襲撃2
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天花町は混乱に見舞われていた。突如として襲われた隣町の楔町と三虚町の被害に怯え、どうにか遠ざかろうとありとあらゆる手段を使って避難する人々。
天花町前駅はもう稼働しておらず、それでも駅の構内は混雑していた。電車を稼働させろと叫ぶ人や諦めてバスやタクシーを利用しようとする人、自家用車で移動しようとする人など天花町の住民はあらゆる交通手段で天花町から出ようとしていた。
本格的に住民の避難が始まり、人々は楔町や三虚町のある東南から離れるように一斉に動く。
そんな中、瑛士達は結乃を連れて戻ってくる要を待っていた。
「瑛士くん、返信は?」
栞は瑛士にスマートフォンを見るように催促する。
瑛士はポケットからスマートフォンを取り出し、再度機能させた暗証番号を入力する。開かれた画面をスライドし通知欄を確認するが、これといって通知は届いていない。
首を振って返す。栞はそれを見て小さく眉を歪めた。
「にしても遅いのう。もう宵じゃというのに」
窓の外は深い闇に覆われていた。道端に設置された街灯が妙に目立ち、車両の排気音も全く聞こえない。ここらは交通量が少ないとはいえ、人影も車両音も聞こえないのは珍しい。この住宅は被害を受けている二つの町に比較的近い東南に位置していることからこの静けさは納得できるのだが、人が遠ざかっているという事実は不安を煽るものだ。
「最悪の場合も考えておけ。死なねェなんて保証はねェんだからよ」
約一メートルほどだろうか。黒く、見るからに頑丈そうなアタッシュケースを開き、手を動かしながら何かしらの作業する時織。煙草と唇の隙間から吐き出される呼出煙が天井へと消えていく。
「それを言う必要はないだろ、時織」
あまりの遅さに不安を抱えていた瑛士が時織の無神経な言葉に噛み付く。
時織の発言は要や結乃が危険な目にあっていること、もしかしたらもう手遅れだという可能性を示唆する役割を持っていた。大切な幼馴染や仲間が危険に晒されているかもしれないと懸念している瑛士にとってその発言は憤りに値するものだ。
「何か勘違いしてねェか? 瑛士さん」
「なんだと?」
作業していた手を止め、仮面を向けられた瑛士。さらに憤りを興す言葉に瑛士は立ち上がった。
「これは戦争だ。テレビの向こうじゃ実感が湧かなかったのか? 人は簡単に死ぬんだよ」
瑛士に続くように立ち上がる時織。歩き出し、瑛士の前で止まって仮面の下から見下ろす。瑛士はそれを見上げる形になりながらも一歩も引かずに睨みつけた。
見るからに険悪な雰囲気を醸す二人。恭介はそれを見て戸惑い、栞と莉世は呆れた表情をしてため息を吐いた。
「死ぬモンは死ぬンだよ」
「お前――ッ、ぐはっ!!」
さらに煽られ、胸倉を掴みかかった瑛士。しかし伸ばした腕は手首を掴まれて宙を舞い、振り翳された拳によって瑛士は吹き飛ばされた。
「ちょ――っ」
「もうやめろ!」
さすがにまずいと感じ取った栞と恭介が止めに入る。しかし瑛士の堪忍袋は切れ、押え込もうとする栞と恭介を振り払おうと試みて時織へと突き進む。
それを見て、時織は驚く行動に出た。
「な――ッ」
時織の手に握られた重量感のある回転式拳銃。六インチの銃身に銀色に輝く金属製のそれは異能力の発現によって徐々に衰退していった武器の一つ。衰退していったとはいえ銃口から放たれる弾丸はいとも簡単に人体を貫くだろう。
その銃口が瑛士の額へと向けられているのだ。
「世界はテメェを中心に回っちゃいねェ。テメェがどれだけ大切に思ってても救えない命はあンだよ」
その言葉は道理に適っている。
死の前にはどれだけ大切にしてたかなど全く以て無意味だ。それが死を迎える時はしっかりと死を迎えるし、例え自分がそれを大事に思っていたとしてもそれを無視するかのように死は連れ去っていく。
時織はその道理の理解者であった。彼は一度、一番大切にしていたものを死に連れ去られたからだ。
「……あんたが信用しないでどうすンだ、瑛士さん」
構えられていた銃口が下げられる。自然体へと戻り、背を向ける時織に対して瑛士は押さえ込まれずとも動くことはなかった。
