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知る者




 ◐




 時織が追跡してきた敵と向き合ってから数分、俺はアクセルを回し続けていた。田んぼに囲まれた際限さいげん無く続く一本道を突き進み、後ろを振り向くが時織の姿は愚か、人影すら無い。


「……大丈夫か」


 時織は逃げ続けろと言っていたが、これ以上突き進んでしまえば楔町に入ってしまうだろう。時織もそれを分かっているからブレーキの方法を教えたと考えるべきだ。逃げ続けて敵の本拠地に入るのは愚行でしかない。


「確か、右ハンドルにあるレバーとつま先で……踏むのか」


 右ハンドルのレバーを握り、右足のつま先が置かれているブレーキレバーだろう、それを踏む。段々と速度が遅くなっていくのを実感できると共に、後少しで止まるかというところで急にエンジンが停止した。


「うお、わっ!!」


 あまりに急な出来事に反応できず、車体から転がり落ちる。バイクは地面と衝突して金属音が響き渡り、俺は落下の際に軽く打ち付けた腕を抑えながら起き上がった。


「……ったく、こうなるなら言ってくれればいいのに」


 バイクに詳しくはないがこれがよく言われるエンストという現象だろう。原理までは知らないが、ブレーキの方法だけ教えてもエンストするのは時織も分かっていただろうに。


「こんなところに公園があったのか」


 もうバイクを稼働させることは無理だろう、バイクを捨て置いてしばらく一本道を歩くとかなりの広さを有する公園が左手に見えた。


 周りは木々に囲まれていて夜特有の不気味さを醸しているが様子を伺うと人影は見えない。


 この一本道を先に進むより公園で待つ方がいいだろうか。目立つ場所だから敵に見つかる可能性も十分にあるが栞達が見つけるのも容易になるはずだ。公園にいい思い出はないが……ここに留まろう。


「……クソッ」


 スマートフォンを確認する。まだ結乃からの返信はない。結乃は連絡を欠かさないしっかりとした性格をしているからここまで返信が無いということは何かあったと見るのが妥当だろう。


 敵に見つかったらまずいという現状と結乃が危険な目に遭っている可能性の高い現状が不安と焦燥感を倍増させる。


 俺にできることはない、それは分かっている。まだ俺は現状を理解できていなかったらしい。画面の先で数多くの死を見ても、戦争を目の当たりにしていなかったことと栞達に守られているという事実が俺の心に安堵を与えていた。


 まさかこんなにも追い詰められた状況だったとは。結乃に大丈夫か、と心配する旨のメッセージを送ってスマートフォンをポケットに入れる。


「――――なんだ?」


 ふと耳に入る風の音。この音は……要達が時空超越してきた時のような音に似ている。とんでもない速度でこちらに向かってくるような音。


 この音の方向は――上だ。


 そう見上げた瞬間、ドォォンと音を立てながら地面に着地する人影。地面はあまりの衝撃に抉られ、その人影を隠す程度の煙が立ちのぼる。次第に煙が消え、その人影は姿を現した。


「ほう、これはこれは……人影を目視したら降り立ってみるものだ」


 その人影はローブを羽織っていて声色から仲間じゃないと分かり、後ずさる。


「お初にお目にかかろう、少年。私は九重ここのえげん。君を殺そうと企む者の一人だ」


 その男は自己紹介するとフードを取って頭を下げる。


 ベージュ色の髪が清潔感のあるオールバックにされていて同色の口髭と顎鬚は英国紳士の雰囲気を感じさせる。身長は百八十中盤に年齢は五十代だろうか、かなり高い身長にがっしりとした体格は老いを感じさせない。紺色と白の燕尾えんびふくからはお淑やかさの感じられる老人だと思わされるが、彼から発せられる殺意は並みのものではない。


「……ご丁寧にどうも」


 周りに助けてくれる人はいない。以前公園で襲ってきた奴の仲間であれば俺が異能力を使えないことが告発されているだろう。それなら攻撃を仕掛けてただちに殺しにかかると思うのだが老人は目立った行動を見せない。


