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逆転

 燃え盛る蒼い星、魔鉱炉心の暴発は膨大な魔力をその場で消費し、いまだに燃え続けている。それはまさしく太陽のようであり、月と星の明かりだけのこの世界をまるで昼のように明るく照らしていた。もうすでに爆風と爆音は止んではいるのだが、それでもあの炎はとどまることなく燃えている。

 炉心は俺たちのかち上げと、爆風の衝撃でたいそうな高さまで吹っ飛んでいるようで、いまだ降りてくる気配はなかった。


「みんな、無事か!? 無事なら走れ! 落ちてくるぞ!」


 俺はそう叫びながら、爆心地、つまり上空の炎から遠く離れるように走りだす。このまま着火した付近にいたままでは当然落ちてくる魔鉱炉心に潰されてしまう。皆の様子を一度見回して確認し、そのまま手を必要としているものの手を引きながら中心点から離れていく。皆離れていく中、しかしその中心点に二つ、影があるのを見て取った。そこにはムーンギルとアトスがいた。


「――できるか?」


 その言葉に、彼ら二人はこちらに笑みを返す。アトスは柔らかな、ムーンギルは不敵な笑みをそれぞれその顔に浮かべる。予定通り、ではある。しかし、あれだけの質量、そして高さと速度が合わさってしまっている今の状況で本当に耐えられるのかというのが、話だけでは心から信じられない。

 いやしかし、信じるしかないのだろう。彼らが、できるといったのだ。やってもらうしかない。俺はそれを信じて、その決断を下すだけなのだから。


 ふと、上空の光が弱まると同時に、中心点の彼ら二人に影が差し始める。上を見上げればそこには徐々に大きくなる魔鉱炉心の影。


 再び二人に目を向ければ、そこには落ち着いたアトスとムーンギルの姿。アトスは何やら手を前で組み、祈るようなポーズをとっている。

 一抹の不安――しかしそれも次の光景にかき消された。


 アトスを中心として、まるで巨大な魔法陣のような光の線が形成されていく。魔術の術式とも、俺が知るファンタジーの魔法陣とも少し違う巨大な円。それは離れている俺たちのいる足元まで広がり、ぶわっと、白く強く輝きだした。

 その光にはまるで春の陽光のような温かさがあり、そのぬくもりはまるで体の芯まで入り込み、邪なものを全て洗い出してくれるかのような光だった。その光は規模こそ違えど、何度も見たアトスの魔法と同じ種類の物だった。強い輝きではある物の、その光はまぶしいものではなく、優しい色を持っていた。


 しかし、彼女の光が最高潮に達した時、もう息をのむ暇もないほどにまで魔鉱炉心は落下してきていた。それでも、目を閉じることなく目の前の光景に集中する。彼らを、信じる。俺にできることを、最大限に。もし、本当に万が一ダメだったとしても、その姿を永遠に背負っていくために。


 それも、どうやら杞憂で終わりそうだ。


 どん――!


 まるで腹の底を抉る様に、足から、耳から、皮膚から音の振動を伝わって昇ってくる衝撃と共に、魔鉱炉心は落下した、いや、正確には落下しきってはいない。一メートル、その程度ではあるが、間違いなく魔鉱炉心は宙に浮いていた。たった一人の巨人によって、それは支えられている。


「――――ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 咆哮、それと同時に、周囲にいた巨人族たちが駆け寄り、隙間に手を差し込みその雄たけびに同調する。その場のものたちが気おされてしまうほどの咆哮は、まるでこの山そのものが震え、声を上げているかのように。


「「「おおおおおおおおお――――!!!」」」


 そのまま魔鉱炉心は中央の昇降機付近からもう一度宙を浮き、そのまま人のいないほうへと投げ飛ばされた。

 さっきまで魔鉱が潰さんとしていた中央には、一人の肌の黒い巨人が、そのこぶしを固く握りしめて咆哮していた。それにまた、周囲の巨人たちが声を上げる。


「――だあ! こんくれぇ! 余裕! だあ!!」


 まるで余裕そうには見えないが、そう言ってこちらに親指を上げる仕草をしてくるムーンギル。それに俺も笑いながら親指を立てて返す。アトスはどうやらその小さな体をもっと小さくしてプルプルと震えていた。まあ、あんな場所にいたら嫌でもそうなるだろう。とりあえずその無事な姿を見て笑みがこぼれる。

 いったん避難していた場所からそのまま昇降機へと皆が再び集まってくる。その間、魔族の皆は思い思いにその力を使って自分の手首と首についていた枷を外していく。


「ふう……やっと首輪が外せたわ。窮屈で嫌なのよね……ほんと、久しぶりの感覚だわ。まるで裸になった気分」


 アソルがそう言いながら自分の首輪を手元で出した炎で融解させながらあるって来る。そのそばでネムルとほかの有翼族たちがほかの魔族たちによって枷を外されていっている。

 

