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鋼鉄の意思

 あれから、少女の名前を聞いた。少女はレチル=レネットと名乗った。その名前の意味は美しく繊細な糸――彼女にぴったりの名前だと思った。

 どうやら彼女は俺たちに協力してくれるらしい。「どうせ死んじゃうのなら、もう一度、あなたみたいなバカに手を貸してみようかなって」というのが理由らしい。

 

 レチルはあの後、絨毯のすそがほつれていたのを、その自慢の糸で補修していた。蜘蛛族には遺伝的にとてつもなく器用な種族で、その糸を使って大抵のことはできてしまうのだという。そのため、こうした裁縫などは目をつぶってでも、熟練した職人レベルの技を見せてくれるらしい。

 そして俺は再びレチルによって簀巻きにされ、そのままアソルの娼館までサティリスに運ばれ(引きずられ)て帰ってきた。

 時間的にも余裕があったのか、コートの裏側に、表側の汚れがなくならないように厚く糸を縫合してくれた。特に重さが変わったようにも感じないのに、その丈夫さは折り紙付きだという。表の補修をしなかったのは兵士たちに気づかれてしまうことを避けてのものだ。


 

 アソルにさんざんからかわれた後、そのままサティリスに連れられ、俺は牢屋へと戻された。ストクードとアトスにうまくいった旨と、新しく仲間になってくれたレチルのはなしをしたが、アトスはまたも「ぅむ~」と唸っており、ストクードはけらけらと笑っていた。


 段々と、全員の顔が明るくなってきたような気がする。もちろん俺も含めて。そう、着実に一歩ずつ近づいているのだ。目的に。だからこそ、これからも気を抜かないようにしなくては。






 蜘蛛族も仲間に加え、また日が変わる。いつものように線を刻み、いつものようにあいさつを交わす。

 しかしここからは少し違う。サティリスが仲間になったと知っているから、迎えに来たサティリスと軽く会話と挨拶をした後、今後の予定について話し合った。


「今日は採掘場に行く」


「採掘場か? 巨人族を説得……てかんじか」


「そう。彼らの剛腕は頼りになるし、あなたの言った作戦には必要不可欠だ。そのためにも、少し人払いをする。せいぜい半刻ほどだが、足りるか?」


 サティリスが俺に伺いを立てる。時間を稼いでくれるのはいいが、危険ではないのだろうか。いまさらだが、ここ最近サティリスは動きすぎている気がする。

 そんな俺の顔を読み取ったのか、サティリスは心配ないと首を振った。


「なに、ここのたるんだ連中と東国騎士団を一緒にしてもらっては困る。魔術に胡坐をかくことなく鍛錬を続けているのだ。あのような怠け者ども、だますことなどたやすい」


 自慢げに鼻を鳴らすサティリスに、俺はこの子は意外と脳筋気質なのかもしれないなと思いもしたが、頼りになる仲間にそう言うのもと考え直してよろしくとだけ言っておいた。


「なに、それよりも期待しているぞ? ジゴロさん」


 サティリスは俺を流し目で見やり、いたずらっぽい笑みを浮かべる。ストクードのそれと似たその笑顔に、少しむっとなりながらも、自分でも確かに仲間にしている人たちが八割がた女性だと気づき、何も言い返せなくなった。いや、ジゴロではないだろうけど。別にそういう関係になろうとして声かけてるわけじゃないんだし。


「てか、ジゴロだとしても次の巨人族は男だよ」


「ふふふ……そうだったな」


 サティリスは笑うと、兜をかぶり、兵士としての仕事モードへと入った。俺も彼女が歩き出してからは口を出さず、奴隷”らしく”ふるまう。それは徹底しなければ、今怪しまれては意味がないのだから。







「仕事だ、奴隷」


 普段のサティリスは声こそ女性的に高くないものの、それでも美しい声をしている。元の世界だったら声優にでもなれるくらいだ。クールなFBIのエージェント役とか似合いそうだ。しかし、仕事モードの彼女は頑張って低い声を出している。それはある意味で女だからと舐められないためでもあり、彼女なりの”悪役”のふりなのだそうだ。

 今まではこの感情のない声に恐怖を覚えていたものだが、裏側を知ってしまえばなんとも微笑ましいものに思えてきた。


 その見送りの言葉を糧に、まずは奴隷らしく労働に従事する。その中で徐々に、しかし確実に目的の巨人までの距離を詰めていく。彼らは重量物を運び出す仕事だから一か所にとどまっているわけではないが、それでも定位置というものがある。そこに近づいていけば、サティリスが人払いをした後の時間を最大限活かせる。



