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戦力





 ◐




「……よし」


 拳を握り、開く。それを数度繰り返し、確かな実感が沸いた。


 九重弦と戦った時に負傷した両腕。あれから半月が過ぎ、力を込めたり捻ったりなどしても痛みを感じなくなった。さすがに完治したと断言はできないが完治に近い形まで回復している。


「本当にもういいのね? 特訓するなら容赦しないわよ」


「あぁ、大丈夫。これ以上休んでいられないんだ」


 特訓を続けて半月も経つと、恭介と結乃の顔つきが変わっていくのが手に取るように分かった。戦うということを知り、実際にそれに触れることで何か思うことがあったからこそのはずだ。皆が努力しているというのに出遅れるわけにはいかない。


 俺は強くなりたい。巻き込んでしまった町の人々や、一緒に闘ってくれる仲間をこれ以上危険な目に遭わせない為に。もう、誰も傷つかなくていい世界をつくる為に。


 だから、俺は戦うんだ。


「行くぞ――ッ!」


 戦う意思を示すその一歩を、俺は踏み出した。



「話にならないわ」


「いでっ、痛っ!!」


 戦う意思を示す一歩を踏み出してから一時間ほど。栞の『血流操作(ブロードレン)』に殴打され続けた俺は居間で栞の手当てを受けていた。


「本ッ当に、なにが行くぞ、よ。先が思いやられるわ」


「だ、だって……よく考えたら俺の異能力がどんなものか知らないし……」


 俺は自身の異能力がどんなものかを知らなかった。


 よく考えてみれば異能力を発現したのは十一歳の頃。幼かった俺は異能力がどんなものかを知ろうとしなかったし、十二歳からは一度も異能力を発動させていない。


 異能力は長年使い続けて様子見をし、その長い期間から得た情報を元に異能力を確定させるのが普通だ。発現してから一年ほどしか異能力を使わなかった俺が知るはずもない。


 異能力とはそれほど多岐に渡っている。一つの異能力を確定させるのに最低三年は見るべきとも学校の教科書に書いてあるほどだ。


「ならまずは異能力を知ることからでしょうに」


おっしゃるとおりで……」


 自分で異能力がどんなものか理解していないのにいきなり特訓してくれだなんておかしい話か。やはり成長していく皆に焦りを感じているみたいだ。


 しかしこうでもしなければ半月後、時空超越してくる世界核保守派の護衛ができない。この護衛が失敗すれば多くの犠牲者が出るのは明確だ。それはこれから起こる世界核争奪戦の勝機が薄れるということにもなり、それだけは避けなければならない。


「そ、それじゃ、異能力を扱うことから始めましょう、か」


「いでっ」


 栞に背中をバチンッと叩かれ、そそくさと庭に足を運ぶ姿に漠然とした違和感を感じつつも上着を着る。追って出て、妙に顔を赤らめる栞と相対した。


「……顔赤いけど大丈夫か?」


「あ、暑いだけよ! ほら、始めるわよ!」


 まだ気温は二桁だが冬の風といってもいい冷風が吹いている。暑い、という言葉でその場凌ぎは無理なんじゃないかと思うが声に出すことはしない。


「始めるっていったって……まだ何も分からないんだぞ?」


 試しに、と俺は様々な想像をする。


 要や恭介が発現させていたような剣や鎧、盾。莉世が召喚していたように何かが出てこないかという想像。栞のように何か身近なものが操れないかと探る。


 これといって何も起こらない。身近なものを操るような異能力でもなく、戦える生命を召喚するような異能力でもなく、武器を発現する異能力でもない。


「……分かるわ。私、二十五年後の瑛士くんと一緒にいたのよ?」


 そういえば、と思い出す。栞は世界核保守派の幹部として未来の俺と共に戦っていたのだ。それなら俺の異能力を知らないはずがない。


「で、瑛士くんの異能力だけど」


 一度言葉を区切る栞に二度頷く。やはり自分の異能力は気になるものだ。


「詳しくは、知らないわ」


「………………はぁぁ!?」


 予想だにしていなかった回答。二十五年後の俺と一緒にいたというくだりはなんだったのか。


「詳しくは、よ。瑛士くんの異能力は把握できないほどに色々あるのよ」


「色々あるって……異能力が?」


「異能力によって起きる現象が、よ」


 異能力は一人に一つ発現するようにできている。異能力についてはまだ不明瞭なことが多く、その理論は説明されていないが異能力が二つ以上発現したという情報は未だに一つもない。


