叛逆の狼煙
「……ああ、大丈夫だ。よく聞こえる。どうぞ」
薄い木の皮を丸めて作ったコップのようなものを耳に当て、俺はもう一つ持っている木のコップにしゃべりかけた。
遊んでいるわけでもなく、これはそういう通信機だ。途中で断線した瞬間に使い物にならなくなるため、この最初の通信のみに使用する使い捨ての通信機。聞こえはいいが原理はただの糸電話だ。
しかしただの糸電話ではない。そんなものでは長距離の通信などできるはずもない。ではなぜできているのか。この電話に使われているのは蜘蛛族の中でも細くしなやかな糸をつむぐことのできるものに頼んで作ってもらった特注品だ。それを洞窟の壁の下のほう、毎日少しずつ増やしていったこれまた小さなリング状の蜘蛛糸の間を通してできるだけ接地面を少ない状態を作る。そこの近くに小さな魔鉱炉心を埋め込み、ナーゲルをはじめサティリスの、魔術が使用できる部下たちに”物の震えを増幅”させる魔術を使わせる。
原理こそ単純明快なものだが、この世界で音が振動であるということをしっているのはナーゲルだけだった。此方では声とは一種の魔力であるという認識がある。
確かに考えてみれば、蜘蛛族や巨人をはじめとして有翼人も物理的に考えればおかしい存在なのだ。この世界で物理という概念が薄いのは当然といえる。
音が振動であるということを知っているナーゲルと俺で、というより主にナーゲルが音を殺さないように微調整を加えた魔鉱炉心を糸の周囲の壁に埋め込むことで長距離の糸電話を可能にしている。正直な話、普通の糸ではこんなにうまくいかないだろう。あくまでしなやかさ、細さ、軽さ、強靭さ、すべてにおいて最高品質といえる蜘蛛糸があってこそだ。
俺の言葉の後、ちょっと間をおいて耳のコップから声がした。
『……了解。こっちも大丈夫だ。いつでもいい、どうぞ……このどうぞってなんだ? 意味はあるのか?』
帰ってきたのはかなり籠った声になっているが、サティリスの物だ。彼女はいま要塞の外、山の中腹辺りにある木陰に身を潜めている。
「よくわからん。でも一応言っとくといい感じになる」
彼女の答えに冗談で返しながらも、ここぞというときが来た、と内心結構焦っている。
『それじゃあアタシも……通信良好です、どうぞ』
今度はレチルの声が聞こえてきた。レチルはいま自身の牢屋の中。そこで動き出すのを待っている。
ほかにも、いくつかの地点――といっても糸を仕込める範囲にのみだが、繋がっている者たちから次々と声が上がる。俺の頭に入っている地点すべてから、オーケーサインが出た。
「……すぅー……はぁー……」
大きく深呼吸をする。
今から始まる。すべてをひっくり返すための復讐劇が。
ここから、歩みだそう。一歩ずつ、確実に、着実に、堅実に。
「――さあ、始めよう。ここからは、俺たちの世界だ――!」