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焔剣を振るうは巌窟王

 宴会が終わってから再び日が昇る。一応確認したが相変わらず西から登っている。それになんとも言えない気持ちで頷きながら、教会前に集まった皆を見渡す。


「よし! そんじゃ、説明した通りに築城を開始しよう。期日は七日後だ。それまでにここを城とするぞ!」


「「「おおおおおおおお!!」」」


 昨日の休みで英気を養った元奴隷たちは、これまでにない声で雄叫びをあげる。

 


 これからしばらくはここを改装するための時間となる。あくまで俺たちは奴隷から脱したと言っても、やっぱり狙われる立場であるのは変わらない。下手げにここから解散しようものならそれこそ帝国の手にかかる可能性が出てくる。

 せっかくの立地と条件。このままここに東国騎士団を呼び寄せ、拠点としてもらえればそれに越したことはない。だからと言って素のままでは帝国軍から来やすい場所になってしまうため、東国騎士団が到着する七日後までに城としての条件を整えておこうというわけだ。こちらには巨人族をはじめとして、人族よりも圧倒的に迅速に仕事が可能なのだから、利用しない手はない。


 まずは、この城のカモフラージュから始める。

 崖に面し、多少森に囲まれているとは言え遠くからでも見えてしまえる。そのため植物を操れる種族や植林によってここを覆い隠してしまうのだ。

 さらには潤沢にある木を使って「ハリボテ」を拵える。このハリボテはこの要塞の上部、教会部分を模倣し、それを少しずらした山肌に作ってしまう。

 そんなことをしても意味がないとは思われるが、これが意外と分からないものだ。今の時代GPSがあれば座標を間違うなんてことはなくなるが、ここにはそんなものもなければ地図は全部手書きだ。どうしたって"ズレ"は出てくる。

 それをナーゲル達学者勢と相談して許容範囲内にハリボテを設置。ついでに目の前の深い森も利用して道をぐちゃぐちゃにしてしまう。

 玄人ですら、森に迷えば同じ場所には戻り難い。あらかじめ作られていたここまでの道そのものを変えてしまえば行軍も叶わないだろう。



 どこかで聞いたが、実際にこういう街そのものをハリボテで作ってしまい、敵を騙した作戦はあったらしい。全部大学の教授の無駄話の知識だか、それが役に立つ時が来るとは思いもよらなんだ。人生何が糧になるか分からないな。



 作業量的に七日で行うのは無理のようにも思えるが、そこは人知を超えた種族の力だ。巨人族の膂力なら樹の三、四本は軽々運んでくれる。空を飛べる有翼族達も魔力や傷が癒えて十分に活動が可能。人魚族のおかげで水は困らず、統率のとれた東国騎士は頼りになる。ロープも蜘蛛族が最上の紐を編み上げてくれるし、ゴミ処理、ほか炎が必要なら竜の息吹がある。

 何より今までの過酷な労働に耐え続けた彼らに、休憩としっかりとした食事が保証された仕事は実に楽しいものになる。士気も上々。言うことなしだ。この勢いであれば七日後に余裕を持って間に合う。

 そしてこの七日間というのは、ここより直近の帝国軍駐屯地からここまで進軍するのにかかる時間だ。四騎士レイルも死ななかったとはいえ、その腕を奪うことには成功した。そうそう直ぐに進軍はない。ここの兵士も、魔鉱炉心で全て灰と消えた。

 安心して作業に集中できるわけだ。


 そんなこんなで、俺があらかじめ戦力を振り分けておいた指示通りに作業を開始する。皆散り散りに、意気揚々と仕事に向かう。


 








 そんな日々を、もう五日繰り返した。

 殆ど作業はひと段落し、もう後は最終チェックを残すのみだ。


 そんな日の昼時、俺はムーンギルに呼ばれて教会前まで連れてこられた。もうすでに即席温泉は別の場所に移され、明確に男女が分けられている。誰のせいだろうか。


 ちょっと閑散としたそんな教会の前、そこには俺が直接協力を求めた種族の皆――アトス、アソル、レチル、サティリス、ティヴァ、ナーゲル、シュリファパス、ネムルが、魔鉱炉心を置いていた台座を囲むようにして、俺を待っていた。ムーンギルもその輪に入る。


「……?」


 何事かと思い、首をかしげると、レチルが俺に何かを手渡してきた。そのつやめかしい蜘蛛の体には絹のような質感の、黒いドレスを羽織っていた。裾の部分に銀糸による刺繍が施されている。そして彼女の上半身である少女の体には、同じく体に張り付くようなデザインのドレスが纏われていた。髪もしっかり結い上げている。


 よく見ればここにいる者達は皆、フォーマルらしきな衣装に身を包んでいる。

 アトスはいつものワンピースからよりフワリとした、フリルマシマシの純白のドレス。アソルは相変わらず妖艶な、背中のぱっくり空いているドレス。ふとともが深いスリットから覗き、玉のような肌が光っている。

