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成長・変化




 ◐




「ん、ん……?」


 ある違和感を感じ、目を覚ます。その違和感は起床する時に感じる陽の光を浴びたことによる目映まばゆさではなく、熱気による体温の上昇。暑苦しいと思ってしまうほどのそれに、普段より体が重く感じる。


 十一月下旬に差し掛かろうとしているのに布団を被った程度で暑苦しく感じるのもおかしい話だ。


 無意識にその原因を突き止めようと、被っている布団の中を確認する。


「……あぁ」


 布団の中を確認したことで暑苦しさの原因を突き止めた俺は納得の声を漏らした。


 胴体を包み込むかのように巻きつく華奢な前腕。脚の間にふにっとした柔らかい脹脛ふくらはぎから下までの下腿かたいが挟み込まれていて、生肌を見せるそれは妙な感覚を催してしまいそうになる。


 この暑苦しさは栞と莉世が引っ付くようにして眠ったからか。それなら納得がいく。


「莉世、起き――」


 俺に抱きついているということはおそらく莉世だろう。このままでは体を起こすことは愚か身動きが取れない。とにかく拘束を解いてもらおうと後ろを振り返ると、弾力性のある何かが頬に当たる。


「――て、く……れ?」


 その弾力性のあるそれが何なのか全く見当がつかず、顔を離して凝視する。


 まず理解したのは綿で作られた服だということ。温かく保温性のあるそれの中央にはファスナーがあり、それを挟み込むように膨らんでいるのを目視できた。


「まさか……」


 そこで一つの予想が立てられた。昨夜、抱きつきながら寝た莉世にこんな膨らみはない。では、莉世ではないとしたら誰か。


「や、やっぱりか」


 ファスナーの先を辿って視線を上げるとそこには寝顔を見せる栞がいた。


「ふ、ぅん……」


 普段凛として落ち着いた表情をする栞を見ていたことで、その無防備な寝顔に不意を突かれる。莉世ではないと気づいた瞬間に緊張感に近いものによって心臓が跳ね上がり、悪状況だということを理解する。


 栞の寝相が悪いという事実は置いておいて今の状況を打開せねばならない。ここで栞が目を覚まし、叫ばれたり――栞のことだから叫ばないと思うが――変態扱いされるのは避けたい。


 とはいえ俺は一ミリも触れていない。抱きついているのは栞だし、俺がとがめられることはないと思うが念の為に起こさないよう動くのがいい。


「さすがに驚いたな……」


 栞の寝相の悪さにそう呟きながらも挟み込まれていた下腿を解放する。刺激を与えないように絡みついている腕を掴み、解こうとするが何故か簡単には解けない。


「ん、んッ!」


 腕を掴まれて動かされていることに違和感を感じたのか、栞はあからさまに嫌な声を漏らして絡みついている腕に力が込められる。


 寝相の悪さの真髄に驚くのはそこからだった。


 解放して触れないようにとしていた栞の脚が今度は俺を挟むかのように太腿の外側に乗っかる。解こうとした腕を自分で解き、離れるかと思えば今度は首に腕を回されて体がさらに密着した。先程感じた弾力性のあるそれがうなじに押し付けられ、さらにはまるで匂いを嗅ぐかのように栞の顔が頭に押し付けられた。


「………………」


 寝相が悪いにも程がある。蹴りや布団に入ってくる程度ならともかく、抱きついて離さないなどタチが悪い。


 いつもの栞とは程遠い行動に唖然としながらもどうしようもない現状に俺はただ固まった。


「んん、ぁ……?」


 しばらく固まりながら方法を考えていると、栞は可愛らしい声をあげた後に目を覚ました。


「………………え?」


 栞は異性に抱きつきながら髪の匂いを嗅いでいるような現状を理解したのか、驚愕の表情をすると共に気の抜けた声を発する。


 そんな栞に、俺はただ一言告げる。


「おはよう、いい朝だな」


 そう言い終えた後、栞に如何にも女の子らしい悲鳴をあげられた挙句に顔面に平手打ちをカマされたのは予想だにできなかった。



「酷い目に遭った」


「だ、だからッ!何度も謝ったじゃないっ!」


 ヒリヒリと痛む少し腫れた頬をさすりながら俺は言う。


 栞に平手打ちを見舞われた後、俺達は居間のテーブルを囲いながら食卓に並べられた料理を食べていた。


 料理を手掛けたのは一人暮らしで自炊をよくすることがあった俺と料理をすることが趣味の結乃。材料は結乃がもらっていたお小遣いで時織達が買ってきてくれたらしく、困ることはなかった。


「ふんっ、寝相が悪くてごめんなさいね」


 拗ねながら白米を口に運ぶ栞。昨日の夜から今にかけて凛々しいという印象が薄れていくことばかりだが、これは良いことだ。その方が結乃や恭介も関わりやすいだろうし。


「結乃よ。その、なんといったか……それを取れ」


「んと……これ?」


「違う! なんといったか……隣の、赤いヤツじゃ」


「あ、豆板醤とうばんじゃんだね。はい、どうぞ」


「うむ、助かる」


 莉世が指さした豆板醤を手渡しする結乃。その横では――


「恭介、怪我してないかい?」


「あぁ、大丈夫す。今日の昼からでもまたやるんだよな?」


「うん、もちろん。君がその気ならね」


「はは、まだまだやるっすよ!」


 微笑ましい会話をする要と恭介。


「…………」


 その様子を俺はじっと見ていた。


 恭介と結乃は俺が寝ている間に訓練してたそうで、多少の疲労感が伝わってくる。ただそれ以上に見受けられたのは結乃は莉世と、恭介は要と信頼関係を築いているという事実だった。


 この信頼関係は戦争をする力を付ける為の特訓が基盤となっている。それがどうにも腑に落ちないというか、快いとは思えなかった。


「瑛士くん、よく見ておいて」


 どうやら俺の心境が栞に悟られてしまったようで、心を汲んでくれたのか元気づけるような声色。


「彼ら、きっと強くなるから」


「……そうか」


 現状、強くなるのは本人や他の皆からしても好ましいことなのだ。ただ、それを好ましくないと思ってしまうのは、悪いことなのだろうか。

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