の頭痛に襲われて頭を押さえた。


 ふと辺りを見渡すが風切り音を発するようなものは何もない。変わらない人気ひとけの無さに変わらない建物の数々。違和感を感じることもなく、気づけば風切り音とよぎった痛みは引いていた。


「瑛士くん? ……大丈夫?」


「あ、あぁ、大丈夫……」


 瑛士の異変にすぐ気づいた結乃が気遣きづかって声をかける。恭介も気づいていたようで、声はかけずとも瑛士の顔を覗き込むように見ていた。


「少し頭痛がしただけだから、気にしないでくれ」


「そうか?」


 瑛士は軽く微笑ほほえんでみせて歩き出す。恭介と結乃は心配の念を抱きながらも歩き出した瑛士に続くようにを進めた。


 しかし、実際には瑛士の心境は穏やかではなかった。


 襲い来る気怠けだるさ。先程のように出所でどころの分からない風切り音やピリッとくる痛みはないものの、己の体が不調であることを理解できるほどの。


「……本当に大丈夫か? なんなら送っていくぞ」


 瑛士は気怠さを感じているのを隠し、平然としながら歩いていたがさすが幼馴染というところか。恭介は瑛士の異変に、確信は持てないものの感じ取っていた。


「家で寝れば治るから、気にするなって。それに恭介は男の俺より結乃を送ってくれよ」


 会話をしながら歩き続け、辿り着いた十字路。ここは瑛士達が別れる場所であり、右に曲がれば結乃、恭介の家へとそれぞれ辿り着く。左に曲がれば瑛士の家へと繋がり、恭介がここで声をかけたのは別れる場所であることから心配の念が増したからだ。


 幼馴染二人に背を向けて軽く手をあげて別れの意を伝える。心配の念があるのは相変わらずだが、二人は見送ることに決めた。


「おい! ……また明日な!」


「明日は休日だよ、バーカ」


 そう軽く毒づき、左へと曲がる瑛士の後ろ姿。今日は金曜日。明日は休日で、もちろん学校に登校する必要はない。


 しばらく遠くなったところで、結乃と恭介は顔を見合わせて右へと曲がり、自宅へと足を進める。


 歩き、歩き、しばらくすると公園が右手に見えた。瑛士の自宅は公園を過ぎ、右折した場所にあるのだが瑛士はそちらに向かうことなく、公園へと足を進めた。


「ぐ……っ」


 東屋あずまやへと真っ先に向かう。備えられていた老朽化の進んでいるベンチへと腰を下ろすと、俯いて頭に手を当てた。


 先程響いていた風切り音より激しい音が頭に響く。鼓膜のすぐ近くを飛行機が通り過ぎるような轟音ごうおん。そして、今度は瞬間的な痛みではなくズキン、ズキンと継続的に頭痛が瑛士を襲った。


「あ、ぐ……ッ」


 あまりの痛みに頭を強く押さえ、顔がゆがんだ。時間が経つに連れて酷くなっていく痛みに声が漏れる。さらに音が少しずつ近づいてくるのを感じた。


「は、ぁ……?」


「……」


 そこでようやく、瑛士は公園に存在する一つの影に気づいた。


 距離は大体二十メートル先。瑛士の座る東屋のベンチの直線上にローブを羽織はおたたずむ姿。フードを深く被っていることから顔は見えず、性別が判別できない。


 こんな如何いかにも怪しい人間を見逃すだろうか?確かに原因不明の轟音と頭痛によって注意力を低下させていたが、ここまで堂々とその場に佇む人間に気づかないはずがない。


 だからこそ、瑛士は警戒した。


「――ッ!?」


 その人間は手をかざし、小さく何かを唱える。それと同時に、翳した手には青い輝きを発する円形に、同色の見たこともない文字が連ねられた陣が発現した。


 見たことのない、おそらく異能力であろうその陣から青色の物体が人間の手から飛ばされ、瑛士の座っていたベンチを粉々に吹き飛ばす。


「な、なんだよ……これ」


 間一髪で避けた瑛士は粉々になったベンチを見て恐れた。おそらく異能力であるということは分かっても、ベンチが粉々になるような威力を持つ異能力の正体が分からず、何より襲われる理由が分からない。


