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出会い:翡翠の人魚と禁忌の狂信者

「いったいんですけど……」


 アトスに魔法で回復してもらいながら、俺は牢屋の天井を眺めていた。


「気性の荒い巨人族をそれだけ煽れば、そりゃな」


 ストクードはけらけらと俺を見て笑っている。ほんと、この老人はやさしいのか何なのか。いや、こうして俺が無事生きて戻ってきたことを見て言っているのだから、ただのいたずら好きなご老人なんだろうが……。


「もう、無茶しないでよね! ボクの魔法にも限界はあるんだよ? 死んだりどうしようもなく壊れちゃったのは治せないんだから」


 そういってぷりぷりと起こるアトスに癒しを感じながらも、ムーンギルとの会話を思い出していた。


 彼は俺たちに協力してくれるといっていた。これで魔鉱炉心を攻略する手立てがほぼそろった。あと一種族、ストクードから聞いた知識を信じればあと一種族との協力を取り付けられれば、それで戦力は整う。あともう少し。もう少しだ。


 全身をアトスが撫でまわしていき、「これで骨は全部かなぁ」と額に汗を浮かべながら一息ついていた。やっぱり魔法の使用にはかなり体力を使うのか。あんまり無茶しないほうがいいのは確かだなぁ、なんてぼんやりと考えていたら口の中にびりっとした痛みが走った。


「どうしたの? シドウ、まだ痛いところがあるの?」


 そういってアトスが顔を近づけてきた。どうやら舌を噛んでいたところは口の中だった所為か気づかなかったようだ。治療されていない。そのことをアトスに伝えると今まさに治療を再開しようとするが、それを制する。もうこれ以上アトスに魔法を使わせるわけにはいかないだろう。そう思っていたのだが、アトスは頑固に俺の頬を両手で抑えると、「こっちむいて~」と無理やり顔を合わされた。


 別に貫通しているわけでもないし、いいんじゃとも思ったが、アトスは納得がいかないようだ。こうなると頑固なアトスなので、おとなしく治療を受けることにした。


「それじゃ、口開けて」


 そのアトスの言葉に従い、口を開ける。なんとも少し恥ずかしいし、歯磨きといえばストクードが教えてくれた歯磨きに使える木を少しずつ使っている状態だ。正直自分の口臭に自信がない。


 それでも構わず、アトスは口に顔を近づけている。そんなにみられるとやはり恥ずかしいのだが、美少女にされているとなると少しうれしいのは、俺が男の子だからだろう。仕方ない。


 しかし、アトスは見ているだけでじっと動かない。なんだろうと思っていると、アトスはかなり顔を赤くしている。なんで? その疑問も、次に起こしたアトスのモーションで合点がいった。


 俺の開けた口ぎりぎりのところまで彼女は口を近づけ、息を吹きかけられるように準備していた。


「――! んがっ!」


 さすがに動揺して避けようとしたが、アトスはがっちり俺を固定していて動かない。徐々にアトスの吐息が俺の舌を中心に吐き出されていった。

 なんでかこんな状況にいるのにもかかわらずとてもいい匂いのするそれは口の中を満たし、そんなことをさせているという背徳感も同時に満たされた。口に広がる匂いと生暖かいアトスの体温は異様に生々しく、心臓が早鐘を打つ。ちょっと、最近女性関係で刺激が強いことが多い。これは心と体に悪い。


 それでも魔法であるので俺の舌の痛みはなくなり、元通りになる。治療を終えたアトスは終始もじもじと顔を赤らめながら、俺をちらちらとみている。

 俺もさすがに顔を赤くしてしまい、手で顔を隠しながらアトスとは違う方向を見てしまった。


 そこには必死に笑いをこらえているストクードの姿があったのだが……。




 とにもかくにも、体も治ったし、仲間も増えた。後は根回しともう一つのピースの取得。それさえ終われば、もう計画実行は目の前だ。


 そう思いながら、俺は今日は大人しく寝ることにした。もう夜時間であり、今度からはサティリスが起こしに来てくれるので寝坊していても多少は問題ないからだ。ほんと、いい人と仲間になれたと思いながら横になると、するするとアトスが入り込んでくる。仕方ないと思いながらも、さっきの記憶を思い出しながら頭をなでてやった。嬉しそうに眠るアトスを見て、ストクードにお休みを言い、目を閉じた。少しの高揚感と極度の疲労感は、俺をあっという間に眠りの底に導いた。