 

 奴隷としての仕事をしつつも、意識は後ろのほうで大岩を運ぶ巨人に目を向けている。彼は相変わらずその一回り大きい巨体で、仲間の物も持って仕事をしている。その太い腕にはいくつもの傷が刻み込まれており、そのほとんどが彼がここに来る前から抱えていた傷ではなく、ここにきてからつけらた傷のようだった。

 大半はもう完全にふさがっているが、それでもまだ真新しい傷が見て取れる。それはすべて同じような大きさ、形の切り傷であり、おそらくは兵士に斬り付けられたものだろう。あれだけの、鋼のような筋肉にまで傷をつけてしまえるのだから、『聖王の加護』は本当に恐ろしいものだと実感する。

 しかし、俺たちはそれを覆す。それもこのブローチと、そして彼ら巨人の助けがあれば夢物語ではない。その為にも、俺はこのチャンスで彼らを仲間に引き入れなければ。


「おい、お前たち。こちらのほうが採掘し終えていない。こちらに移れ」


 低い女性の声、サティリスだ。彼女は奴隷たちをうまい具合に俺と、巨人族たちから引き離していく。しかし全てではなく、いくらか奴隷が残っていた。どうするんだと思っていると、奴隷の中の一人が目が合った瞬間、俺にウィンクをしてきた。もしかしてと、サティリスのほうをちらりと見ると、彼女もまたうなずいていた。

 根回しをしているとは言っていたが、彼女も奴隷たちを率いていたのか。もしくは東国からのスパイの仲間か。ともかく頼もしい。

 さらにサティリスは他に見回りしている兵士たちにこちらではなく、あちらを見てきてくれと、あれこれ上手く理由をつけて遠くに追いやってくれた。こちらはサティリスしか見ていないし、彼女にほかの兵士たちの接近は任せていいだろう。俺は早速巨人族、前にちょっと話しただけで終わってしまった彼に話しかけた。


「よう」


「……またお前か」


 巨人族は心底呆れたようにため息をついた。


「何度も言っているだろう。俺はお前を信用できない。人間族を信用しないといっているんじゃない。俺はお前という貧弱な存在が信用できないんだ。わかったろ? 俺に説得は無理だ。諦めろ」


 早口にそういい、彼は台車に石を詰める作業に戻る。


「まだ何も言ってないのに、ちょっと気が短くない?」


 そういって俺は彼に近寄り、さらに話しかける。


「信用ならないってんなら、この光景を見てくれ」

 

 俺はそういって巨人に周りを見るように促す。すると巨人はめんどくさそうにしながらも、周りを見る。すると怪訝そうな顔をした。


「わかった?」


「…………」


 巨人も気づいたのだろう。明らかに女兵士がこちらに気づいているのにもかかわらず、何もしてこない。それに奴隷たちも少し減っているし、皆俺たちには無関心そうにしていると。


「お前に最後あってから、こんだけ協力者を得た。今では蜘蛛族だって俺たちの仲間だ」


「…………」


 ふーと、鼻でため息をする巨人。彼はこの光景を見てどう思ってくれるだろうか。俺の計画が無謀ではないと悟ってくれるだろうか。


「……だめだ」


 巨人は首を横に振ってしまった。

 そのまま俺たちに背を向け、巨人は作業に戻ってしまう。

 このまま引き下がるわけにはもちろんいかないので、俺はさらに食い下がる。


「もう、実現間近なんだ。お前たちの協力で、明日が見える」


「うるさい。他の兵士に言いつけるぞ」


「お前はそんなことしないだろ」


 そう、断言してやった。彼はそういったことはしない。確信がある。もちろん俺を信じてくれているからではない。彼は彼なりの正義を信じているから、絶対にこのことを兵士に言ったりはしない。


「……なんで言い切る」


 理由は簡単だ。彼はやさしい。それが分かる。優しくない奴が仲間の物をもってやったりしない。今だ血のにじむ真新しい傷も、周りの巨人族に比べればおびただしい。

 体を張り、そして仲間を守り、助ける。それはきっと優しい奴にしかできないのだ。俺にはそれが分かる。俺が目指していたものに、この巨人は近いから。


「あんたは、俺の目標だったからだ」


 いきなりこんなことを言われても気持ち悪いと思われるだろうが、それでも俺はこの男が自分の目標とした、正義のヒーロー像に似ているのだ。

 体を張る、強い体。

 仲間を真の意味で守れる、強い心。

 彼はほかの巨人族の奴隷たちを庇っているのだろう。他の巨人たちの彼を見る目は、それこそ”兄貴”を見る目だ。頼れる先輩、頼れる大将、そんなまなざし。そして彼らがつぶれてしまいそうになる時、この巨人は無言で彼らを助ける。その行為で自身が傷つけられても構わずに。だからこそ周りは憧れるし、頼るのだ。

