表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/38

出会い:鋼の巨人

 今日も今日とて、労働に駆り出されている。


 今日は採掘関係の労働だ。どうやらこのあたりには魔鉱炉心がかなり産出するらしく、俺たちがそれを掘り起こし、そして兵士たちがそれを新たな魔術の触媒として利用する。


 といっても、魔鉱炉心は非常に硬い。ダイヤモンドのような傷つきにくさを持っているのにも関わらず、別にダイヤモンドのように砕けやすいわけでもない。鉱石としては最高峰の性質だろう。そんなものを掘り起こすのに、俺たちに与えられる道具はつるはしのみ。ちょっとでも魔鉱炉心そのものにつるはしを当てようものならこっちの手がいかれてしまう。

 ただしそれは加工のしにくさにも通じている。なのに兵士たちの剣や鎧、盾にはしっかりと加工された魔鉱炉心があしらわれている。あれらが『聖王の加護』を受けるための受信機的役割を果たしているのだが、加工はどうしているのか。

 ストクードは前に語ってくれていたように、とある王国に仕えていて、その際に魔術の使用もしていたようだ。そのあたりの知識なのだが、どうやら基本的には魔鉱炉心は産出した状態のまま使うらしい。そのため術式を刻みやすい大きく、そして凹凸の少ないものが好まれるそうだ。

 

 まあ、そのあたりは別として、ではなぜ彼らの持つ鉱石はすべて綺麗に整えられているのか。それは竜神族の息吹――つまり竜神族が扱う魔法の炎で加工が可能になるらしい。ここにはそもそもアソルのような竜神族の奴隷もいるのだから、加工は容易なのか。

 だからこそ、ともいうべきか。帝国は竜神族を奴隷として使役し始めてから、瞬く間に魔鉱炉心による武装を整えた。それがこのような圧倒的な物量と実力をもたらしているのだ。


 この魔鉱炉心が中心となって帝国は成り立っている。これがあるからこそ帝国をはじめ人間族は魔族に対して優位に立てる。その為に俺たち奴隷の仕事でも多く人員を割かれるのはこの炉心採掘だ。




 基本人間族が魔鉱炉心を採掘し、そのあと人間よりも力の強い種族に採掘物を運ばせる。魔鉱炉心はその硬さと同様に、比重も非常に高い。パチンコ玉程度の大きさでも落とせば土に埋もれるんじゃないかというくらいに。


 そんなものを大量に運ばせるためか、運び係になっているのは巨人族の男がほとんどだ。三メートル超えの巨体。腕はその中でも非常に発達しており、手首だけでも俺の体より太いんじゃないだろうか。

 それだけ発達した筋力であっても、『聖王の加護』には太刀打ちできないようだ。誰一人その剛腕を兵士に振るうことはない。


 俺はこの巨人こそ、作戦のかなめだと考えている。もちろん、いろんな種族の全力の協力が必要なのだが、この防御においても攻撃においても優れているであろう種族を仲間に引き入れないわけはない。どうにかして彼らと接触を図りたい。

 

 彼ら巨人族を、労働の手を休めずに観察していると、一人異様に体の大きいい人がいるのが分かった。他よりも一回りも大きい体をした彼は、その黒い肌に太い血管を浮き上がらせながら、自分の周りで同胞が持てずに苦しむ岩すら背負い、助けていた。その顔には苦痛はあれど、嫌悪はない。仲間を助けることを当然と考えている、そんな様子だ。


 俺は、彼に話しかけることに決めた。仲間をこんな状況でも気遣い、そしてその大きな体も頼りになりそうだった。

 兵士たちは向こうで何かの札遊び、トランプのようなもので楽しんでいる。自身は何もせずとも奴隷は働くし、それに暴動などあるはずがないと思っている。事実起こそうにもこちらはただ殲滅されるだけの存在なのだから当然の態度ではあるのだろうが。その自身たちへの力の過信はこのようなスキを生む。どうせならこちらが動く日までそうあってくれ。


 そんなことを思いながら、俺は巨人族の中でもひときわ大きい、黒い肌を持った彼に話しかけに行った。といっても、一輪台車に自分の掘り起こした鉱石類を積んでだが。


巨人族サージグ、でいいのか?」


「……あ?」


 声をかけると巨人の彼は機嫌を隠そうともせずに、嫌そうな顔をこちらに向ける。


「なんだ? 訛りの原始人。話しかけてる暇があったら少しは働け」


 剛、という一文字で表すのが正しい低く勇ましい声。その声に疲れは見えても屈したものの声ではない。さらにこの男は強い男なのだと再確認する。訛りの原始人――多分まだ正確に発音できていない俺への嫌味なんだろう。少し口は悪いが、声と体通りの男のようだ。


「いいじゃないか。兵士たちは賭け事に夢中だ。ほんの少しくらい話そう」


「消えろ。俺はお前たち人間族が大嫌いだ。貴様らほど愚かな生物は見たことがない」


 そういって彼は自分の周りに集まってきた瓦礫や、鉱石などが大量に詰まった大型の台車をその剛腕と巨体で押し始めた。それでも徐々にしか進まない瓦礫の山は一体どれほどの重量なのだろう。


