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久牙時織――罪――




 ○




 今でもあの日を思い出せる。


 辺りは黒焦げた煙が充満していた。屋外にも関わらず視界は煙に遮られ、歩くのも億劫おっくうになるほどだった。支柱を失い瓦礫がれきの山と化す建物に、所々から爆発音や風を切る音が轟々《ごうごう》と響き渡る。


 見渡す限りの灼熱、崩壊。どこへ向かっても火に囲まれ、どこへ向かっても建物の崩壊に巻き込まれるだろう。この場から逃げ出し、生存する可能性はゼロに近い。その事実を知り、俺は諦めた。


 しかし隣にいた親友は諦めなかった。俺と交わした約束を果たす為に、俺の背中を押した。手を引いた。「二人で生き延びよう」と。それを聞いて俺は走った。


 走って、走って、走って、走って、走って。息が続かず、足がはち切れそうで、それでも走った。凹凸おうとつのある石やガラスの破片が踏み込んでいた素足に刺さり、もう嫌だと泣き叫んだ。


 だから俺は足を止めてしまった。


 それを見計らったかのように悲劇が起こる。


 瞬間的に光が届かなくなったのだ。辺りが真っ暗になって、しかし前にいる親友の姿は明るく見えている。岩と岩がぶつかり合うような音が聞こえたと共に、親友は驚愕きょうがくの表情を浮かべながらも俺目掛けて足を進めた。


 ドン、と押される体。不意に明るくなり、今度は親友が影のように真っ黒になっていた。その瞬間だった。


 視界を暗くしていたのは崩壊寸前のビル。砕けた鉄筋コンクリートが轟音を立てて覆いかぶさるように崩れ、俺はそれを呆然と見ていることしかできなかった。


 明らかに助かる余地などない。助けられる余地などない。彼はそれを知りながらも俺を庇い、鉄筋コンクリートへと埋もれた。


 砕け崩れたコンクリートの隙間から見える親友の姿。運がよかったのだろう、どうやら下半身が潰れていたり即死するようなことは無かったらしい。


 伸ばされた手。痛みによる恐怖に染まった表情。助けれるか、と救済を望む声、意思。俺を何度も救い、導いてくれた手。


 それを、俺は――――――



「…………ん」


 ふと目を覚ます。木目が目立つ見覚えのない和風の天井に嗅ぎ慣れない草の匂い。体が柔らかいクッションに囲まれているような感覚に違和感を覚えながら体を起こそうとするも、激痛が走り本能的に行動を停止する。


「おはよう、時織。気分は……良くなさそうだね」


 首を動かして声の正体に視線を移す。隣にいたのは世界核保守派の仲間、志軌要。どうやら俺の看病をしていたようで、要の隣には市販されている多くの医療薬品が置かれていた。


 どうやら俺は面倒を見られているようだ。体の所々に包帯が巻かれていたり布団を被っていることからそう断言できる。


「瑛士さんは……生きてンだな」


「うん、もちろん。危なかったみたいだけどね」


 瑛士さんが生きてると確信できるのは俺達が生きていることから推測できるからだ。


 俺達には一つの共通点がある。全員、瑛士さんに命を救われたということだ。それはつまり瑛士さんが殺されたならば未来は変わり、俺達は救われず存在しない。


 俺達が存在している事実が、瑛士さんが生きているという事実に繋がるのだ。


「ここはどこだ?」


「結乃さんの別荘だよ。今は栞が監視してるから安心してくれ」


「……そうか」


 道理で見慣れない天井に嗅ぎ慣れない匂いなわけだ。それなら現状は安全なのだろう。要がこうして俺の看病をして、監視が一人ということは敵対組織に見つかっていないことを指す。


「一人にしろ、見られンのはキレェだ」


「うん、そうだろうね。お大事に」


 俺が一人でいたい人間だということを知っているからか、要は特に何も言わずに立ち上がり、ふすまを開けて部屋を出て行く。


「…………俺は」


 俺は、生きている。


 ただその事実が恨めしい。酷く、憎らしい。生きているという事実に歯を食いしばり、怒りを表に出すように拳に力が入る。


 何故俺は生きているのだ。奴に敗北し、死ねたのならどれだけ幸福だったものを。奴に殺され、罪を許してくれるのならば、どれだけ俺はむくわれたことだろう。


「俺を……殺してくれねェのか、蓮」


 あの日、魔女捕獲の夜。親友を見捨てた俺の罪は、まだ消えない。

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