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残酷な真実

 昇降機を登ると、何人かの東国騎士や比較的元気な巨人族たちが何やら大工仕事のようなことをしていた。

 朝日に照らされた教会の前には、一枚の巨大な板が立っており、それが教会の玄関、というか教会の中まで真っ二つに区切っている。そしてその板で分けるように、大きなくぼみにたまった、湯気を立てるお湯が張ってあった。


 元の世界でよく見たことのあるその構造と光景に、開いた口が塞がらない。なんだ? ほんとに風呂だこれ。温泉みたいだ。


「あの魔鉱炉心の熱でこのあたりの地層水が熱せられてな。いい感じに(ぬく)い風呂になったんじゃ!」


 相変わらずのうきうき気分でシュリファパスが自慢げに胸を張る。いなかったと思ったら俺が下に降りた後にこんなことしてたのか。

 いや、ありがたいし、申し訳程度に板で区切られているから男湯女湯で分かれちゃいるが、それでもこの世界の文化的にはオーケーなのかこれ。


「……風呂じゃぞ?」


 シュリファパスは俺の困惑した顔を見たのか、小首をかしげて聞いてくる。反応がないのがそんなに意外だったのだろうか。ということはこっちの世界では風呂は普通にあるし、こういうタイプの風呂も当たり前なのか?


 そんなことを考えていると後ろからまた昇降機で登ってきた女性たちが歓声を上げる。あ、意外と受け入れられている。じゃあ特に問題はないのか。


「……少し、男女の分け方が雑じゃないか……?」


 サティリスが渋い顔をしている。やっぱりそうは思うのか。


「なに、覗く者など居るまいよ。そんな命知らず」


「……それもそうか」


 絶対に覗くことだけはしないと心に誓いながら、俺はそのまま教会の中へと引きずられていった。

 引きずられた先は教会の男湯のほうで、どうやらこの奥に続く場所に体を洗う場所を設けてあるようだ。そこでの説明を簡単に聞いて、男湯の統率を俺に取らせる気らしい。まあ、覗こうとするような奴もいないだろうし、いいか。


 シュリファパスたちはそのまま女湯のほうへと向かっていった。もう着替えの準備もできているようで、娼館の余っている服や、すでに洗ってある服たちを持ち込み終えているらしい。俺は男衆を呼んで来いと言われた。

 まあ、風呂に入れるのであれば大歓迎だ。この体の汚れを何か月かぶりに洗い落とせるのであればこんなにうれしいことはない。ちゃんと体を洗ってからご相伴にあずかろう。


 とにかく着替えとかは下に用意できているらしいので、それぞれあった服を持ってこいとのことだった。



 そんなこんなで、一人昇降機への道をたどっていると、まぶしい太陽に目をしかめながら俺はある事実に気づいてしまう。

 そう、太陽が、俺の目に光を当てているのだ。最初は何の違和感もなく受け入れていた。

 この世界にも、東西南北の概念があった。だからこそ、この山の向こうは東国と呼ばれている。そう、つまりだ。今俺は、昇降機へと進んでいる俺は地図で言えば西に進んでいることになるのだ。

 別にあの太陽は落ちようとしているのではなく、今も絶賛昇っている最中だ。まだ頂点には達していないが、もうそろそろ昼頃になる。つまりだ。気付いてしまった。


 太陽が、西から昇っているのだ。


「…………ああーああーーああー」


 いや、もう幾度となく異世界だという理解はしていたはずなんだが、こうもありありとおかしいことを見せつけられると、戦いが終わって気を抜いた今には余計に響く。何から何まで元の世界と違うことに、もうそろそろキャパシティがオーバーしそうになるが、頭を振ってもう一度太陽を見る。


 以前、西側から上がり続ける太陽。


「――――まあ、異世界だしな」


 そう笑って済ませた。俺も結構強くなったと思う。






 下にいる男どもに風呂ができたと声をかける。すると歓声と共に、起きれる奴隷たちを起こして皆がいそいそと着替えをもって騒ぎ出した。

 なんか大衆浴場の一場面を見ているようで、太陽が西から昇ろうが月が二つあろうが、こういうのは変わらないんだなと、軽く安心しつつ俺もホールに置かれていた着替えをもって昇降機へと急いだ。


「まって~。シドウ~」


 パタパタとアトスが足り寄ってくる。どうやら合う着替えがなかったようで時間がかかったのだろう。隣にきたアトスに微笑みながら、昇降機を上げた。

 男たちは皆興奮しているようで、楽しそうに語らいあっている。その喧騒は心地よく、救えたものが確かにあったのだと思えた。

 

「おふろ、楽しみだねシドウ。ボク大きなお風呂は初めてだよ」


「そうだな」


 まるで小さな子供のようにはしゃぐアトスに癒されながら登り切った昇降機からぞろぞろと降りていく。俺が下りる前よりも女湯側の板が補強増殖しているが、まあ、信頼されていると思いたい。


「んじゃみんな。体を奥で洗ってから風呂入るよーに」


「「「おおーーー!!!!」」」


 男たちは意気揚々と服を脱いでいく。まだ更衣室ではないのだが、上半身を晒した男どもはたったか奥の洗い場まで走っていった。


「……なんか、恥ずかしいね?」


 照れた笑顔を浮かべながら、アトスはそのまま俺の横を歩いている。

 

「…………」


 そろそろ、いっとかないとなんかこのまま付いてきそうだな。


「アトス。女湯はあっちだぞ?」


「……? うん」


 不思議そうに首をかしげるアトスは、そのまま俺の後について来ようとする。


「いや、だから……アトスは、あっちだろ?」


 女湯のほうを指さす。するとアトスはちょっとむくれながら、


「ボクがあっちに行っちゃ覗きになっちゃうじゃないか! 怒られちゃうよ!」


 と言った。

 ――ん? どういうことだ?

 一瞬にして真っ白になった頭に、低く響く声が入ってきた。


「……まったく。あいつらはしゃぎやがって……。ほら、大将もアトスも早くいかねぇと風呂埋まっちまうぞ」


 ムーンギルが俺とアトスを通り過ぎてその巨体を教会の入口へと入れていった。

 アトスに向き直る。アトスは待ちきれないといった様子で俺の手を握っており、その手は小さくやわらかい。


「ほら! 行こう!」


 はじけるような笑顔を浮かべたアトスに手を引かれながら、俺たちはそのまま男湯へと入っていった。

 


 思い起こされる、ストクードの顔。その顔は笑いをこらえている、いつものいたずらっぽい顔だった。


『なあ、アトスってなんで自分のこと”ボク”って呼ぶんだ?』

 

 いつかの記憶。アトスがいない時になんとなく聞いた疑問。


『ああ、それはな、あれじゃよ。あー、自分を男性の一人称で呼ぶことで”あなたに気がありませんよ”とそれとなく伝える貴族のご息女のテクニックじゃよ』


『……へー』


 今にして思えば、所々笑いかけて詰まっていたような気がする。そして俺がアトスにどぎまぎしていると必ず手を顔に当てて笑いをこらえていた、あの老人のいたずらな笑顔。







「――――ストクードォォォ!!!!」


 太陽が西から昇ってんのとか、どうでもよくなるくらいの衝撃が、もしかしたらこの世界に来てから最大の衝撃が、俺の心を襲った。

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