白光の騎士
昇降機に戦闘要員だけを乗せて起動する。少しぎこちない動きではあるが、きちんと動いて全員を中央ホールまで運んでくれた。
魔鉱炉心を水の力を使って打ち上げる際、中に入っている水のいくらかをシュリファパスが昇降機側に流したため、鉄扉は閉まってしまっている。が、今は鉄でできた扉程度、何の障害にもなりえない。
体が大きくて屋上で待っているムーンギルを除く何人かの巨人族たちの力の前には木の扉も同然だ。すぐさま開け放つと、地面が濡れた状態の中央ホールと、その中心地点で兵士たちを次々と捕えているストクード達の姿があった。
こちらにも何人か巨人族が残してあり、彼らの膂力と堅牢さは『聖王の加護』を持ちえない兵士たちでは碌に止めることなど叶わない。巨人族たちが気絶させた、もしくは動けなくした兵士たちを蜘蛛族が手早く簀巻き状態にしていく。兵士たちはもうすでに散り散りの状態で、碌に腰が入っていない。もう絶体絶命だとでもいうように振るえる剣を構えて突っ立っているだけだ。
しかし、恐怖や緊張状態に耐えられなくなった兵士たちは突撃を慣行し、そのままストクード達に捕らえられ、周囲の床に転がされている。
もう瓦解しており、とても立ち直れる状態ではない。その姿に表情に出さないまでも安堵しつつ、俺たちはそのまま彼らのいる場所まで走り寄っていった。
「ストクード、ティヴァ! 待たせた!」
「坊主! すげえ音だったな!」
ティヴァが笑顔でこちらに手を上げる。少し高い場所にあるそれに手を打ち合わせつつ、ストクードを見やると、かすかに笑顔を浮かべているだけで、当然だとでも言いたげだ。この老人は、本当――心の中で苦笑しつつ、俺たちはそのまま今この場所の現状について軽く見渡して情報を得る。その間、俺たちの中央に陣取ったアトスがまた例の輝きを起こし、ここにいるものたちの傷を癒していく。簡単な応急処置だが、皆目に見えて士気が向上していっている。ほんの少しでも、癒しというのは心強い。
どうやら中央ホールの南側、外へと通じる道をふさいでいた岩石が流水か魔鉱の暴発の影響でずれてしまっていたらしく、そこの前を一人の巨人族と二人の蜘蛛族が立ちふさがって兵士たちの逃走を防いでいた。
「すまねぇな、坊主。何人かそこを通しちまった。まあ、大したことはできねぇだろうが」
「ああ、大した問題じゃないじゃろう。あれだけのことをしたのだからいずれ帝国側に情報は行くだろうし、『聖王の加護』のない状態でこの周りの森を抜けられはしないだろう。随分深い森だ。何の準備もなしに徒歩でどうにかできまい」
ストクードはそういって笑う。彼らが言うのであれば問題はないだろう。
簡単に現状を理解したところで、俺たちはそのまま彼らと昇降機まで走ろうと命令を出す。特に問題なく、欠けることなくいてくれた。最上だ。そのまま上まで行ってしまえば、もう兵士たちにできることはない。
その前に、今ここでできるだけフン縛っていくだけだ。
数的には以前不利な状況だが、一人一人の質が違う。どれだけ数がいても、奴らが雑兵だとすればこちらには呂布が何人もいるようなものだ。負ける道理はない。
といっても、兵士もある程度の武装はしている。中には人間の奴隷もいるのでひたすらに突っ込んで圧倒することはできない。だからといって向こうから来るのを待っていたら日が暮れる、もとい日が昇る。できるだけ怪我無く、そして大量の兵士を戦闘不能にする為に、もう一つ、あらかじめ考えておいた作戦を実行する。
「よし――。ファランクス!」
そう声を上げる。すると俺たち側の人たちがそれぞれいくつかのグループに分かれる。それぞれのグループには、巨人族が二人いる。その巨人族がクラウチングスタートのような姿勢を取り、その背中に蜘蛛族、その懐部分に短剣と盾を構えた人族やほかの魔族たち。
