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束の間の休息

「……えー、それじゃ、皆温泉で疲れと汚れを落とせたと思う」


 それぞれ、手元に木製のジョッキが行き渡ったのを確認した。

 ざわつく皆を中央ホールに集め、一先ず今回の作戦の終了、そして大切なこれからのことについて話さなければならないことを話すために、皆を見渡せる場所へたち、声を上げた。少し右頬が軋むが、名誉の傷だ。そう思おう。

 皆中央にある大きな机に置かれた様々な料理に興味津々だ。手早く済ませてしまおう。


「……なんで坊主顔腫れてんだ?」


「……知らん」


 近くでティヴァとサティリスが話しているが、この際無視しよう。これ以上この傷について触れると火傷じゃ済まない。俺が。

 ぶっちゃけ湯気と片目が塞がれているせいでほとんどなんも見えなかったのだが、言い訳はできなかった。する前に意識飛んでたからな。


「……おほん。それじゃ、まずは皆、今日の戦いお疲れ様。これからここの備蓄を使って盛大に飲み食いしょう。好きなだけ、好きなものを食べるといい。俺たちはもう奴隷じゃない。虐げられることもない。奴らが蓄えた肥やしを、俺たちで喰らい尽くしてやろう! 難しい話はこの際後にして!」


 歓声と共に沢山のジョッキが掲げられる。それを掲げる者達の顔はみな笑顔だ。きっと、この中には犠牲になった巨人と蜘蛛の知人もいただろう。それでも、こうして笑っていてくれる。

 仲間の死に慣れすぎた。それもある。ここまで来るのに何人もの脱落者はいた。この作戦が始まる前に、力尽きてしまった者達も大勢いた。それでも、皆笑っている。笑い合えている。悲しむのではなく、彼らの分まで楽しもうと、笑っていてくれている。

 それが俺には、堪らなく嬉しい。


「さぁ! 宴を始めよう!」






 随分と死屍累々といった具合にみな潰れていた。この世界にも酒は当然存在しており、帝国兵士達が蓄えていた大量の酒を皆で浴びるように飲んでいたお陰で、巨人族も含めて殆どの種族が潰れてその場で寝ていた。堅物そうなサティリスも、だらしなくはないが壁にもたれて寝顔を見せている。

 ナーゲルはナーゲルでよく分からない事をずっと言い続けた後、パタリと倒れてそのまま寝てしまった。ティヴァは飲み比べを巨人族としてお互い仲良く折り重なっている。

 アトスは早々に酔いつぶれてしまっており、今は俺の背中に担がれた状態で眠っている。そもそも酒が飲める歳なのかと思いもしたが、ここは異世界。それも中世ごろの文明レベルで「お酒は二十歳になってから」も何もないという事に思い至り、俺も調子に乗ってめちゃくちゃ飲んだ。

 酔って早々、アトスがしなだれかかって来た時は焦ったが、俺の腕に抱きついたら速攻で眠ってしまい、以降宴会中はずっと俺の背中で寝息を立てていた。


 そんな中でなんで俺はふつうに状況を見ていられるのか。どうもとんでもないザルだったようで、酒を飲めども飲めども酔っている感覚があるだけで一向に理性も性格も変わらなかった。ここまでザルだったとは思はなかったけど。まさかはるかに大きい巨人族よりもザルだとは。


「シドウさんはお酒強いんですね〜」


 俺と一緒に介抱に当たっていた蛇人族の赤髪の少女。彼女もまたとんでもないザルで、俺よりも平然としている。

 助けた時よりも魔力や傷が癒えてきたのか、はつらつとしている。ゆっくりとした、のんびりな喋り方で寝ている人たちに毛布をかけていった。


「ほんと、酔い潰して連れ込んじゃおうかと思ってたんだけど、これじゃ出来そうにないわね」


 ふふっと笑いながら、これまたザルであったアソルが、あらかた介抱を終えて戻ってきた。

 