 ともかく、分かったことは奴は敵であるということ。瑛士は気怠さに襲われ頭を押さえながらも身構えた。


「――ッ!」


 ドォン、ドォンと飛行する物体が地面や木々に衝突し、爆発音が響く。容赦なく立て続けに異能力を飛ばしてくる人間。公園を走り回り、避け続ける瑛士だが後方で爆発するその物体は恐怖をあおる。


 だが足を止めるわけにもいかない。足を止めた時がそれこそ死に繋がるからだ。周りの遊具をうまく利用し、避け続ける瑛士だったがこのままではらちが明かない。


 かといって反撃しようにも瑛士にはその手段が無かった。


 瑛士は結乃のように異能力が発現していないわけではない。ただ、異能力を使えない理由があった。


「はぁ、はぁ……ッ」


 避ける為に走り続け、体力が底をつきそうになる。息が乱れ、足が疲労を感じてを上げているのが分かる。日々部活動やスポーツにはげんできたわけでもない瑛士にとっては長時間避け続けるなどはなから無理な話だった。


 岩積みされた背のある段差に身を隠し、体力の回復をはかる。


 追ってきている音は無い。足音もしないが、人間がいるような気配も感じない。先程までいたはずなのに、それは怪訝けげんな話だ。


「見え透いているぞ、八雨瑛士」


「なっ!?」


 ローブを羽織る人間はすぐ間近にいた。手を翳し、同じように青色の陣に文字が連ねられている。


 瑛士は咄嗟とっさに放たれた異能力の物体を回避することに成功したが、それと岩積みされた段差が接触した時に発生した爆風によって吹き飛ばされた。


「ぐ、ぁ……」


 体力は底をつき、体は爆風によって吹き飛ばされて打ち付けられ、悲鳴をあげている。動かなければ死んでしまうというのに体は言う事を聞かず、瑛士はただその場にひれ伏してローブの人間を見上げることしかできなかった。


「まさか、本当に異能力が発現していないとはな。予想外ではあったが…嬉しいことだ」


 翳された手には異能力の物体が溜められていた。こんなものを直撃したら一瞬で消し飛び、天に召されるだろう。


「なんで、俺の名を……」


「知る必要はない。お前はもう死ぬんだよ、八雨瑛士」


「……くっ」


 このままではどうしようもない。そう頭では分かっている。だがしかし、瑛士は己の持つ異能力を発動させようとしない。


 ――このまま、死ぬのか?


 その考えが頭を過った時だった。


「ぐ、あぁああぁぁあぁぁッ!!!」


 先程とは比べ物にならない轟音と頭痛が瑛士を襲った。


 あまりの苦痛に立ち上がることはおろか、頭の中にある言葉でさえつむげない。その苦痛に対処する方法など一つさえ無く、体力の尽きた体でのた打ち回る。


 何かが高速で過ぎ去る音。少しずつ、少しずつ距離が縮まっていることを示すかのように轟音は近くなってくる。


 やがて――その音の正体は、光となって目の前に現れた。


「な――ッ!」


 目の前にガラスの割れるような跡が残り、その場は発光している。光が止んだと思えば今度はまた別の光が現れた。


 その光は月と外灯の光を反射して瑛士の目へと届いていた。かすかに見えたのは現代では見る機会の無い金属板で構成された銀色の鎧に、手には神秘的な雰囲気を醸し、剣格けんかくに埋め込まれている赤色の宝石が特徴的なつるぎを持つ人間。


「ぁ……」


 意識を失う寸前――瑛士はその銀色の鎧を身に着ける人間と三つの影に背を向けられ、守られていることを理解し、意識を手放した。

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