 朝起きたと同時に、俺たちはサティリスに連れられ、例のゴミ捨て場まで来ていた。今日は何と初めから労働をさぼろうという魂胆だ。何でも労働場所の監督がサティリスの日がローテーションで回ってきており、監督役を任される。つまり三日ほど労働で俺たちが周囲を欺く必要はなく、ここでの集会に自由に使えるのだという。


 そのまま俺たちは彼女に従い、ゴミ捨て場についた。しかし、そこには先客がいたのだ。いや、先客というには少し風変りというか、なんというか。


 まず一人。こちらは男性だった。かなり細身であるのが手と顔から見て取れる。少しえらが張りつつも頬が痩せこけており、ぎょろっとした目はこちらをまっすぐにとらえている。少し長めの黒髪はぼさぼさで、なぜか後ろでちょんまげのように結っている。そこを結うならそのぼさぼさの部分もまとめようよ、と思わずにはいられない。

 服装は、なんというか、これも特徴的だ。何枚もローブを重ね着している、というのか。とにかくだぼだぼのローブを何枚も重ね着しており、一番下のローブは目にいたいほどの黄色だ。正直、ちょっと気味が悪いというのが印象だ。



 そしてもう一人。こちらは魔族だったのだが、こちらも風変りだった。

 水槽に入っていた。ガラス、といっても俺の知るような透明なものではなく曇ったものだが、かなり大きめのそれに入っているのはまさしく伝承に聞く通りの人魚だった。

 下半身をまるで足をかけるように、水槽の縁に置いているが、それは紛れもなく魚のそれ。美しい黄緑色の鱗が欠けることなく並んでいる。光の反射具合ではピンクのラインが入ることもあるそれはとても美しい。

 そして上半身は御多聞に漏れず人間型。滑らかな肌は瑞々しく、水をはじくような玉の肌とはあのようなものをいうのか、と納得してしまうほどにきめ細かい。軽いウェーブのかかった髪は長く、鱗と同じ薄い緑色に染まっている。顔もこれまた人魚姫のように可愛らしく、クリっとした目と小さな唇はアトスに似ているだろうか。しかしその緋色の双眸には自身に対する絶対的な自身がありありとみなぎっている。

 人肌を覆うのは貝殻のような意匠を施された、水着にも近いデザイン。透けるように薄いヴェールが高級感を漂わせる。

 まさに人魚姫だ。


 恐ろしいまでの幼児体系を除けば――。



「おいそこな男。今、妾に失礼なことを考えなかったかの?」


 しかも随分と口調が大仰である。


「いや、そんなことはございませんとも」


 こちらまで連れられて変な口調になってしまった。いったいこの人たちは何なのかと、サティリスに視線で訴えると、彼女は察してくれて彼らの自己紹介を始めた。


「こっちの男はナーゲル=スタチナル=アローチ殿。帝国で魔術を研究していたが、追い出されてここに来た所を私が勧誘した。彼は非常に魔術に造詣が深い。きっとこれから役に立ってくれる。それに、彼は魔術を満足に研究させてもらえなかった帝国に対して嫌悪感を持っているし、魔術を至上としている変わり者だ。不気味な男だが、裏切ることはない」


 紹介されたナーゲルはこちらに視線を少し合わせただけで、ちょこっと首を動かすとまたどこか何もないところを凝視しだした。挨拶のつもりなのだろう。


「そしてこっちが――」


「妾が、人魚族エクストレヴにおいて最も高貴なるアムメージ家、その正統なる後継者……名をシュリファパス=ムリラロック=エクシーノ=ムトネグラ=アムメージである!!」