「変な冗談やめて……」


「あら、冗談じゃないわよ?」


 アソルはそのまま俺とアトスをまとめて抱きしめるように腕を絡めてきた。


「……二人きりが恥ずかしいなら、アトスも一緒に楽しいことする?」


「お父さんそういうのは許しませんよ?」


 もうあれだ、変に戸惑ったりするからからかわれるのだ。クールに反撃しよう。めっちゃ声うわずってる気がするけど。


「仲良しですね〜」


 蛇人族の子もヘラヘラしている。多分元々はこういう性格の子なのだろう。マイペースというなんというか。

 というよりも、アトスが男だったというのは知らなかったのは俺だけなのだろうか。皆な普通に男と認識してたよな。


「天使族さんは、どっちでもあるらしいですよ〜」


「ええ。男も女も美しい種族なの。そして性別という感覚が希薄なのよね。男同士でも女同士でも子供はできるし恋愛もするのよ。まあ、アトスみたいにどっち付かずな見た目の子は私も見た事ないけど」


「…………なんかもう、いややっぱいいや」


 天使族の不思議な説明を聞いて、男同士でどうやって子供作るのかと一瞬疑問がよぎったが、なんか聞いたら帰れそうもないのでうっちゃった。


「……実践してみる?」


「お父さんそういうのは許しませんよ?」






 酔いつぶれた者達を介抱して、今日は一先ず寝ることにした。もちろん見張りは酔いつぶれなかったもの達で交代して付けているが、この森に囲まれた要塞を夜中に攻めてくる事はなさそうだ。見晴らしが良く明かりが目立つこの夜に攻めてきても早々に撤退できる。その事も考慮して帝国は攻めてくることはないだろう。


 汚れた牢屋で寝るわけにもいかず、そのまま避難所のように中央ホールに寄り集まって寝ている。横になり、毛布を被り、静かに寝息を立てている。巨人族で一番体の大きい奴が一人いびきをかいているが、まあ静かに寝ている。いややっぱうるせぇけど。


 それでも久しぶりの、気を張らない睡眠は泥のようで、誰一人として起きる気配はなかった。


 誰にも邪魔にならないように、一人魔鉱炉心の陰でランプ片手にここのマップに印や文字を書いていく。明日から始める仕事について、ある程度は効率よくできるようにまとめとかなくてはならない。

 カリカリと、筆を走らせる。もう随分と万年筆タイプの書き物でもスラスラと書けるようになってきた。文字も最初は汚かったが、今は多少の癖はあれど、ストクードに教わった形に近くなっている。


 何気ない、自分の成長に少し頬を緩めながら作業を続けていると、後ろで人の立つ気配があった。


「……起こしちゃったか? アトス」


「……ううん。シドウは、何してるの?」


 俺のそばまで来ると、マップを覗き込む。


「今日くらいは、早く休んだほうがいいんじゃない? 今までもずっと起きてる時もあったし……」


 心配そうに見つめて来るアトスの頭を撫でながら、笑いかけてやる。


「……こんなんでも、王だからな」


 俺の答えに、アトスは少し寂しそうに笑うと俺のそばに毛布を持ってきて、そこで丸くなった。

 そのまま俺の膝に頭を載せるようにすると、甘えるように俺の手を握り、もう片方の手を俺の左目の辺りに優しく這わせた。


「……左目、治らないね」


「……そうだなぁ」


 俺の左目は、変色してしまっていた。レイルを溶かした魔鉱炉心の暴発。あれに左目辺りを焼かれてから、痛みや火傷はアトスに直してもらえたが、目の色とその辺りの髪の毛が白っぽく変色してしまった。

 何度かアトスに治療を頼んだ、痛みや火傷跡は治っても、この変色だけは治らなかった。

 ナーゲル曰く、魔力に被爆したことによる変色で怪我の類ではないからアトスも直せない。ということらいし。

 特に視力にも何の影響もなく、何かの力に目覚めてしまったわけでもないので気にしていないのだが、アトスには心配をかけてしまったようだ。


「平気だよ……ちゃんと見える。問題ないさ」


 そう言って、もう一度アトスの頭を撫でてやると、アトスは少し笑い、そのまま目を閉じた。


「……無理しちゃダメだよ? おやすみ、シドウ」


「…………ああ。おやすみ」




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