 俺にはできなかったことだ。体を張っていたことはある。仲間を気にかけていたこともある。でも、守りたいものを守れなかった。自分の力で守れなかった。壊しただけだった。

 彼にはすべてを壊せる剛腕があるだろう。それでもって、きっと彼は気に入らないものをつぶすことくらいできるだろう。それは相手が『聖王の加護』を持っているいないではない。もし彼が昔の俺のようにただ悪を殺すことだけを考えていたのなら、きっと今頃巨人族はみな殺されている。


 彼は悪を殺すのではなく、正義を生かす道を選んだ。だからこそ、それは俺にとってあこがれとなって映る。かつて目指したものだから。だからこそ、見ていられない。


「……いみがわからねぇ」


「わからなくて結構。でも俺はあんたが仲間思いなのを見ていて知っているし、そして本当は救いたいと思っている。それもわかる」


 でも、彼も気づいているはずだ。これはただの延命に過ぎないと。先細るだけの未来しかないと。

 ここでただ隷属していれば、いつかは死んでしまう。それに彼は自分がその身に多くの傷を引き受けている。だからこそ彼から死ぬのが道理だ。だとしたら彼が死んだあとは? 誰が彼らを守る。


「いつか、死んじまうだろ? だったら今ここで命を懸けてみないか? 俺はやってみる。前にも言った通り。無責任にお前らに命を張れとは言わないよ。全部持ってく。背負ってく」


 黙々と作業を続ける大きな背中に、俺は言葉をぶつけ続ける。


「本当の意味で救いたくないか? お前の仲間を」


 作業をしていた手が止まった。


「俺なら、その案を提示できる。これから実行してやる。だから、俺についてくれ。あんたは俺の目指した正義に近い。だからこそ、あんたに味方としていてほしい。計画はある。実行できる戦力も整いつつある。条件もクリアし続けている。後は、あんたら魔族の協力だけだ。仲良しこよしでごっこ遊びをするんじゃない――。本気で、本気の本気で手を取り合いたい。だから――――!」


 言った瞬間、彼は背中を見せたまま、剛腕だけを俺に方へ動かし、俺の体をその手でつかんだ。


「あっぐ――!」


 その行動を見て、サティリスがわずかに構える。周りの巨人も何事かと此方を見る。

 それでもお構いなしに、巨人は手に力を込めた。四メートルはあろう巨人。そして大木のような腕についた手はもちろん大きく、俺の体などすっぽりと覆ってしまっていた。そのため全身全てに等しく圧がかかり、それは俺を構成しているすべての骨をきしませ、激痛を脳へと伝える。


「……お前は、何もわかっちゃいない」


 巨人がわずかに振り返る。そこには怒りでも侮蔑でもない。悲しみの色だけがあった。泣きそうな顔をしている。刈り上げられた太く、濃い金色の髪、その向こうに光る紺色の眼は、今にも泣きそうな色だ。

 手に込められた力は、俺の骨が折れるかという寸前のところで止められる。枷がついていたとしても、この腕力。やっぱり、この巨人族は仲間に欲しい――!


「……教えてくれよ。あんたは、あいつらを救いたいのか?」


 俺は全身が軋み悲鳴を上げていても、構わずに続けた。サティリスを見やり、歪んだ顔のままうなずいてみる。ちょっと、ウィンクしてる余裕はない。


「…………」


 巨人は答えない。


「助けたいんだろ? 俺は助けたい。一度助けられなかったから、今度こそ助けたい。それは俺がここにいる意味だ。俺がここで立っていられる意味だ。だから、俺はみんなを救う。他でもない、俺のために、俺を犠牲にしてでもみんなを助ける」


 力は込められたまま、一向に緩まる気配はない。構うものか。最悪折れたらアトスに治してもらえる。折れようが砕けようが話し続けてやる。力も、魔術も、魔法もない俺ができることは、ただこいつらと話すことだけ。戦えない。力で従えられない。カリスマ性もない。ただの凡庸な一般人だ。どこにでもいる、ちょっと器用なだけの人間だ。

 だから、変わる。俺は変わって見せる。偉大にはなれない。もう俺はその道を切り捨ててしまった。なら人として、ただの人として足掻いてやるしかない。もう諦めない。あの新宿の空のような、何もない自分には戻りたくない。だから――!!!