 こちらに異能力があることで警戒されているというのならまだ時間の稼ぎ様があるが、それも長くは持たない。栞達の誰かが駆けつけてくれればいいがそれを期待して待っていられる余裕を与えるほど敵は馬鹿ではないだろう。


「さぁ、異能力を使うといい。それくらいの時間は与えてあげよう」


「お前が近づいてきたら使う」


 どうやら異能力を使えないことを知らないようだ。それなら異能力を使おうとしない俺に警戒して様子見が続けばいいのだが……期待できない。何かしら時間を稼ぐ方法を見つけないと一方的に殺されるだけだ。


「お前は行使派か? 活用派か? なぜお前は世界核を狙っているんだ」


「名目上、私は活用派に所属している。しかし私は世界核などという悪魔の創り出した代物に興味など無くてね」


 異能力を日々使わず、戦闘とは無縁な俺でさえ雰囲気が変わったことに気づく。魔導が使われている気配もなく、目にも見えないが肌にピリピリと感じる力そのもの。


 これは、殺しにくる人間の気配だ。


「私が興味を持つのは君だ、八雨瑛士」


「ぐ、がァッ!!」


 魔術を使ってないにも関わらずまたたく間に眼前へと現れた老人。胴体を目掛けて放たれた横蹴りに間一髪腕を固めて防御する。しかし固めた腕でさえへし折ってしまうほどの威力を有するそれに飛ばされ、地面を転がった。


「ぐ、うおおぉ!!」


 さらに追撃しようと距離を詰めてくる老人に拳を振るう。その腕はいとも簡単に軌道を逸らされ、逆の手でもう一度拳を握り振るうがそれでさえ当たらない。


 何度も繰り返す拳の猛攻。蹴りの鋭さや威力から老人は格闘術の極めた人間だとは分かったが、こうも攻撃が当たらないなんて。


 まるで子供をあやすかのような最低限の回避行動。大きく振りかぶった腕を受け止められ、膝裏に直撃する横蹴り。カクンと体勢が崩れ、それを見逃さず固く握られた拳骨げんこつが無防備な頬を直撃する。


「ぐ、がっ、が……ッ」


 その後に続く三連続の突き。左頬、右頬、顎と的確に打ち抜くそれは大きく振りかぶっていないとはいえ苦痛と感じるには充分すぎる。顎を打たれたことで視界が揺れ、地面に顔をつけるように突っ伏した。


「はぁ……はぁ……ぺっ」


 吐いた唾が赤色に滲んでいる。殴られたことによって口の中が切れ、出血したのだろう。道理で口の中が鉄臭く、それの味がするわけだ。


 このままでは追撃を食らってしまう、と立ち上がろうとするが力が入らない。四つん這いになり、どうにか老人を視界にいれると彼は追撃しようとする動作を見せずにこちらを見下ろしていた。


「どうした、八雨瑛士。異能力を使わずして勝つなどという思考はないだろうに」


 近づいてくる足音。目の前で足が止まり、力を振り絞って立ち上がった瞬間に拳を振るうがそれは空を切った。


「ぐ、ぶ、あ゛ぁ゛……」


 老人の手が俺の首を鷲掴みする。次第に込められていく力に息がつまり、苦しみが身を支配する。


「まさか、異能力を使うのが怖いのかね?」


 老人の眼はさらに鋭さを帯びて睨みを利かせる。拳を交わせる前より遥かに強い殺意――いや、これは憎悪という方が正しいかもしれない。首を鷲掴みするこの手から、憎しみが流れ込んでくるような感覚がする。


「――両親を殺したというのに、今更何を怖がるのだ」



「――――――――ッ」



 老人の発言にドクンと心臓が飛び跳ねた。


 なんで、お前が知っている?


