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憩いの湯

 まあ、奴隷とは言え男女を同じ牢屋に入れないよね。なんで気付かなかったんだろうね俺は。 



 まあ、そんなことはどうでもいい。

 今はとにかくどこを見ていいのかわからない。


「ふう……シドウ! 行こっ!」


 あらわになった体の前にタオルを当てながら、アトスは俺の手を引いて歩いていく。

 真っ白な体。まるで華奢な人形のような透き通る肌に、湯気がしっとりと張り付いている。

 つながれる手も柔らかく、その体に骨ばった部分など一つもない。どこもかしこも、すべてが美少女の風体だ。ちらちらと移る臀部からくびれにかけての曲線はどう考えたって女性の骨格そのものであり、ゆらゆらと揺れる白金の髪も、絹のように美しい。


「――ああ~~。あったか~い」


 アトスの気持ちよさそうな声が聞こえる。今はもう全力で首を横に向けているが、なぜか俺の目は意志に反して彼女――彼? の姿を追ってしまっていた。

 確かに胸のような感触は、今まで感じたことはなかった。いや、直接触ろうとかしたことないので単に服とかに埋もれてしまうつつましいものだったのだろうと思っていた。小柄で、華奢だし。


「――――ふぅ」


 体温が上がり桃色に染まった頬を、お湯をかぶり滴る水。それはアトスの首筋を伝い、鎖骨のくぼみへとたまっていく。

 不意に胸元に充てていたタオルを取り、自分の体を洗うためにこすりだした。とっさに目を背けてしまう。いや、目を背ける必要はないのだろうが、倫理的には。俺の反射がそうさせてしまった。背徳感しか感じない。


「――――ねぇ、シドウ」


 手をついて、アトスが俺のそばまで顔を近づけてくる。


「背中、流してあげようか……?」


 俺のタオルを手に取り、そう、上気した顔で聞いてくる。その貌を見てしまってから、後悔する。

 濡れて張り付いた髪、桃色の頬と、お湯と湿気で濡れた瞳。体制の所為で絶妙に見えない状態で、それをやられると――。


「…………」


 無言で堪える。いや、何をこらえるのかと。何もやましいことはないじゃないか。ただの大衆浴場の一場面だろうに。なにをこんなにドキドキしている俺の心臓。

 隣を、体を洗い終えたムーンギルが「何してんだお前ら?」と言いながら通り過ぎていった。

 柔らかな笑顔のまま、アトスは首をかしげる。そのかわいらしいしぐさに、もう限界だった。


「あああああああああああああ!!」


 もう一気に自分の体をしっかり洗い流し、もう風呂に入れる状態にしてからダッシュで浴場へ向かった。もうこれ以上アトスと二人で体を洗ってるのは無理だった。


「そぉい!」


 そのままの勢いで飛び込む。周りにいた奴らにおもっいきりお湯がかかったことで、テンションの上がり切っている男どもはそのままはしゃぎだした。

 やりやがったな! なんて笑いながらバシャバシャとお湯をかけあいまくった。俺ももう変なテンションになっており「くははははははははは」とか笑いながらそれに喜々として参戦していった。






 しばらくして精神状態も落ち着いてきて、ゆっくりと湯船につかることにした。ムーンギルのデコピンももう受けたくないし。


「あ゛あ゛~~~~~」


 変な声が出た。が、仕方ないことなのだ。我ら日本人の遺伝子がこの安らぎとぬくもりに抗うなと訴えてくる。ここ数か月余りの、すべての疲れと汚れを溶かし切ってくれたようで、もうここで力尽きてしまうんじゃないかというくらいに脱力した。


 湯船は乳白色のお湯で、どうやら付近にある森からネムルたち有翼人が薬草を取ってきてくれたようで、それで色がついているらしい。そこらに浮かんでいる、少しとげのある肉厚の葉っぱがその薬草なのだそうだ。香りもよく、できることなら毎日入りたい。


「……あ゛あ゛~」


 湯船の縁に頭を置いて全身を伸ばす。となりにはムーンギルとアトスがいた。いや、もうそろそろなれた。お湯が色ついてなかったら危なかったけど。アトスも小さいせいで首から上しか出ていない。まだ、まだ俺の理性は持ってくれている。


「……ああ~~」


 アトスも俺のようにふやけた声を出している。ムーンギルも鼻歌なんか歌っている。


 というか、俺だけがおかしいわけじゃなく、普通に人間族の男はあまりアトスに近寄ろうとはしていなかった。他の種族の男はなんも気にしていないようだったが。ティヴァとか「ほら、な?」とか言って遠くの湯船でくつろいでるし。

 いや、でもやっぱり緊張するって。どう見たって美少女だもの。俺も目をそらしてきたせいで重要な部分を見たわけじゃないのが余計に背徳感しか生まない。

 そんなんでもお湯の乳白色のおかげで大丈夫になった。もうオッケー。問題ない。


 アトスとムーンギル、俺で三人して鼻歌なんかを口ずさんでいると、板の向こうから同じ鼻歌が重ねられてきた。

 どうやらシュリファパスの鼻歌のようだ。その心地よい音に浸りながら、俺も鼻歌を唄っていると、今度はアソルの声がした。


「王様~。そこにいるの~?」


「……ああ」


 そこってどこだと思いながら、緩んだ頭で適当に返答すると、「よーし」という声と共に、俺の体が浮いた。というよりとんだ。


「――――え」


 肩にかかる糸があっという間に、俺を仕切り板の向こう側へと釣りあげていってしまった。軽いジェットコースターのような体感に目をまわしていると、今度はバシャンッ! と水に突っ込む感覚があった。


「――――ぷはっ」


 何が起こったのかと自ら顔を出し息を吸う。それと同時に当然目を開くが、そこには、まあ、うん。肌色の楽園があるわけで――。


「ご到着~」


 そういったアソルに背中から抱きしめられながら、その光景に男としてのわずかな幸福と、次の瞬間に来るであろうサティリスとレチルとシュリファパスの猛攻に歯を食いしばる。基かみしめる。



 ――久しぶりに、気を失った。

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