 サティリスは東国騎士団の正装らしい甲冑に身を包み、帝国の物ではない、不思議な反りのある刀剣を下げている。ティヴァもまた、その差に背負う大剣という装備の差はあれどサティリスと同じような装備に身を包んでいる。

 ナーゲルは格好こそローブの重ね着のままだが、シワや汚れが綺麗に整えられている。ボサボサの髪も、後ろに綺麗に撫で付けられていた。

 シュリファパスはいつも通り、煌びやかな衣装で身を包んでいる。しかしその髪は綺麗に梳かれており、いつにも増して輝きを増している。

 ネムルももう、あのひどい姿ではなく、透き通る肌と、紅蓮に燃える赤髪。生える翼も、もうくすんだ色ではなく、天鵞絨の如く滑らかな光を放っている。


「――――」


 思わず息を飲む。

 手渡されたのは、真新しい深緑色のコート。そして黒地のシャツに黒のスカーフ。それらはデザインこそ違えど、ストクードが身に纏っていたものと似ている。


「さあ、それを着て」


 近づいてきたアソルがコートとスカーフ、シャツを、俺の着ているものをするりと脱がし、順に着せていく。その動作に淀みなく、体を任せているだけであっという間に着替えが終わった。

 そして最後、残ったマントのようなもの。それをアソルに着せてもらう。

 まるでマントのようではあるが、背中を覆うものではなく、俺の右半身のみを覆うよな構造だ。それが胸元で、あの時ストクードの服から転がった銀色の魔鉱炉心を加工したブローチで止めてある。俺の右腕を覆い、ひざ下ほどまで伸びている。全体に銀刺繍と、銀の鱗のようなもので飾られている。


「これは……」


「蜘蛛の糸で編まれた服よ。鱗は私の竜鱗。燃えず、朽ちず、そして果てず……王には相応しい物よ」


「そんで、こっちも至高のもんだ」


 今度はムーンギルが、中央にある魔鉱炉心の台座に、とあるものも突き立てた。


 それは、一振りの剣だった。


 普通の剣とは違う、刃にあたる部分が透き通る蒼の宝石のようなもので構成されている。芯となる部分には白銀の鉄。美しい彫金のなされた白銀はそのまま鍔を持たずに、持ち手へとつながっていた。

 少しロングソードより大きく長いその剣は魔鉱炉心のあった台座に、まるで伝説の聖剣のように佇んでいた。


「オレがレイルの剣を持ってったのは覚えてるか? あれを打ち直して芯を作ったんだ。竜人族のネーチャンに種火をもらってな」


 ムーンギルを皮切りに、皆が剣について説明をしていく。


「そして、不肖このナーゲルが、魔鉱炉心の刃を設計させていただきました。簡単ではございますが、御身の火打ち石に宿る術式を参考に、着火による"焔剣化"が可能となっております。また、その色も、御身の持つ火打の石に宿る術式を使い、貴方様に似合う色へと変えております」


「デザインは妾じゃ。そして柄にはネムルめの羽根を用い、若造でも振れる重さにしておる」


「……うん」


 皆の解説を、剣を見ながら聴いていく。使われているのはまさに至高の素材。そして魔族が能力をフルに使った製法。目の前の剣はまるでなどというものではなく、まさに伝説の剣に相応しいものなのだろう。


「さあ、シドウ」


 近づいてきたアトスが、俺を剣へと導く。俺はストクードの帽子を深く被り直し、目尻に溜まった涙を隠した。


 みな、ここにいる最初のメンバーは、俺にこれをくれるという。それは信頼の証であり、そして王と認めてくれたことなのだろう。

 今までは、あくまで王とは名乗っていても、リーダー的な存在なだけだった。それがこうして、ちゃんとした式によって認められたというのが、たまらなく嬉しい。望外の喜びだ。


「……時々見ないと思ったら、こんなことしてたのか」


 涙をぬぐい、みんなを見渡す。彼らは頷き、微笑みを返してくれた。


 どうすればいいかは分かる。よくある話だ。選定の剣。それは「抜くこと」によって果たされる。

 柄に、手をかける。

 ひやりと冷たい感触とともに、妙に手に馴染む感覚にぞくりとする。突き立てられた剣は、ステンドグラスから溢れる光に照らされ、優美な輝きを放っていた。



 瞬間、躊躇する。資格、覚悟、決意、意味、決別、展望――。

 様々な感情が、入り混じる。でも、それも一瞬のことだった。


 何を迷う。何を憂う。この身はすでに奴隷の王。巌窟より這い出でし最弱の王。種族を束ね、世界に反逆する無謀の王。過去(おれ)に復讐する、愚昧の王。


 今更何を恐れるというのか。今更何を迷うというのか。


 答えは決まっている。



 力を込める。手に馴染む剣を上へと、高らかに引き上げた。


「我は巌窟より出でし復讐の王! この身はこの剣と仲間とともに! ここに誓いを立てる。共に奇跡を。皆が笑える幸せな世界を――! 焔剣を振るうは巌窟王――ここに在り!」



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