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志軌要――腐れ縁2


「要、今度はあっちで遊ぼうぜ!」


「待ってよ、桃李。君は足が速いんだから」


 『夢見心地(エニュプニオン)』によって溢れ漏れた光が次第に消えて行き、視界が鮮明に開けた。そこに映っていたのは幼少の記憶。僕達が純粋に信頼関係を築いていた幼い頃。


 無邪気に笑い、前を走る桃李と置いていかれることに焦りながらも追いかける僕。


 その頃の僕達に悪しき感情など一つも無かった。ただ無邪気にじゃれ合い、好奇心旺盛で遊び尽くす。そんな日々が続いていた。


 また、光が世界を包み、一変する。


 今度はある教会の内部。天井の中央が一段高くされていて、赤いカーペットの敷かれた身廊にそれを挟むように西洋風のベンチが並んでいる。


 身廊の先にある祭壇の手前では修道服に身を包み、バラ窓を見上げながら胸元で手を合わせる姿があった。その肩に手を置く男性は口を開く。


「私は天と地の一切の権能けんのうを授かっているのだ。あなたは私に忠誠を誓い、従いなさい」


「……はい」


 まさかこの記憶も映し出されるとは。優華、君はなんて意地悪なんだ。


 神聖の象徴として備え付けられたバラ窓に忠誠の意を持った言葉を暗唱するのは紛れもない志軌要。そして、僕の肩に手を置くのは誰でもない実父。


 彼は心底から自身に酔い痴れていた。才能におごり、溺れた結果に自身を神と骨髄こつずいてっする人格。その影響を物心つく前から受けていた僕もまた、愚の伝道師に心酔した。


 また、光が世界を包み、一変する。


 何度も、何度も、何度も、光が世界を包み、一変する。


 垣間かいま見えたのは殺戮さつりくそのもの。地面に転がる首を切断された男、切りつけられ絶命した女、肉親と共に死を選んだ少年少女、あと少しで天寿を全うできただろう老者ろうしゃ。延々と続く、死の連鎖。


 その光景に、毎度中央に剣を握り締めていたのは年端としはも行かない血に塗れた少年。


 それは、紛う事なき志軌要だ。彼は愚の伝道師に天命を告げられ、その指示に従い、殺め続けた。


 また、光が世界を包み、一変する。


 今度は桜の花びらがひらひらと宙を泳ぐ春の四月。抜けるような青空に照りつける太陽。入学者として初めて中等学校の校門を潜った日。


 桃李と共に学校の敷地内に足を踏み入れ、校舎へと向かう途中。僕達の足は同じタイミングで止まった。


 あの日、僕は初めて恋をした。


 春の桜より、澄んだ空より、輝かしい太陽より一層目立って、僕の視線を釘付けにした女性。のちに、その女性は白芽優華という名前だと知った。


「なぁ、要」

「ねぇ、桃李」


 あぁ、なんて呆けた顔をしているんだ。その衝撃を十年以上経った今も覚えているけれど、こんな阿呆の顔をしていたんだね。


「俺、好きな人ができた」

「僕、好きな人ができたよ」


 それからというもの、色々なことがあった。彼女が生徒会に在籍していたから、僕達も在籍した。彼女が筆記試験で上位の順位を取るものだから、必死こいて勉強して上位を取った。やがて学年が一つ上がる頃、僕達は理由が無くても会うようになっていた。


 そんな時、ある悲劇が起こった。また、光が世界を包み、一変する。


 今度は地が真っ赤に染まっている情景が映し出された。ほとんどの建物が崩れ落ち、死体がそこら中に転がっている。


 歴史上(もっと)も残虐だと言われた事件、魔女捕獲の夜。魔術を発見した天才を捕獲する為に魔女の集会(サバト)が起こした大災厄。


 中等学校の指示により、別の町へと避難していた僕達に直接的な被害は無かった。しかし、僕の家庭には大きな変化があった。


 また、光が世界を包み、一変する。


 そこに映るのは、憤怒に我を忘れた愚の伝道師の姿だった。


「何故私を差し置いて、お前は幸福なのだ?」


 実母は魔女捕獲の夜の犠牲者だった。その事実が、全てを変えた。


 彼が驕り高く、溺れたのは実母が原因でもある。彼女は温厚な人で、やること成すこと全てを肯定的に捉える人間だった。それが元より自尊心の塊である彼の全てを増長し、腐れた才能によってまるで教祖のような存在へと化した。


 彼にとって、感謝してもしきれないような存在だった。愛しても愛しきれない存在だった。だからこそ、愛妻が亡き者になったことで彼は正気でなくなった。


「殺せ、殺せ殺せ殺せ。幸福を、殺せ」


 その時、僕にとっての幸福とは幼き頃から共に生きてきた親友と、愛という感情を教えてくれた想い人だった。


 愚の伝道師に心酔していた僕は、躊躇ためらいなく。



「はい、殺します」



 心底にある不合理を抑え殺し、頷いた。


 すると、世界はまるで砂嵐スノーノイズのようにジリジリと歪み、光景を変える。


「かな、め……なんで、だよ……」


「要……? 君は、なにを……」


 酔い痴れていた。酔い痴れていたのだ。平和に生きようとしていた、この僕でさえ。


 殴打した。蹴飛ばした。僕ができる限りの行為を、残虐を、暴虐を、し尽くした。それでも、心底にあるものを不合理と思う"僕"が僕を抑え、彼らは生きていた。


 生と死の境界に立っているような気分だった。どうしよくもなく孤独で、寄り添うモノなど一つも無く、ただただ空虚な世界にいた。


 そんな僕に、声がかかる。


「殺せ、要」


 暴行され、出血し、怯え、それでも信じるように僕を見る四つの瞳。親友と想い人の姿。


 躊躇ためらいが無かったと言えば嘘となる。戸惑いが無かったと言えば嘘となる。しかし、確かに僕は心酔していた。これ以上ないほどに、心酔していた。


 剣を振り上げ、薄汚れた目で固まるその姿。やがてその光景は距離が遠のくように小さいものなり、最後に見えたのは剣を振り下げる瞬間だった。



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