――大学の講義とは、本当に様々な雑学が身に着く。それがマニアックな教授の物であればなおさら。
思わず笑ってしまうような、実際に大昔に行われた戦法……。戦法って言っていいのか微妙なラインだが、古代の人々がやってのけた守りと攻撃の一体技。古代ギリシャの歴史講義の教授曰く最高の脳筋戦法――。
「――突っ込めえええぇぇ!」
「「「うおおおおおおおおおお!!!」」」
合図とともに、雄たけびを上げてグルーブごとに放射状に壁に向かって突進していく。俺たちが加わることで丁度まんべんなく広がっていくことができる。まるでブルドーザーのようにその途中にいる兵士たちを轢いていき、はじかれていった兵士たちが巨人族の上に構えている蜘蛛族たちによって捕縛されていく。鋼の筋肉と大質量。巨人たちの腕が盾となり、奴隷とは言え今まで過酷な環境で生き抜いてきた者たちの本気の突進は『聖王の加護』に頼り切った軟弱な兵士たちを押しつぶしていく。捕縛に重要な蜘蛛族たちも、巨人の背に隠れて攻撃できない。敵はそのまま逃げようと散るだけで、もはや抵抗の意志すら見せていなかった。
それでも討ち漏らした敵は俺たち中央に控えるサティリスを含む東国騎士の皆が取り押さえていく。俺も、剣の腹の部分で敵の膝や側頭部を叩き、動きを止めたところで拘束する。剣術とは言えないが、振り回すだけなら十分にできた。
重装歩兵走り――少し違うが、まあ便宜上、スパルタも使っていたというこの名を使わせてもらおう。この戦法により大方の兵士たちをとらえることができた。あとはこのままこちらがもう一度集合して体制を立て直すまで転がしておけばいい。残った兵士たちではもうどうしようもできないだろう。南側の通路さえふさいでしまえば、もう奴らが逃げることはできない。
それぞれファランクス隊形のまま、中央に戻ってくる。そのまま、南側の蜘蛛族二人と巨人族一人を残して昇降機へと走る。全員は乗り切れないが、もうこの状態であれば何回かに分けて運んでも大丈夫だろう。残った三人には南側の通路をふさいでから出てきてもらうことにした。丁度、周囲には岩やらが大量に転がっている。蜘蛛の巣と合わせてそんなに時間はかからないはずだ。
「よし、一つ目の班はそのまま上がっていってもう一度アトスの治療を受けてくれ」
アトスを入れて三分の一くらいの人数を上へと上げる。一応半分くらいは乗れるのだが、巨人族の数や重さによる昇降機へのダメージも考えて小分けにすることにした。ナーゲルが操作盤を操作し、そのまま一度昇降機は昇って行った。初めて昇って行っているところを下から見たが、どうやらねじのような構造をした巨大な支柱がぐるぐると回ることによって昇降しているらしい。ほとほと原理はわからないが、それなりの大きさの魔鉱炉心があり、そこに膨大な術式が刻まれているらしい。
――いつか魔術を学び、多少でも使えるようになれればいいなと、そんなことを考えながらもう一度中央ホールを見渡した。
もう立っている兵士はおらず、拘束されておらずとも、もううずくまって震えているだけだ。もう、俺たちに暴力を振るってくる様子はない。
本当に、『聖王の加護』だけに頼り切っているのだと実感した。加護が使えなくなっただけでこのありさまだ。まあ、それだけ『聖王の加護』があれば事足りてしまうほどに、強力な魔術なのだということでもあるのだが。
その仕組み自体は、誰もわからないらしい。現聖王が考案したということ以外、その術式を解したものはいない。誰も疑問にも思わず、その恩恵を享受しているのだそうだ。ナーゲルはそこで興味の向くまま加護を調べようとしたところ、ここに連れてこられたらしい。それだけ、やはり重要なものなのだろう。この術式の研究も必要かもしれない。幸い、上に巨大なサンプルがある。ナーゲルも喜々として調べるだろう。
