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いざ叛逆へと

 いつもの牢屋、ネムルたちとの邂逅から一か月ほどたった今、俺たちは少し落ち着かない気分でいた。


「……落ち着かない? シドウ」


 傍らに、アトスが腰かけてきた。不安そうな、でも少しばかりいつもより明るい表情の彼女は俺の顔をのぞき込むと、かわいらしく小首をかしげる。


「……ああ、そうだな……。やっぱり緊張するよ」


 改めて意識することで、自分の手が震えているのが分かる。震える手を握りこみ、硬く力を籠める。

 そんな俺を見て、ストクードはけらけらと笑いだす。


「そんなことでどうするんじゃ。王となるからにはもっとしっかりしてもらわんとなぁ。堂々としておれよ?」


「うるせぇ。仕方ねぇだろっての」


 彼のその、優しさのぬくもりも感じる軽口に、俺も笑顔で返す。彼らも緊張しているだろうに。明日になれば死ぬかもしれない、失敗などすれば今よりもっとひどい目に合うかもわからない。それでも、彼らは笑顔を浮かべてくれている。それが俺に対する信頼からなのか。もし信頼から来るものであるのならば、俺のやってきたことは無為なことではないという証左だ。それだけでも、俺がここに立つ理由になる。


「……確かに、目つきだけは一人前でも、胆力と筋肉が追い付いてないな」


 格子にもたれかかる様にして立っているサティリスが、からかうようにのってきた。静かに笑う彼女の顔は、不思議とみていて落ち着くものだ。


「……筋肉は余計だ。筋肉は」


 彼女とも、いつしか軽口を言い合えるくらいの仲にはなれていた。もともと無表情な人だと思っていたが、どうやら意外と笑顔を浮かべる人で、笑うときには綺麗な笑顔を見せてくれる。そんな彼女に自分の腕を曲げて筋肉アピールをしながら、自分でも腕にできた力こぶを触ってみた。

 これでも、ここでの生活のおかげで結構な筋肉がついた。もちろんちゃんとした食生活を送れているわけではないから、目に見えてついてはいないが、それでもこの世界に来る前よりもずっとましだ。剣ぐらいなら振れるんじゃないだろうか。結構盛り上がっている。


「ほら、ムキムキだ。ムキムキ」


「その程度で……ディヴァぐらいはつけてみたらどうだ? 少なくとも私に勝てるくらいじゃなければな」


 サティリスは笑いながら俺の手を握り、そのまま力を入れて曲げているはずの俺の腕を伸ばしてしまった。


「う、ぐわあああ……ディヴァクラスは無理っ……」


 まだまだ、彼女には勝てない。正直細腕からは想像できないような筋力をしている。これで魔術を使用していないというのだから、この世界の人間はみなそうなのだろうか。

 俺たちのやり取りを見て、アトスとストクードが笑う。場所が場所でなければ、朗らかな団欒の時だ。ここが奴隷の施設でなければ、牢屋でなければ、もっと楽しいものに違いない。


 続けたい。この時を。もっと長く、長く。


 そのためにも、俺は間違えられない。失敗はできない。必ず、この者たちを連れて行かなければならない。そもそもが失敗など考えられないものなのだ。成功するしか道はない。ならば、完全な敗北のことなど考えなくていいではないか。

 俺たちは勝利する。それでいい。


「……成し遂げるぞ。みんなで」


 俺の言葉に、皆が笑う。明日こそが、俺たちの第一歩になるのだから。


「そうだな……そのためにも、今日はゆっくり休むといい。明日は、きっと比べ物にならないほどに大変だ」


 サティリスはそういうと、傍らに置いてあった麻袋から、三枚の真新しい毛布を取り出し投げ寄こした。


「選別だ。いや、違うか。新たな王への献上品としてこれを送ろう。ゆっくり寝ることだ」


 毛布はどれもふかふかで、ここにきてから一度も触ったことのない、その感触に感動を覚えつつ、彼女に礼を言う。それを受け取った彼女はクールに笑うと、そのまま自分の駐屯場へと歩いていった。


「えへへ……ふわふわだね」


 彼女の背中が見えなくなるまで手を振っていたアトスは、毛布に顔をうずめると、いつものようにふにゃりと笑った。なんとなく毛布にうずもれる子犬を思い出しながら、俺もその毛布の感触を楽しんだ。

 ストクードも毛布を手でいじりながら、自分の体にかけていた。


「よいものをもらったの。これは、明日はヘマできないの」


 そう笑って、ストクードは横になり、俺とアトスへと言葉をかけた。


「それでは、お休み。二人とも……また明日」


「ああ、お休みストクード……アトスも」


「うん……明日、頑張ろうね。シドウ、ストクード……お休み」


 帽子を傍らに置き、ストクードは眠ってしまった。ほどなくして規則正しい寝息が聞こえてくる。随分寝つきがいいなと苦笑しながら、ストクードが寝たのを見て俺も寝ようと体を横にした。柔らかな毛布は俺の体をすっぽりと覆い、ほんのりとした温かさを保ってくれた。