 まるでオペラでも歌うように大仰なしぐさで、サティリスの声を遮って自己紹介をしてくれたこの幼い女の子はシュリファパス……何とかというらしい。まだ長い名前は聞き取りにくいな。


「よろしく。ナーゲル、シュリファペス」


「シュリファパスだ!! このみょうちくりんコート野郎!」


 なんかとんでもない悪口を言われた。いや、俺が名前を間違えたせいでもあるけれども……みょうちくりんコート野郎って……。


「シドウのコートはあったかいんだよ!」


「アトス、それじゃ微妙にフォローになってない」


「ふん! そのようなみょうちくりんなコートより、妾のこの美しい衣装のほうが暖かいわ!!」


「いや、明らかにそれお腹丸出しだよね? 袖もあってないようなもんだし。てかそこ張り合うんだ?」


「――おほんっ」


 サティリスの咳払いで、場が切り替えられた。皆一様にサティリスに向き直る。ナーゲルを除いて。


「とにかく、今回話したいのは、彼女たちにも協力をしてもらえることになったんんだ。だから紹介をと思ってね。彼――ナーゲルはさっき言った通り、魔術に関して力になってくれるだろう。『聖王の加護』にも詳しい。そして彼女、シュリファパスは人魚族……水を操る力を持つ魔族の一つだ。彼女の力、使えると思ってね。それに彼女達の種は私の故郷において特別な種族だったのでな……少し無理をしてここにかくまうことにしたんだ」


 サティリスが言うには、彼女の故郷では人魚族は神聖視されてもおり、そして同時に友好関係にあったそうだ。だからこそ彼女を助けたのだという。それに有用な力を持っているとも。しかし、この山の中で水が役に立つことはあるのだろうか。生み出すならまだしも操るでは、そこまで汎用性がないように思えるのだが……。


「水……解るぞ。みょちくこーと……。山で水が使い物になるのかと、そう考えておるな?」


 ついには訳されたな。みょうちくりんコート野郎。そして言ってることが正しいだけに何も言えない。


「山と水が関係ないなど、無知にも程があるぞ! 山こそ水とは切っても切れぬ関係性なのじゃ!」


「どういうことだ?」


「山、それは雨水をため大地に恵みをもたらす……そしてその恵みの水は母なる我らの海へと還るのじゃから」


「ああ、なるほど地層水か……」


 確かに、ここがはげ山でないなら内部に水がたまっている可能性が高い。いやしかし、それがどうだというのだろう。


「サティリス殿は、地層水を利用した自然による攻撃を考えておるんじゃろう」


 ストクードがそういうと、サティリスはうなずいて肯定をしめした。どうやらサティリス曰く、このあたりには水がふんだんに含まれる場所があるらしく、その一つがここのほど近く、中央の昇降機の通り道である円柱の途中に大きな地層水滞があるらしい。そこを使えば、当然それより下は大洪水となる。たしかに、使いようによっては強力だ。人間族の『聖王の加護』は魔族相手には無双できても自然災害事態に効果があるわけではない。あくまで魔族”のみ”を斬る魔術であって、海を割る奇跡は起こせない。


 確かに強力な作戦だ。これがあれば、奴隷たちを上へ逃がした後にいかようにも兵士たちの足止めがきく。皆が納得しているとシュリファパスは得意げな顔でふんぞり返っている。


「すごいな。こんなに強力な助っ人連れてこれるなんて」


「……まあ、私も多少は役に立ちたかったのでな。仕方ないとはいえ、お前たちを奴隷として扱っていたことがあるのだから」


 そういってサティリスは少しばつが悪そうにうつむいてしまった。


「別に気にしてないよ。むしろサティリスが俺たちの担当で本当に良かった。でなけりゃ俺はもっと早くに心が折れてたかもしれないしな」


 そういって、俺は何も考えずにサティリスの頭をなでてしまった。自分でやってから気づき、思わずアッといってしまう。

 女性にとって髪を触られるのは非常に親しい異性でないと嫌だということを聞いたことがある。こっちに来てからずっとアトスの髪をなでていたために、思わず勝手に手が出てしまっていた。


