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橘結乃――三重魔術


「ふわぁぁ……」


 同時刻、要達がいる中庭とは別の外庭に眠そうに目をこすりながら欠伸をする莉世。その後ろを追うようしている水色のスポーツウェアに着替えた結乃は凛とした表情をしていた。


「はぁ……何故儂がこんな小娘を鍛えなければならんのじゃ」


 昨日の夜、栞の提案により莉世は結乃の魔術訓練をすることになっていた。


 提案に反対しなかったのは時空超越してきた面子めんつの誰よりも魔術を極めていたからなのだが、まさか自衛の為に身につけたそれがこんな面倒なことになるなど予想できるわけがない。


 とはいえ、『死者の行進モート・マルゾ』には自衛の手段が無かったことから魔術によって自衛の手段を獲得し、こうなることは必然だったのだろう。


「私、頑張るので……っ」


「魔術がそんな簡単に――ふぅ……」


 魔術は一朝一夕で完全に扱えるほど甘くなどない。さらに今まで戦争という事柄を経験せず、その存在さえ知らなかった人間にできるはずもない。


 しかし、その意味を持った言葉を発そうとして止める。


 目の前にいる少女は昨日、居間で魔術を発動させる一歩手前まで成功させた。魔術の根源が魔力であることやそれらの存在でさえ知らなかったというのに。さらに魔術を扱い慣れた人間でしかできない詠唱破棄をしながらの発動。


 本来、魔術はそれに見合った詠唱が存在する。それも一字一句定められた言葉を間違えずに詠唱してやっと発動できるもので、詠唱破棄で魔術を発動できる人間は数少ない。


 そうであるにも関わらず、詠唱破棄でそれを発動させた事実。それが莉世の固定観念を壊そうとしていた。


「儂はお主のことが嫌いじゃ。軟弱な上に臆病そうで挙げ句の果てに瑛士の傍におる。この戦争において、お主が何の役に立つのじゃ?」


 それは莉世の率直な思いだった。


 戦闘に参戦することもなく、守られる立場で怯えながらただ祈ることしかできなかった結乃。莉世の言っていることが嘘偽りのない言葉だと分かっているからこそ、悔しさから小さく顔を歪めた。


「……じゃが、昨夜と今のお主の顔を見て気が変わった」


 莉世の表情が一転して活き活きとしたものへと変わる。それは結乃から見ても感じ取れるもので、期待されているという感覚に歪んでいた表情は強ばった。


刮目かつもくせよ、小娘」


 それを気にすることなく莉世は手を翳す。


Πρώτα(プロートゥン) Μαγεία(マイア) Φωτιά(プロクス)


 魔術の詠唱と共に形成されていく円盤状の陣。やがて陣の内側に沿うように文字列が並び、二つ目の円盤が形成されて同様に文字列が内側を埋め尽くす。それは真紅の色を放光し、砂埃すなぼこりが巻き起こるほどの突風を発生させる。


 二重の魔法陣から放出された楕円形の魔術が結乃の横を一瞬で過ぎ去り、塀に衝突し地響きを立てると思われたが寸前に消滅する。


 結乃はあまりに瞬間的な出来事を理解することしかできなかった。


「まぁ、二重の魔法陣を習得できれば良い方じゃろ。目標は儂が放った魔術の威力、速度、精度をそっくりそのまま放つことじゃ」


 魔術は威力によって展開される魔法陣の数が異なる。


 一重の魔法陣は魔術の中でも比較的威力の弱く、距離や範囲もめぼしいものはない。これは魔力の含有量がんゆうりょうに関係していて、伝う魔力が多ければ多いほど制御や魔法陣の展開が難しく、少なければより容易になる。


 魔力の含有量が多ければ二重や二十五年後で確認されている最大魔法陣数の五重になり、より制御や展開が難しくなるが扱えれば有力な武器になる。


「ふぁ……さて、今日はもういいかの」


 ここで莉世の眠気は限界を迎えた。


 実演して見せたことで魔術というものがどれだけ難しいものか理解しただろう。ここで諦めるならそれまで。もしこれから魔術を習得しようとするのならば今でなくてもいい。


 何より莉世は今でも眠っているだろう瑛士と栞を一緒に寝かせているということに歯痒さを感じていた。今すぐにでも瑛士の隣を奪い取り、女猫めねこを追い出してやろうと考え、寝室に戻ろうと歩き出す。


「ま、待ってください!今、やってみます!」


 眠そうに屋敷へと戻ろうとする莉世に焦ったのか、結乃は二十メートル先の塀に向かって手を振り上げる。


Πρώτα(プロートン) Μαγεία(マイア) Φωτιά(プロクス)――ッ!」


「な――ッ!!」


 ビリビリと肌に伝わってくるほどの魔力量に目を見開く。ふと結乃を見ると先程の詠唱を全く同じように真似て手を翳し、魔術を発動させようとしていた。


 本来ならできるはずもない魔法陣の詠唱、展開。やがてそれは一つの魔法陣を展開し、文字列を連ねる。さらに驚愕すべきなのはここからだった。


 結乃は莉世が目標として掲げた二重の魔法陣を展開し、そこから《《三重の輪を形成し終えた》》。先程の莉世を上回る魔力量に魔法陣の数。地面は魔術の圧力に耐え切れず砕け、宙へと浮き上がる。


 結乃は確かに三重の魔法陣を展開し、そして魔術を放った。


「――『死者の行進(モート・マルゾ)』」


 強大な魔術に危険を察知した莉世は即座に異能力を行使し、放たれた魔術が向かう塀の手前に三十の死者を召喚する。それから三十の死者に一重や二重の魔法陣を展開させ、結乃の放った魔術と相殺するように魔術を放出する。


Θεός(テオス) ασπις(アスピス) χαρις(カリス) Σωτηρία(ソーテリア) Προσευχή(プロセウケ)!!」


 三十の魔術と強大な一つの魔術がぶつかる瞬間、莉世は魔術の障壁を衝突し合う魔術に被せるように発動し、衝突することによって起きた爆発や爆風が障壁の中に抑え込まれた。


「ふふ、くははははは!!」


 ぺたっと座り込む結乃。魔力は言い換えれば作られ続ける命の源のようなものだ。それを多量に消費したことによって脱力した結乃を前に、莉世は笑声しょうせいをあげた。


「おい、小娘――名を結乃と言ったな?」


 できるはずのない魔術の詠唱、展開。それを覆して三重の魔法陣を展開して放出する天才的な才能。


「は、はい」


 莉世は笑わずにはいられなかった。偶然に偶然が重なった結果、天才的な魔術師の資質を持つ原石を磨けるのだから。


「結乃よ、今すぐにでも魔術を教えてやろう!」


 この時、限界を迎えていたはずの莉世の眠気は、まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。

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