 皆、奴隷の証といえる枷を外した姿を、どんどん取り戻していく。まだまだ着ている物はみすぼらしかったりするが、それでも、この手枷と首枷がついていないだけでも、”解放”したという実感を、俺に与えてくれる。

 

「シドウ!」


 俺が中央に着くと、縮こまっていたアトスが飛びついてくる。さっきの巨大な、枷を外したアトスの力――。落とされたムーンギルの腕を接着し元通りに動かせる状態にまで瞬時に戻してしまえるほどの治癒力には正直知っていても驚いてしまう。前もって聞いていた治癒力に期待していたとはいえ、ここまでとは思わなかった。隣で巨人たちと雄たけびを上げあっているムーンギルの手首部分には傷跡すらない。

 俺はそんな彼らを見ながら、アトスの首にかかっている枷を外す。魔術の効果がなくなってしまえば外せないものじゃない。次いで手にある腕輪も外してやる。

 そこには、いまだ微かに先ほどの光を湛えた、まさに天使のような少女が立っていた。

 周りには、少なくとも笑顔である”元”奴隷たち。

 これだ――これが見たかった。俺がここに立っている理由。ここまで歩いてきた理由。

 あとはこの姿を、もっとよく、もっと長く継続させることが俺の責任だ。ここまで持ってきたのだ。連れてきたのだ。そのまま最後まで、俺がこの魂を賭して導いていかなければならない。そのためにも、今ここで安堵からの笑顔を出してしまってはダメだ。もっと、もっと先に、その思いは取っておいておかなければ。


「よし……。ストクード達を迎えに行くぞ」


 昇降機を見れば、まだ使えそうだ。水にぬれていたり多少台座部分に亀裂が走ってはいるが、ナーゲルが操作盤をいじっているところを見るとまだ使えるようだ。

 本来の作戦であったらそのままこの山の崖を下って行って本来の要塞入り口から攻めいる算段だったが、昇降機が使えるのであればそのままこれを使うほうが早い。水流である程度弱らせているだろうし、今はストクード達と残っている魔族たちも『聖王の加護』による枷が働いていない。大丈夫だろうが早いに越したことはない。そのまますぐに俺たちは昇降機にのり直す。


「ネムル、レチル、有翼族と戦闘担当じゃない蜘蛛族はこのまま頂上で待機させておいてくれ。これからもしかしたら多少の戦闘がおこる。直接戦闘に向かないお前たちはここで見張りと少しの休養を」


「わかったわ。しっかりやるのよ」


「……ん」


 二人がうなずき、自分たちの種族のものたちに待機を命じていく。もし天使族がアトス以外にもいたのならここに置いていきたいのだが、今はより怪我をしている可能性の高いストクード達囮組を優先するためにアトスはこちらに連れて行こう。あの回復力は本当に頼りになる。


「気をつけろよ、若造。先の爆風や振動で下の水が外に流れ出でしまっておる。気配がないからな――兵士たちも『聖王の加護』が使えない状態とはいえ自由に動けるようになっとるぞ」


「ああ、わかった」


 シュリファパスの言葉に頷き、自分の腰に下げられたロングソードの柄に手をかける。いや、ストクードの言葉を思い返すなら俺がこれを抜くことはないのだろうが、それでも、心構えだけはしておかなければならない。命令ではなく、自身でこれを人に向ける覚悟を、しておかなければならない。


 ストクードは、なんとなくわかっているのだろう。俺が目的のためなら手段を選ばない奴だと。

 最初の七人を殺したとき、その死を目撃した時、俺は思った。意外と感慨も何もないのだと。どこか壊れた、手段を選ばない俺はこうも思った。これなら”何人殺そうと変わらないな”と。

 悪道にも、正道にも落ちる――そのストクードの言葉を、思い出す。だからこそ、俺がこの手で殺すのは『聖王』ただ一人でなくちゃならない……そういう心構えでいろということなのだろう。


 だからといって、剣を抜く事すらためらってはダメだ。だからこそ、今からは最低限の覚悟を、もっていかなければならない。


「……王よ、準備が整いました」


 ナーゲルのその言葉に、少し考えこんでいた頭は切り替わる。さあ、ストクード達を助けに行かなければ。彼らを回収し、今ホールに残る兵士たちを全員戦闘不能に追い込むことで、この要塞をひっくり返すことが完了する。あと一息、それで俺の復讐ねがいの第一歩が果たされるのだから――。

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