「お前が助けないなら、俺がそいつら助けて行っちまうぞ」


 瞬間、巨人の手に力がこもる。ギリギリのところで踏みとどまっていた俺の骨の何本かが渇いた音を立てて割れるのが体の中で聞こえた。


「あっ――――がぁ!」


 悲鳴を上げそうになるのを、自分の唇をかんで耐える。血が噴き出し、唇を貫通する勢いで噛む。絶対に、悲鳴は上げない。上げればこいつに負けたことになる。

 もうすべてを諦めかけているこの巨人に、昔の俺になりかけているこの巨人を超すことができれば、俺はもっと強くなれると思うから。だから、負けはしない。


 巨人が手を離すと、俺はそのまま地面へと重力に従い落ちていく。そのまま地面にたたきつけられると、またその衝撃で骨が何本かいったようだ。嘔吐感と奇妙な脱力感に襲われる。しかし、今度は自分の舌をかみちぎる勢いで歯を立て、その痛みでもって無理やり意識を覚醒させる。


「……なんだよ。図星でキレてんのか?」

 

 わざと憎らしい口調で話す。本性を出せ。本能に従って言葉を話せ。そう思いながら、どんどん煽る。


「もう、ほとんど諦めてんだろ? 助からないって。助けられないって。だからだ。だからお前はそんなに泣きそうな顔をしている」


 知ってるから。彼女を救えないと知ったとき、鏡に映った俺はそんな顔してたから。


「先を見てみろよ。お前の望むものがその先にあるのかよ。ないだろ? お前の望むものは、諦観の先にある物じゃねぇだろ!?」


 巨人族のこぶしに、めきめきと音がするくらいに力が入っているのが聞こえた。あんなに固めたこぶしで殴られようものならきっと粉微塵だろう。だけど、言いたいことは言わなくては。もちろん死ぬ気など毛頭ない。ここで死んで”楽”になっては、俺への復讐にならない!


「……見せてやるから、俺が。諦観じゃなく、足掻いた末にある未来を……本当に何かを救うってことを」


 一体、俺は誰に話しかけているのか。もう巨人への問答ではなくなってきているのかもしれない。俺が話す言葉は全部、俺の魂を切り裂いていく言葉でもあった。


「だから……ついてこい!」


 静寂。誰も何もしゃべらない。聞こえるのは遠くで奴隷たちが採掘を進める音だけ。ここにいる誰もが、動かなかった。


「…………這いつくばって、ついてこいか……。そんなかっこつけて言えるような恰好じゃねぇだろう」


 巨人の腕から、力が抜けていったのが分かった。

 巨人はそのまま腰を地面におろすと、深く、深くため息をついた。


「……危なっかしい。猪突猛進もいいところだ。そんな奴が、何かを救うって?」


 巨人族が、彼に集まっていく。彼らはそれぞれ、その大きな巨人へと手を置いた。


「ムーンギルさん……俺たち、あんたに甘えてばっかでした」


「そうっす、ムーン兄貴……俺、あんたを死なせたくねぇよ。俺も、こんなところで死にたくねぇ」


「……やりやしょう。兄貴! 俺たちもあんたを死なせたくない。守りたいんすよ! だから、やりましょう! こんな人間だったら、信用してもいいと思うんです!」


 巨人たちは口々に、ムーンギルと呼ばれた巨人へ言葉をかける。その声に、ムーンギルは顔を上げる。そしてこちらを見ると、そのまま俺の近くまで歩み寄ってきた。一歩歩くだけでかなりの音と振動が出るのが、今の這いつくばって耳が地面についた状態の俺にはよくわかる。


「おい、人間。いきてっか?」


「……殺す気だったのかよ」


 精一杯の憎まれ口をたたく。が、それに対してムーンギルは笑って流した。


「はは……そんだけ言えりゃ十分だ。こんなもんでくたばっちまうような貧弱野郎にはついていく気がしねぇ……かけてみようじゃねぇか。お前の正義とやらに。俺の鋼の筋肉でさえ折れなかった、お前の鋼鉄の意志に、賭けてみよう」


 そういったムーンギルが投げてよこしたのは、こんな質問だった。


「あんた、名前は?」


「……シドウ、シドウ・フシミ」


「そうかい、んじゃよろしくな。シドウの大将」


 にかっと笑ったムーンギルの笑顔を確認した俺は、満足したままその意識を手放した。

 

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