阿川恭介――神格の防御盾
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チュンチュンと鳥の囀る声が聞こえる。住宅というより屋敷と表現する方が正しいだろうこの屋敷は辺りが自然に囲まれていることから囀りが耳障りになるほどに聞き取れる。
日が昇ってすぐ、朝六時。瑛士達の起床時間にしては一回り早い時間帯に、立派な塀に囲まれた人工池のある中庭に要と恭介が相対していた。
「ごめんね、朝早い時間に起こしてしまって。いつもこの時間から体を動かしてるから、よかったら恭介くんもどうかと思って」
「うす。相手にすらならないかもしれないすけど、お願いします」
要が恭介を誘ったのは昨日の夜に話し合いで決まったことに理由がある。
昨日、恭介は戦う意思を見せた。守られてるばかりじゃ嫌だと。命を狙われている大事な幼馴染を助けたい、と。
負い目を感じていたのだ。カフェの帰り道に一人にしてしまい、命の危険に晒されていたこと。奇襲を受け、ただ遠くから見ていることしかできず、無事でいてくれと祈ることしかできない自分に。
要が恭介を鍛えることに名乗りを上げたのはそれが理由であった。
盾という扱いにくい武器を鍛えるなら適役なのは自分だろう。ただそれ以上に、恭介の胸に秘めたその負い目を解消したいという願望があった。
「普通に話してくれよ、恭介。僕達は同じ志を持つ仲間なんだから」
まるで幼い自分のようだった。「自分は弱い」という現実を身を持って知り、大切な仲間が危ない目に遭っているにも関わらず何もできずに過ぎ去る時間。
要はその過ぎ去る時間は苦しいものだということを知っていた。そしてその負い目がどれだけ辛いものかを知っていた。
「……おう。そう、だな。お願いしゃす!」
結果的にそれに押し潰された自分のようになってほしくない。要はただそう考えていた。
「じゃあ、戦おうか」
要は異能力『呪縛の四肢』を発動し、剣客の赤い宝石が特徴的な剣を発現させた。
それを見て恭介も異能力『神格の防御盾』を発動し、背ほどもある左右対称の盾が地面を抉る。
「……うん、うん」
『神格の防御盾』を見て感嘆の声が漏れる。やはり居間で見た時に感じた威圧感は勘違いではなかったようだ。
要は一瞬で見抜いていた。この異能力『神格の防御盾』が並外れた力を持つ最強の防御手段であることを。
しかし最強の防御手段であっても使用者が笊なら本領は発揮されない。恭介はこの『神格の防御盾』から発せられる圧に気づいていないようで、平然としていた。
「僕が攻撃するから、それを全て防いでくれ」
「分かった、全部止めてやる」
ただの正対から一転、剣を構える要と様子を見ながら初動を捉えようとする恭介。
要はまず『神格の防御盾』の弱点を露呈させようとしていた。戦闘の基本は弱点を知り、克服すること。戦闘を知らない少年なら弱点があることすら気づかないこともある。
「――行くよ」
要は最速で距離を詰める。初動を捉えた恭介は左脇腹を狙って振られる剣を防御し、次々と振られる剣を跳ね返す。
下段の構えから胴体を狙った斬撃。斬撃によって盾が浮き上がり、それを隙と見た首への突き。さらに後方へ回り、無防備な背中を斬り下げる。恭介はそれらをことごとく防御した。
「……へぇ」
これは要にとって嬉しい誤算だった。『神格の防御盾』の弱点として思っていたのはあまりにも巨大な盾による敵位置の把握のしづらさや、重量による扱いの難しさ。しかしそれらを弱点と思わせないほどの対応に笑みが漏れる。
死を伴う戦闘をしたことがない子供にしては出来すぎている。それは一刻も早く戦力を整えたい要にとっては嬉しい限りだ。
「もう少し速くするよ」
要の腕を覆うように青色の魔力が付与される。それは一時的に身体の能力を飛躍させる付与魔導であり、腕に付与することで剣を振る速度が格段に上がる。
「な――ッ」
剣を振る要に対して恭介は驚きの声を上げた。防御しているにも関わらず、一度剣を振られたと思えば二度の衝撃が盾を通じて身へと感じる。それは剣を振る速度が格段に上がったことを意味していて、付与魔導を初めて見る恭介はその対応に迫られていた。
上段、中段、下段のありとあらゆる方向から盾をすり抜けるように突き出される剣の切っ先。対応するのに精一杯で伝わる衝撃でさえ先程とは比べ物にならない。一瞬でも油断してしまえば盾を弾かれて二度目の斬撃を防ぐことはできない。
「ハァッ!」
「ぐっ!?」
下段、右下から左上に向かう斬り上げ。あまりにも強い威力の斬撃に火花が散り、盾が浮いたことによって恭介の身が晒されている。
要はそれを見逃さず、すぐに右側を回り背後を取った。
守ってくれるものが何一つない曝け出された背中。斬撃によって宙に浮く盾で防御するのは不可能。
ひとまず、終了。恭介の首元を斬り付けようとした剣を寸止めしようとした、その瞬間だった。
「――ッ!!」
カキィン、と甲高い金属同士の衝突する音が響く。
ヒリヒリとした痛みを感じる手。握られていた剣は無く、振り返るとさっきまで握っていた剣が地面へと突き刺さっていた。
要は衝突音を響かせた正体を見る。
「……どうやって」
そこにあったのは確かに恭介の握っている『神格の防御盾』。斬撃により宙に浮き、背中に回して防御するなど不可能と判断したはずのそれはまるでそこにあるのが当たり前だと主張するように存在していた。
唯一の防御手段である盾は宙に浮き、体勢は崩れ、さらに魔力を纏うことによって格段に速度の上がった斬撃を受け止めるなど人間には不可能だ。
なのに、何故。
「……そういうことか」
要は恭介の体勢からその理由を悟った。
重量感溢れる『神格の防御盾』を片手で握り止まるその姿。本人も何故防御できたか分からないといった表情で立ち尽くす様に辿り着いた答えは一つ。
「恭介、一ついいかい」
「え、あ、おう!」
なんて異能力に恵まれた子なんだ。こんな絶対的な特殊能力を持つ異能力なんて世界中を探してもそうそう見つからないだろう。まさか、そんな異能力を持つ子を自分が鍛えられるなんて。
要は心の奥底で一人喜んでいた。その理由は『神格の防御盾』という異能力にある。
「君の異能力は、意思を持っている」
人間には絶対的に不可能な斬撃を防ぎ、防いだ本人も不思議な顔をしているということ。それは『神格の防御盾』が意思を持ち、彼が防御したということだ。