「親を殺した異能力を使わなければあがなうことができるとでも思ったのか? ――これは笑止」


 老人の表情は憎悪そのものだった。眉が歪み、睨みつける眼光に変わらず流れてくる憎悪の念。しかし俺の心境はある事実に囚われていた。



 なんで、なんで、なんで、お前が知っている?



 俺の全てをせき止め絡みつく鎖の全容を。ただ一人で抱え、誰にも知られずに死に、力を使わないことで救われようとした俺の真相を。


「愚か者め、八雨瑛士よ!! 許されるはずがないだろう、救われるはずがないだろう!! あの日、あの時ッ、お前が何もかもを壊し尽くしたというのに!!」



「――――違う」



「何が違うというのだ!! お前は確かに親の命を捻り潰したのだ!! 幼き正義感に魅了され、下らない自己愛に溺れて圧倒的な正義を崩壊へと連れた!!」



「――――――――やめろ」



 全身が熱くなるような感覚。体が全てを拒否しているのが分かる。血が逆流するかのような感覚ではなく、ただ単純な嫌気と後悔の鎖がさらに俺の身を絞める。



 やめろ、やめろ、やめろやめろやめろ、やめてくれ。もう、これ以上――



「全ての元凶はお前だ、八雨瑛士!! 貴様の存在が幾億の死を――ッ!」



 ――俺を、壊さないでくれ。



「やめろオォォォオォォォォ!!!!」



 パァンと破裂音が公園に響く。次々と破壊されていく地面に老人は後方に下がりながら回避を続ける。破裂音とは銃を発砲するような軽々しい音ではなく、生々しさを感じさせるような人肉の弾ける音。


 地面に埋もれ固定されていた遊具が破壊された地盤によって不安定なものとなり、次々と宙を舞っていく。


 それを目前に、赤い液体が顔面を汚しているのを理解した。


「ふ、ふふ、ふははははは!! やはりお前は愚者ぐしゃである!! 人殺しのその力を、まだ制御できずにいようとは!!」


 ふと、手を見た。手に握っているものは、手。赤い液体を吐き続け、ピクリとも動かないそれを俺は確かに持っていた。


「違う、違う!! 俺は、俺は…………ッ」


 あの時と同じだ。引きちぎれた腕、全身を覆うような血液。破壊されていく周囲に恐怖を覚え、必死に力を抑えようと自身を否定する。


 前方に見える老人の姿。肩部を押さえ、苦痛に顔を歪めながらも嘲笑の笑みを浮かべている。押さえている肩部の先にあるはずの腕が無い。


「さぁ、始めよう! ここからが本当の殺し合いだ!!」


 老人の繋がっている腕がオレンジ色に発光し、尋常ではないほどの力を感じる。おそらく異能力だろうか、直撃すれば生死を彷徨さまようだろうと本能が判断を下した。


「ハアアァァァッ!!」


 一直線に向かってくる老人が腕を振りかぶればほふれる間合いに入り、腕を振りかぶる。


「ぬ、なッ!?」


 しかし突如として現れた見覚えのある造形された赤い触手のようなものを確認し、危険を察知したのか老人は後方へと飛び上がる。


「殺す気がないのなら引きなさい」


「全く以て同意じゃ。ここは主の戦場ではないぞ」


 聞き覚えのある二つの声。待ち望んでいた声だというのに心身は安堵を知らぬかのように穏やかでなく、次に苦しみが身を襲った。


「ふん……その贖罪しょくざいに食い殺されろ、八雨瑛士よ」


 去っていく老人の姿。それでも苦しみは引くことは愚か、さらに増していく。止まることを知らないそれが全身を隙なく巻き付き、縛り付けた。


「瑛士くん、しっかりして!!」


「瑛士、目を覚ませ!!」


 あぁ、そうか。俺は、異能力を使ったのか。道理で窒息してしまいそうなほどに息苦しく、締め付けられる感覚に犯されているのか。


 意識が遠のいていく。俺の名を呼び、心配の声をかける二人を記憶の最後に俺は意識を失った。

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