「……馬鹿な生き物だってのはまっとうな意見だけどな……。そこには全面的に同意見だよ。自分たちと同じ種族ですら道具として扱えるんだから、これ以上ないほど馬鹿な生き物だよ」


「…………」


 巨人はこちらを向くと、俺の目をじっと見た。この世界に来てからだが、かなり目を見つめられる機会が多い気がする。アトスもアソルも、妙に俺の目をのぞき込んできたような気がする。

 

 そう思いながら俺も目をそらさずに巨人を見据えていると、巨人はかぶりを振ってそのまま歩き出した。


「待ってくれ。俺もそんなに長い間話そうって気はないよ。こっちも時間はないし。簡潔に伝えたいことだけを言うよ」


 食い下がらずに、俺は巨人の後を自分の台車を押しながらついていく。横目で兵士たちを確認するが、彼らはまだカードゲームに夢中だ。


「…………なんだ」


 巨人の彼はついていく俺に向き直ると、心底めんどくさそうにこちらを見た。


「あんたの名前は? 俺はシドウだ」


「…………」


 無言で答える彼に、俺は構わず声をかけ続ける。

 

「まあ、いいや。話ってのはほかでもない」


 無視されたのは少し悲しいが、これから言うことは無視できないだろう。少し周囲を警戒した後、誰もいないことを確認して声を潜めて、核心を話す。


「単刀直入に訊く……”ここ”をひっ切り返さないか?」


 聞くものが相当の阿呆でも、この状況でこんなことを言うのは馬鹿だと断じるだろう。実際いきなりこんなことを言われたら「頭おかしいのかこいつ」としか思われないだろう。それでも伝えなければ。まずは奴隷たちの心を”外”へ向けなければいけない。

 危機感がないと思われるかもしれないが、これは相手が兵士に告げ口することはないと確信しての行動だ。もし相手の奴隷が反逆を企てている奴がいると密告すれば俺はたちまち死ぬだろうが、そもそもここの奴隷たちは主人である兵士たちと口を利くことを禁じられている。”家畜”はしゃべらないからだ。告げ口だろうがなんだろうが、こっちからしゃべりかけた時点で詰む。


 だからこそ、こんなに大胆にことを伝えられる。仲間を想い、自分を犠牲に労働をこなすこの大男をみて信じられそうだと判断したのと、その前提条件があるからこその言葉だ。


 言葉をかけられた巨人の男は、その厳つい顔についている細い眼を、今は真ん丸に見開いている。そうしているとなかなか愛嬌のある顔をしているな。


「……馬鹿か、お前。真性の馬鹿か?」


「馬鹿だよ。馬鹿正直に俺はここをひっくり返そうとしている。その手段も、いくつか用意してある」


 そういって俺は巨人をまっすぐから見つめる。巨人の見開かれた黒い瞳には今だ驚愕の色が浮かんでいるが、俺はもうそろそろタイムリミットだろうと感じ、そのまま彼をおいて自分の仕事場へ戻ろうとした。


「ま、覚えとくだけ覚えといてくれ。俺は本気だよ」


 そういってつるはしを持ち上げながら俺は彼に背を向けると、その背後に声をかけられた。


「……お前みたいな馬鹿に、協力してやることはできない。俺たちでさえ、こうして隷属するしかないのに、その細腕で何ができる? その虚弱な体で何ができる?」


 顔は見えない。でも、微かにその声には力が戻っていたと思う。俺の望みがそう聞こえさせているだけかもしれないが、それでも俺にはそう聞こえた。


「なにも。俺には何も……だからお前たちと力を合わせようとしている。もう、一人で突っ走るのは痛い目見てるからね」


「……無理だ。俺はお前たち人間を信用できない。お前に従ってあいつらが死んだらどうする。俺の仲間たちが、死んだらどうする……お前は責任を取れるのか」


 その言葉は、正直心に来るものがある。俺はみなが死ぬかもしれないことをやらかそうとしている。彼の言うことは最もだ。でも、だからといって、ここにいていいわけじゃない。ここにいれば俺たちは結局のところ死ぬだけだ。

 それにこれはみなを助けるためでもある。自分が夢見たことを、心を折らないために思い返しているだけでもある。そしてそれ以上に、これは何もできなかった俺への復讐でもあるのだから、答は当然決まっている。


「背負うよ。死んでも、背負ってく。必ず”そこ”まで連れてってやる――それが嫌なら、皆でここで腐って死ぬといい」


 最後のはただの挑発だ。いい手段とは言えないが、彼のような、仲間思いの『漢』といった性格には効くだろう。セリフのどこにも、自分への心配でなく仲間への憂いしかなかった彼のような男にはよく効く。

 どのみち死ぬなら足掻いて死んでやろう……そんなの破滅主義の思考だが、足掻けばどうにかなるかもしれない。そもそも死ぬつもりなど毛頭ない。失敗するつもりもない。

 だからこそ、俺は彼にそう答えた。必ず連れて行ってやらなければ、俺への復讐は成されないのだから。


「…………」


 彼は終始無言だったが、俺はそのまま名前も知らない彼の前から姿を消した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