時織の言葉は不安を煽るようなものではあったが信じるという選択肢に導くものであるということに気づいた瑛士。しかし、時織に頭を下げることができずに元の位置へと座った。
時織はそれを気にすることもせず、アタッシュケースの中をいじる。それを見て栞と恭介は安堵のため息を吐いた。
「時織よ。次に儂の眼前で瑛士を危険に晒してみよ。――殺すぞ?」
瑛士に危害が及びそうになったことで時織に喧嘩を仕掛ける莉世。さすがに堪ったもんじゃない、と栞は二人の間に身を割り込み、互いの視線を逸らす。
「喧嘩はやめて頂戴。それに――」
栞がそう発した途端に莉世、時織の視線が栞と同じ方角へと向いた。
その先は天井と壁との境界線。瑛士と恭介もその視線を追うがあるのは変わらずの砂壁。
「――客も来ているみたいだしね」
視線の先、野外上空二十メートル程度。ビル六階程度に位置するそこには光を反射する満月を背景に、風に揺られるローブを羽織った敵兵の数々。
宙に浮かぶ敵兵は次々と魔術を展開し、放つ為に必要な詠唱を開始する。赤や青、他にも様々な色の魔法陣から一斉に魔術が放たれた。
魔術と木々や鉄がぶつかり、粉砕される音とへし折れる音が続く。際限なく放たれるそれによって煙が立ち上がり、猛煙と表現すべきそれは辺りを包み込んだ。
しばらくして魔術が止み、視界を遮る煙が消えていく。
「――チッ」
敵兵の最前線に立つその集団の頭領であろう男は、煙が消え視界に映った光景に舌鼓を打つ。
そこにあるのは中に空洞を作る円形の赤黒い液体。それは放たれた無数の魔術に危険に晒された瑛士達を固守していた。
異能力『血流操作』。体外に存在する血液を自在に操作することができる栞の異能力だ。時には人体を切断するほどの鋭さを持ち、時には魔術からも身を守る盾を作り出すことができるという攻守共に万能な異能力。
普段から『血流操作』を発動し、血液を散らばせながら待機させている栞に死角は存在しない。
敵兵の頭領が舌鼓を打ったのは目的である瑛士の殺害ができなかったことと厄介な栞の能力に対して向けられたものだ。
「時織、瑛士くんを連れて逃げて! ここは私達が受け持つわ!」
「瑛士さん、行くぞ」
血液で作られた防壁の中では栞が時織に指示を出していた。時織はアタッシュケースを背中に背負い、瑛士に声をかけてから敵の視界に入らない裏口から外を目指す。
「待ってくれ、恭介が!」
「アイツらが守るから来い」
これから戦場と化す場に恭介を置いていくことを躊躇ったのだろう、瑛士が足を止める。
ふと目に入る恭介の表情は行けと言わんばかりの険しいものだった。栞と莉世は瑛士に対して余裕の表情で背を向けることを促し、瑛士はそれに従って走り出す。
「瑛士くんは行ったかしら?」
もう走り去る音は聞こえない。後方にある人の気配は一つのみ。恭介が後ろに怯えるように構えているだけで時織と瑛士の気配は無い。
「あぁ、行ったようじゃな」
視線が移ろいゆく。一人、二人、三人――敵の軍勢は約七十。莉世はハッと吐き捨てるようにして殺意を孕んだ眼光で睨みつける。
「そう、良かったわ。彼に戦う姿を見せたくないもの」
「うむ、久しく気が合うな。儂もじゃ」
そう会話を交わしながら莉世は『生者の行進』によって次々と死者を召喚していく。老若男女問わず召喚されていくそれを栞は血液を操作し、次々と解体するかのように切り落としていく。
噴出する血液。召喚された死者といっても構造は人間と同様。臓器もあれば血もある。切断され、沼のように貯まる血液。栞は死者の血液でさえ操れる。
敵兵はまだ分の悪さに気づかない。
『血流操作』の弱点として血液の量が挙げられる。少なければ自然と操れる血液も限られ、それは間合いが狭まることや広範囲の防壁を作ることができなくなることにも繋がるのだ。
しかし死者を召喚する『生者の行進』と併用されればどうだろうか?
次々と召喚される死者を切り崩すことによって無限に貯蔵される血液。それはつまり、『血流操作』の弱点である血液の量による操作の範囲が解消されることを意味する。
よって――この二人の相性は悪くとも、異能力の相性は類を見ないほどに抜群なのだ。
「さて――、では」
殺意を孕んだ眼光のまま、その意向は表情にさえ現れた。
「瑛士に手を出したこと、後悔させてくれようぞ」
「瑛士くんに手を出したこと、後悔させてあげる」