一応、周りを注意しながら昇降機が下りてくるのを待っていると、ほどなくして支柱が動き、ナーゲルだけが乗った台座が現れる。
「さあ、行こう」
ストクードと、何人かの戦闘の心得がある魔族を残して俺たちは昇降機へとのる。ティヴァとサティリスも残る。昇降機から最後昇る組は、不測の事態にも備えて戦力を強めに、というストクードの案だ。騎士であったという彼の言葉に逆らう理由はなく、俺は素直に昇降機に乗りナーゲルに操作を頼む。
「……?」
操作を任せてから、少し時間がたっても昇降機が動かない。どうしたのだろうとナーゲルを見ると、ナーゲルも不思議そうに、もう一度操作盤をいじっているところだった。
故障したのだろうか? だとしたら中央ホールから脱出しなくてはならないが、少し時間がかかってしまう。早めに決断を出そうとどうしようかと思案を始めると、その思考はストクードの怒号に止められた。
「ティヴァ殿、サティリス殿! シドウと一緒に上へ!!」
その声にはっとして中央ホールへと向き直ると、ストクードだけが南側の通路を凝視している。視線をたどり、俺も視線を向けると、人間の背の高さ程度までふさがれているその通路の前には、変わらず巨人と蜘蛛族の三人。特に変わりはないように見える。しかし、彼の慌てようは異常だ。牢屋でもあんな彼を見たことはない。サティリスとティヴァもそうなのか、少し驚きながら、ストクードに声をかける。
「……? なんだストクードのおっさん。どうしたってんだ!」
「いいから走れ!! シドウを守れ!!!」
その眼光には冷たい金色の輝きが湛えられ、その表情にはさらに深く皺が刻まれている。その皺からはこの遠目からでも強い緊張が見て取れる。
それをより間近で見ていたサティリスとティヴァの二人はそのままこちらに走り寄ってくると昇降機へとのった。それをちらりと確認したストクードはそのままさらに大声で告げる。
「死にたくない者は昇降機へ急げ! ナーゲル殿、お主の判断で昇降機を上げろ!」
「……ストクード?」
その尋常じゃない態度に、彼の周りにいる魔族たちはきょとんとしている。この必勝の状態から、なぜこんなにもこの老人はうろたえているのだろうと、そんなふうに言うように。
その答えは、すぐにわかった。最悪の事態が、起こっていた。
物音に、反射的にそちらに目をやる。そこは南側通路のほう。そこには三人の、魔族”だったもの”があった。
皆、巨人も蜘蛛も、その半身がきれいさっぱり無くなっていた。正確には、そのそばに転がっていた。鮮血すら流れず、まるでマネキンのような静かさで――。
「――――――――は?」
あまりのことに、間抜けな声が出た。さっきまで岩を積んでいた魔族が、いつの間にか物言わぬ死体に変わっている。何事かと脳が状況を処理しようとフル回転するが、答えは出ない。そんな俺を笑うかのように、彼らの断面からやっと気づいたかのように勢いよく血が噴き出した。
「――全く、これでも聖王様の配下の者か――」
ひどく静かな、この空洞の場所に、低い男の声が響いた。まるで地の底から這いあがるかのようなその声に、本能が”やばい”と警鐘を鳴らす。足が震え、無条件に汗が噴き出す。一気に、のどが乾ききる。
ガラガラと、ふさいでいた岩が崩れていく。それは崩れるというよりも、斬られて倒れていく、そういった崩れ方。不自然に直線的な一線が横に走り、そこから上が支えを失い崩れていく。
現れる、通路の向こうの影、それは今断ち切った壁を跨ぎ、こちらへと姿を現した。
「情けない――生きる価値なしと鑑た」
体躯二メートルほどの、白銀の甲冑に身を包んだ、たった一人の騎士がいた――。