「例えば――」


 栞は血液を操作して屋敷の上を跨ぐようにどこかへと飛ばした。すると「あの女猫めねこめ!!」と莉世の声が聞こえたかと思えば、血液が倍以上に増えて戻ってくる。


 おそらく莉世の『死者の行進(モート・マルゾ)』で召喚された死者を切り付けてきたのだろう。それなら莉世の声も頷ける。


「――こんな感じに盾を造形して防御したり」


 栞は血液を操作し、血液で形作られた楕円形の障壁を作り上げる。それは栞の身を守るように覆っていた。


「主に使っていたのは剣ね。こんな形をしていたわ」


 栞の手に握られているのは歪な形をした剣だった。剣の形をしているものの、刀身が炎のように揺らいでいる。柄の部分でさえ形が固定されていないのか掴んでいる部分が僅かに凹んでいた。普通の剣より刀身が短く、短剣というには長すぎる。そんな不安定な剣。


「私は血液で造形しているのだけど、瑛士くんは魔力で造形していたわね」


 栞の言うことで見当を付けると俺は操作系の異能力を発現している。魔力で造形していたというなら魔力を操る、と考えるのが妥当だが一つ引っかかることがある。


「それなら、九重――いや……爺さんと公園で戦った時のことが説明できないぞ」


 そう、俺は九重弦と戦った際にヤツの腕を破裂させている。あれは無意識に発動していたからどうやったのか覚えていないのだが、魔力を操作してできるようなことでもない。


「えぇ、だから詳しくは分からないのよ。それに未来の瑛士くんは敵を一瞬でひれ伏すことができたし……でも、魔力を操るのは確実よ」


 なるほど、だからこその「異能力は把握できないほどに色々ある」か。


「今はすぐにでも自衛できるように魔力を操作することに専念しましょう」


「ま、魔力のこと全然知らないぞ!?」


「それでもやるのよ」


 魔力を"魔術を使うときに必要"程度にしか考えていない俺にとって急に操作するなど無理だ。そもそも魔力の出し方だって知らないのに。


 とはいえ一刻を争う状況だ。とにかくやってみよう。


「まず目を瞑って。心を落ち着かせるの」


「…………あぁ」


 栞に言われた通り、目を瞑る。心を落ち着かせる為に大きく息を吐き、より自然体に近づくように力を抜いた。


「体の中に流れるように感じるものがあるでしょう?」


 流れるように、感じるもの。そう言われ、想像してみる。


 心臓から血液が運ばれるように、体内を巡り巡るもの。心臓から胴体を、次に腕や下腿に流れ、脳へと届く何か。


 ふと、温かいものを感じた。


「……ある。何か分からないけど、ある」


 今までに感じたことのない何か。栞に言われた通り、体の中を流れているものを、俺は確かに感じていた。


「それが魔力よ。魔術の基盤であり、私達の生命力そのもの。私達はそれを削って戦うの」


「そう、か……」


 この温かさが体の中から無くなってしまったら、と考えるだけで嫌な気しかしない。魔力が生命力そのものだと本能も理解しているのだ。


「それを利き手に流すように意識しなさい」


 意識する前にもう一度目を瞑る。魔力を感じ、流れを感じ、しっかりとあるということを確認する。その魔力を、利き手である右手に。


 普段より力が入るような、腕が軽くなるような感覚。決して不愉快なものではなく、活性化されているようだ。これが、魔力なのか。


「想像して。誰にも負けず、劣らず、唯一無二の、あなたの剣を!」


「――ξιφος(剣よ)!!」


 頭に浮かんだ言葉。それを言葉に出すと共に魔力を放出する。それはやがて不安定な基盤の元に形作られ、剣として創造された。


 誰にも負けず、劣らず、唯一無二の、俺の剣。


 俺はその剣をたずさえ、眼前にすることで、ある思いを抱いた。



 俺は戦える、と。



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