 

 目をつぶる。しかしそう簡単に俺の脳は睡眠状態に移ってはくれなかった。目を閉じれば作戦や仕掛け、その動きに不備があるかなど、明日に関することで頭がいっぱいになる。妙にさえてしまっている目を閉じたまま、寝返りを打って寝ようと努める。しかし却って眠れなくなるもので、どんどんと俺の目はさえてしまった。


 閉じた目の暗い世界の中、俺の背中側で何かが動いている気配がした。そこにはアトスがいるので彼女が動いているのだろうが、やはり眠れないのだろうか。正直ストクードの寝つきは早い。明日を控えてここまですぐに寝れるものなのか。やはりもともと騎士であっただけ、こういった時に寝れるようになっているのだろうか。そんなことを考えていると背中にアトスのぬくもりが当たっているのに気付いた。どうやらそのまま俺の背中のすぐそばまで近づいてきたようだ。

 背中に彼女の温かさを感じながら、小さな声で語り掛ける。


「眠れないか……?」


「うん……やっぱり、ちょっと怖いや」


 そういってアトスはぎゅっと、俺の背中に顔を押し当てているようだ。あまり清潔な状態ではない俺は少し逡巡してしまうが、彼女の微妙な震えを感じて、おとなしくそのままにさせる。


「……うまくいくかな?」


「……上手くいくさ……いや、上手くいかせて見せる。どうあっても、どうあがいても、ここをひっくり返す」


 彼女の不安そうな声に、俺は努めてはっきりと口に出した。彼女へと、自分自身へと語り掛ける。幾度となく、俺は自分に、呪いのように繰り返す。自分のすべきことを。何度でも刻み付けていかなければ、きっとどこかで折れてしまうだろうから。諦めないように、決して逃げないように、間違えないように、しっかりと刻み付けていかなければ。


 俺は背中に手をまわし、アトスの手を握った。そのまま、アトスは俺の手に手を重ね、静かに呼吸をしだした。震えが収まっていくのと同時に、彼女の吐息は安らかなものへと変わっていく。

 そのぬくもりをしっかりと手に感じながら、俺もいつしか消えていた明日への不安と、襲ってきた睡魔に身を委ね、瞼を閉じた。


「……必ず……成し遂げて見せる」





 


「おはようシドウ。目覚めはどうかな?」


「最高の目覚めだよ、ストクード」


 いつものやり取り。そしていつも通り、日課の日付を壁に刻んでいく。

 今や壁に彫り込まれた線は合計で九十本ほどにまで増えた。俺の知る暦の数えで三か月。この世界の暦では一つと半分、季節が過ぎたようだ。

 この世界は六十日を一つの区切りとしている。そしてそれを十回、これで一年としているらしい。季節は十あり、時間も同じで一回りが六十で十回、それが一日の時間になるようだ。


 まだこの世界の太陽や月に触れていないせいで、日付感覚というものは説明だけではあまり実感のわかないものだ。まあ、そのあたりもここを出てからおいおい学んでいくとしよう。ここから出られれば、時間は十分にある。




 作戦に必要な最後の魔族、有翼族のネムルと話してから一か月ほどが経った。その間に、俺たちは着々と準備を進めていたわけだ。

 相も変わらずずさんな管理体制をくぐりながら、仕込みをしていく。一つ一つ、確実にことをなしていき、いくつかの”ルート”も考えて罠を張り巡らせる。それは確かに進行していき、そして今日この日、すべての準備が完了する時が来た。


 ストクードをはじめとして、この奴隷施設の中で出会ったものたちと協力し合いながら、俺たちはここまでこれた。ここから、ここからは決して躓けない。始めてしまえば止めることはできない。正真正銘、最期というわけだ。


「さて、作戦のおさらいは済んだな? 何か意見や疑問のある人はいる?」


 俺はいつものゴミ捨て場に集合した、仲間たち一人一人に視線を送る。ナーゲルの作り上げた防音の結界も張り、見張りにサティリスの部下が入り口に立っている。万が一にも、ここを気づかれてはならない。慎重に、慎重に。すべてを始めるこの一歩は、何があっても躓けない。

 ムーンギルや、とある事情でこれないレチルとネムルを除いて、種族ごとに代表するものがそろっている。彼らはみな、神妙な顔で頷き返してきた。その顔には多かれ少なかれ恐怖と高揚、期待と不安が入り混じった表情が浮かべられていた。


「――いいんだな。もう戻れない、帰れない。ここから先は、片道だ。復路は無い。決意は、定まったか?」


 俺の言葉に、皆頷く。ストクードも、アトスも、高飛車なシュリファパスも、皆が頷いてくれた。


「そうか――それじゃあ、こうか――」


 ――今夜に、すべてが決まる。

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