久牙時織
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俺はアタッシュケースを即座に開いて中から噴進弾発射器を取り出し、対戦車ロケット弾を装填する。銃口を瑛士さんが運転するバイクが走る方向、斜め三十度に向け、発射。本来なら反動を抑える為にガスが発射方向の逆に噴射されるのだが改造している為、ガスは噴射されない。
百数十キロの速度で走るバイクから飛び、宙を浮く俺は噴進弾発射器の反動で速度を緩める。しかしそれだけでは速度は完全に緩まない。噴進弾発射器を捨ててアタッシュケースを閉じ、下敷きにするように足をついて姿勢を低くする。
アタッシュケースと地面の摩擦。火花が飛び散り、数十メートルを擦れて停止した
。それと同時に後方で発射された対戦車ロケット弾が破裂し、爆発する。
鳴り響く爆音に届く爆風。俺は内ポケットから煙草を取り出し、火をつけてズラした仮面から吹かした。
どうやらここは田んぼに囲まれた一本道の中間地点のようだ。時空超越してくる前にもこの一本道の中間地点には芝生の空き地があった。現に右に広がっている芝生の広場がそれだろう。
「――よう、時織」
ローブの下から声は聞き覚えのある声よりずっと低い声色だった。しかし声色が低くなっても忘れない声。その人間は俺の名を呼び、フードを脱いだ。
街灯に照らされてぎらぎらと目立つ銀色の髪にこちらを睨みつける瞳はまるで怒りを表すかのように朱色に染まっている。額の中央部から左斜めにある火傷の跡が痛々しく、フードを脱いだことで晒された首元にも火傷の跡が残っていた。
「――よォ、蓮」
ソイツは――――俺の、親友だった男だ。
「あの日以来か」
幼い頃に大した健闘の祈りもできないまま理不尽な別れを告げ、様々な罹災を被る現代で生きていると知り、再開できたことへと祝福。傍から見たら微笑ましい光景に映るだろう。死んでいてもなんらおかしいことのない戦争の時代で奇跡的に会えたのだから。
しかしそれは大いに違う。とんでもないほどの勘違いだ。
「あの日以来だな」
今から十年後に起きる魔女捕獲の夜と名付けられたある組織による過去最大の虐殺事件。小さな町で起きたにも関わらず死者は万を超え、世界が震撼した事件。
あの日以来、蓮は俺を殺す為に生きている。
「銃撃一発。――お前はこれを覚えているか」
懐から瞬時に取り出された回転式拳銃。俺と同じそれを使っている蓮は銃口を俺の頭を目掛けて突きつける。
起こされる擊鉄と連動して歪な形をした円形の弾倉が回転する。後は引き金さえ引けば、発射された銃弾は俺の頭を突き抜けるだろう。
俺達にそれ以上交わす言葉などなかった。現に俺は世界核保守派として生き、蓮は世界核行使派として生きている。昔のことを話に出さないのならば俺達は紛うことなき敵だ。
「覚えてねェよ」
銃撃一発。――それは昔、俺達が他の誰かを敵と見なし、開戦の合図とする行為だ。
「――そうか」
パァンと銃撃音が響く。引き金が引かれたことによって擊鉄が倒れて火薬に点火する為の起爆用突起物が叩かれて点火、弾丸の発射による発砲。
速度にして約二百四十メートル毎秒の弾丸を最小限の動きで避ける。
開戦の狼煙が上げられた。ロングコートの内側に備えていた回転式拳銃を取り出して照準を合わせて発砲。連射式のそれを立て続けに発砲する。
「やはりお前の眼は変わらんな」
蓮が手を翳して発動させた魔術の障壁によって弾丸は火花を散らしながら弾かれた。
向けられた銃口から放たれる弾丸の数々。芝生の広場を走り回りながら避け続け、隙を見て短機関銃を取り出して連射。しかし全く同じように魔術の障壁によって弾かれる。
弾丸を避けながら発砲する俺と障壁で防御しながら発砲する蓮。このままでは一方的に撃たれるばかりで埒があかない。
蓮の持つ回転式拳銃からカチッという弾切れの音が耳に入る。それを好機と見て魔力を下肢に付与し、瞬間的に距離を詰める。
魔力は大きく分けて二つの方法で使われる。一つは詠唱を用いて魔力自体を遠距離攻撃や障壁として放出する詠唱魔術。極めれば詠唱を破棄してできることもある。多くの人間は遠距離攻撃や防御にも使えることでこの方法を用いている。
もう一つは体の一部や手にとった物などに魔力を付与して一時的に能力を上げる付与魔術。この場合、下肢に付与すれば跳躍力や地面を蹴って移動する時の速度が上がり、物に付与すれば耐久力や硬度が上がる。
俺は付与魔術を主に使う。それを知っている蓮は瞬間的に距離を詰められたことに驚かず、俺が首をめがけて繰り出した蹴りを腕で防御した。
「攻撃は銃で十分……その考えも、変わらないようだな」
腕で防御した格好のまま銃口を顔へ向けられる。足を上げた状態で銃身を弾くのは不可能、蓮の指がトリガーを引く瞬間に仰け反り一回転して銃弾を避ける。
さらに構えられる銃。発砲する瞬間に低姿勢で踏み込み、銃を蹴り上げて懐から回転式拳銃を取り出す。
「これは俺の間合いでもあるぞ」
トリガーを引く寸前に手首を掴まれ軌道を逸らされる。再度向けられる銃口。発砲音がする直前にしゃがみこんで避け、足払い。
体勢を崩し、地面に背を付ける蓮に対して回転式拳銃を向ける。
「お前の――ッ!?」
お前の負けだ。そう発言しようとした瞬間に見えた宙を浮かぶ濃い緑色をした楕円形の物体。さらに本来そこに差し込まれているはずの安全ピンがない。
その物体は黒煙を上げて爆発した。
「ぐ、は……ぺっ」
魔力を下肢に付与して後方に飛んだ俺は直撃を回避することに成功したが、爆発により肌を焼かれ、吹き飛ばされて地面に体を打ち付ける。
いいや、あの状況で回避できたことを喜ぶべきか。直撃していれば俺の体はバラバラに吹き飛んでいるだろう。
「相変わらずしぶとい奴だな」
黒煙が晴れると蓮がこちらを見ていた。見た感じでは傷を負っているようには見えない。魔術の障壁を手榴弾と自身の間に発動したのだろう。
「死ぬわけにはいかねェからな」
ここで俺が死ぬわけにはいかない。俺が死ぬということは蓮が瑛士さんを追いかけることを意味する。バイクで逃げているとはいえ、魔術で空中浮遊して捜索されればすぐに見つかるはずだ。
瑛士が死んでしまえば未来が変わり、世界は破壊される。世界核保守派である俺達にとって、それだけはあってはならない。
「あぁ、そうだろうな」
含みのある笑み。蓮は俺が生きる本当の理由が、瑛士さんが死んでしまうからという利他主義なものではないと知っているからこそ、まるで嘲笑するような笑みを浮かべている。
「そろそろ、決着を着けようか」
一瞬だった。約五十メートルほどはあったであろう場所から瞬時に消える蓮の姿。あまりの速さに驚きを隠せずとも即時に耳に魔力を付与し、音と気配を察する。
この方向は――――――上だッ!!