「あ……ごめん。くせで……」


 さっと手を放して弁明するが、サティリスは動かない。怒らせたかと思ったがどうやら違うようで、ただ顔を赤くしてうつむいてるだけだった。もしかしたら、あまり男性に耐性がないのかもしれない。女性だからという理由もあるだろうが、娼館などを異様に避けていたように感じられたから、もしかしたらそうなのかもと思った。

 隣のアトスからもう恒例になったぺちぺち攻撃を受けていると、サティリスは落ち着いたのか、いつもの調子に戻っていた。


「……そういうことを簡単にやるから、ジゴロと呼ばれるんだ」


 おほんと咳払いをしてから、いつもの調子で皮肉を言ってくる。俺もそれには苦笑いしかできなかった。確かにここにきてからアトスをはじめ積極的にスキンシップを取る子が増えたせいでそのあたり前の世界の常識が希薄になってきた。少し改めよう。


 そんなことを思っていると、ふとナーゲルがじっと俺を見ていることに気が付いた。


「…………」


「え……なに?」


 聞いても答えは帰ってこない。なにか不気味なものを感じていると、ナーゲルは自分の懐からレンズのように磨かれた透明な小さな円盤を取り出した。それを自身の左目にモノクルのようにあてがうと、またじっと俺を見てきた。


「「…………」」


 ふたり、沈黙が流れる。周りも何をしてるんだという感じで黙っている。そろそろ居心地が悪くなってきた辺りで、何か魔術について聞いてみようと、俺が口を開こうとした瞬間――。


「ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおほおおおおぉおおぉぉぉぉ!!」


 ナーゲルが口を大きくあけ、そしてまるで何かを受信しているような、何かを浴びているように手を天へとかざし咆哮した。


「んなっ!!」


 結構大きな声で騒ぎ出したので、俺たち皆でとっさに周囲を確認する。何してんだこの男は!


「ああ、ご安心を。魔術でこのあたり一帯の音は外に聞こえなくしております故……」


 俺たちの焦りを見ていたのか、まるでさっきまでの咆哮がなかったかのように、まったくの無表情でそう伝えた。


「……え?」


「ええ。ですから何も心配はいりませんとも」


 そしてナーゲルは俺の前へと歩み寄ってきたかと思うと、そのまま跪き、深く深くこうべを垂れた。


「あなたの魂……拝見いたしました。このナーゲル、帝国で異端と呼ばれ爪弾きにされた愚か者ではございますが……貴方様の元で仕えさせていただくことを、ここに誓いましょう。この誓いはたとえこの世が滅び、神代の時代が終わりを告げてもなお、永劫の物とお考えくださって構いませぬ……」


 そういったきり、彼は頭を上げようとはしなかった。な、なんなんだと戸惑っていると、彼の言葉がふと気になった。


「……今、魂を見たといったのか?」


「はい。貴方様の魂、しかとこの眼で拝見いたしました」


 それはおかしい。彼は人間族のはずだ。しかし、魂は魔族しか見ることがかなわないはずじゃ……。


「簡単なこと……先ほどのレンズ、あれにて貴方様の魂を拝見させていただいたまでのこと。その蒼炎に輝く太陽のような魂……熱く滾りながらも涼やかで、決して尽きることのなきその炎……蒼き星を視たからにございます」


「……すごい。ほんとに見えてる……」


 アトスが、驚愕の表情でナーゲルを見ている。ということは、この男の「魂を見た」という発言は本当ということだ。驚いた。魔族しかできないといっていたことを、この男はいともたやすく、魔術のレンズを使ってやってのけた。

 すごい。確かに一瞬度肝を抜かれたが、それでもこの男はすごいのだと理解した。


「貴方様の魂……私が求めていた光そのもの……これより、貴方様に仕えましょう。王よ」


 さらに深く、深くその頭を垂れる。とその反動を利用してなのか大きくのけぞった。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 ……………………その奇声を突然上げるのだけ何とかしてくれれば、言うことなし。

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