動き出す王
焼却炉から、俺はそこに通りがかった兵士に引きずられ、また違う場所へと運ばれた。しかしそこはあのアソルのいる娼館の場所だった。どうやらこれから兵士たちが利用するからと掃除を任されたようだ。
幸運だ。彼女にちょうど頼みたいことがあったのだ。結構流れが来てるかもしれない。
そのまま立ち去る兵士たちを見送った後、いくつか部屋に入り適当にゴミやらなんやらを麻袋に入れて持ち出す。できるだけ早く、部屋のすべてを回り、そして最後に、アソルの部屋に入った。
部屋に入ると、アソルは机に座って、ちょうど化粧を終えたところだったようだ。俺を見るとそのまま立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。
「あら、王子様。助けに来てくれたの?」
「悪いね。今日はまだだ。いつか必ず、近いうちに助けるよ」
「ふふ……裏切らないでね?」
そういってアソルは俺の顔に触れた後、ベッドに腰かける。するとその隣にタオルを一枚しいて、ぽんぽんと叩いていた。
「……?」
何の事と思って眺めていると、はやくといってタオルを叩く。どうやらそこに座れということらしいが、俺の服では汚してしまうし、何より死体をさっきまで処理していたからかなり臭う。あまり、というか気が進まない。
それでもアソルは強引に俺の手を引くとそこに座らせた。随分満足そうな顔をしているが、どうしたのだろう。
「……ううん。なんかね、ちょっとあなたのこと気に入ってるのよ。少し話しましょ」
そういってアソルは俺の目をのぞき込んでくる。少し爬虫類めいた瞳は、彼女が魔族の一種なのだということを教えてくれる。
「いいけど……じゃあアソルは、なんの種族なんだ?」
会話といってもお互いこないだ知り合ったくらいでほぼ情報がない。とりあえず種族から聞いてみた。あまり人間と大差ないようだけど、術式付きの枷がついているのだから、何かの魔族なのだろう。
「私? 私は竜神族よ。小さな王様」
そういって彼女は自分の肌、すでに開いている胸元をもっと下げる。思わずくぎ付けになってしまうが、豊かな胸の間には小さく宝石のような、緑色の石が埋め込まれていた。
いや、埋め込まれているというよりは、体の一部、なのだろう。ストクードが竜神族は体に鱗があるといっていた。これがそうなのだろうか。
話に聞く限り、俺の知るファンタジー世界のドラゴンと同じような能力を持っているそうだ。炎を吐き、寿命も長く、そして知恵がある。
唯一違うのは翼がない事と、かなり人間的な見た目をしていることだった。体の一部に鱗があるくらいで、それ以外はぱっと見では大きく人間と差はない。
「どう? 触ってみる?」
そういって俺の手を取るアソルに戸惑いながらも、俺は彼女の手を引きはがしてそっぽを向いた。どうやらからかわれている。これ以上手玉に取られてはこっちの話ができない。
咳払いをして、自分と彼女の会話をいったんリセットする。こっちは娼館に連れてこられた時点で、チャンスと思ってきているのだ。とっととほかの部屋の掃除を終わらせ、アソルの部屋を最後に回したのもそのためだ。
「アソル、前に助けるって話したよね。大見え切った手前でこんなこと言うのはなんだけど……そのことで協力してほしいことがある」
「あら、なに? なんでもするわよ。あなたのためなら」
「い、いや、何でもはいいけれど……。色々と、情報がほしいんだ」
「情報?」
いちいち妖艶な吐息が顔にかかるのでとんでもなく動機が早くなる。いやだめだ。集中集中。
いやでも、正直これは勇気のいる相談だ。彼女にとっても大切なことだし、男の俺からこんなことを頼んでしまうというのも、どうかと思う。でも、アソルにしか頼めない。他の娼婦たちはみな俺との会話を快く思っていなかった。アソルだけが、頼みの綱だ。
「……あぁ。兵士からここの情報を聞き出してほしいんだ」
「…………」
その言葉に、さっきまで妖艶に微笑んでいたアソルの顔が、まじめな顔になる。
そりゃそうだ。暗に”愛想よく抱かれてくれ”といっているようなものだ。娼婦として今まで働いていたのだとしても、女性にこんなことを言うのは――。
「なるほど……私にある程度、聞ける所までの情報を持ち出してほしいのね……? そうね、大丈夫だと思うわよ。彼ら、基本的にお酒飲んで酔ってるから口軽いだろうし。私はあの人たちのお気に入りだから、良くしゃべってくれると思うわ」
「…………」
まさかの快諾に、口が開いてしまった。それを見てアソルが不思議そうな顔をする。
「……どうしたの?」
「いや、そんなにあっさり行くとは……二,三発くらいはたかれること覚悟してたんだけど」
「なにそれ? そんなことしないわよ」
そういってふふっと笑う。
「私はもう、生娘でもないんだし、いまさらそんなこと気にしないわ。それに、ここを出るために、あなたのような人についていくためだったら、朝飯前よ、ブ男の相手なんて」
そういってにやりと笑って見せる。
認識を改めないといけないようだ。確かに彼女は泣いていたし辛いのだろう。でも、女の人って想像以上に強い。もっと、どうにか壊れないようにと慎重にしていたが、こんなに強い人だとは思わなかった。
「それに、今までだって恋人は何人もいたわ。もう六百年も生きてるんですもの」
「……ろ、ろく?」
……ストクードから竜神族は長生きだと聞いていたけど、正直、うん。途方もない。
確かに、俺のなん百倍も生きているこの人が、そんなに弱いわけはないか……。
「そ、それじゃあいいんだね? 本当に頼んじゃうよ?」
「任せて、大丈夫。全部終わった後、相手してくれればいいから」
明るい声でそんなこと言われても、経験のない俺には目を泳がせるしかできなかった。正直こんなふうに直接的に迫ってくる人なんていなかったから、どうしていいのかわからない。
「……ま、前向きに検討します」
その俺の返答に、彼女はまた朗らかに笑う。いや、これからかわれてるだけだ。
軽く会話をした後、兵士がそろそろ来そうだったので、そのままアソルの部屋から出て、自分の牢屋へと戻ろうとした。
その途中、通路の壁に蒼い布の兵士がいた。
「……終わったか」
そういうと女兵士はそのまま俺の鎖を取り、歩き出す。おそらく、俺が今どこで作業しているのかを聞いて連れ戻しに来たのだろう。奴隷として固定された労働がないから、兵士に聞いて回ったのだろうか。
がしゃがしゃと、俺は女兵士に連れられ進んでいった。