「ウオ゛ォォォォ!!」
魔力の付与された脚部による踵落とし。避けることは不可能だという本能に従い、腕に魔力を付与して受け止める。
「ぐ、がっ!!」
あまりの衝撃に腕から肩部、胴体から下腿へと伝わり、さらに地面へと伝わって地は俺を中心に音を立てて砕け散った。
そこからさらに俺を土台にするように飛び上がり、繰り出された二度目の蹴りが肋骨を躊躇なくへし折った。
「ぶ、ゴホ゛ァッ」
蹴りにより吹き飛ばされ、地面へと吐き出される血反吐。おそらく消化器官の一つや二つが損傷を負ったのだろう、やはり魔力付与をしていない生身に魔力付与されて格段に能力の向上した攻撃を食らうのはまずい。
付与魔術を習得しているのは計算外。確かに今までの期間があれば習得するのは不可能ではないだろうが、まさか習得しているとは。
これは――圧倒的に不利。
「ッ!!」
危機に瀕した敵を見逃さんとでも言うように放たれた弾丸。地面を転がるようにして回避し、それでも発砲される弾丸を狙って打ち返す。
カキィン、と金属音を響かせて非対称の軌道を辿り地面へと刺さる弾丸。さらに立て続けに襲い来るそれを撃ち返す。
「驚かされるばかりだ。俺は付与魔術を習得したが、お前のように魔力を眼に付与することは出来なかった。ここは俺とお前の、付与魔術に対する執着といったところか」
付与魔術には魔力を付与する部位によって難易度が異なる。それは部位による繊細さが関係しているのだが、これを習得するのは簡単ではない。特に眼球や耳に魔力を付与するとなった場合、付与しすぎれば魔力に耐え切れずに損傷する場合もある。
逆を言えば損傷する危険性がある以上に、聴力や視力の向上などという利点が大きい。これらが可能というのは俺が幼い頃から付与魔術しか訓練しかなかった成果といえる。
「下らねェ褒め言葉なんざいらねェよ」
「あぁ、そうだ――なッ!!」
繰り出される魔力の付与された拳の猛撃。人間の繰り出せる速度でないそれを何度も避け、隙を見て銃を取り出し発砲。しかしそれは現れた魔術の障壁によって肩を貫くことなく、銃を蹴り上げられる。
銃を蹴り上げられたことにより腕は天を向いている。完全に無防備な脇腹への追撃のモーション。魔力を空いた脇腹に付与するが、それをまるで予想していたかのような笑み。
瞬間、蓮がローブの中で隠すように構えていた銃から発砲音が鳴り響く。
「ぐ、が、……ッ」
その弾丸は、発砲されることを予想だにしていなかった俺の腹部を貫いた。先程の足蹴を食らった時に吐き出した反吐と比にならないほどの血液が地面へと吐き出される。
「ハァァッ!!」
痛みに怯んだ一瞬、蓮はそれを狙っていたかのように右足を後方に根付け、踏み込む。体の後方に構えられていた掌は俺の鳩尾を抉るようにして放たれ、体は無慈悲に宙を舞った。
蹴りによって肋骨はへし折られ、消化器官の損傷。腹部には銃弾が貫通し、魔力を付与されていないとはいえ掌底打ちが鳩尾に直撃。
俺の体も本能的に無理だと判断したのだろう、まるで俺の体ではないかのように動かない。
「ハァ……ッ、が、ぁ……」
次第に視界が霞んでいく。寝転んで空を見上げている感覚でさえあまり感じ取れなくなり、そのボヤけた視界に映る人の影。ソイツは銃であろう黒い物体を俺に突きつけた。
「次、会うとするならば――」
あぁ、ダメだ。意識がどこかの黒い空間へ引きずり込まれていくようだ。体の感覚でさえもう何もねェ。見上げているのが空かどうか、目の前にいるのが蓮ですら分からねェほどに体が機能を失いかけてる。
このまま、俺は――――死ぬのか。
「――あの日、俺達が死んだ場所だろうな」
パァン、と無情な音が響いたと共に、俺の意識はプツンと途絶えた。




